14.眉子さんたら酒豪
三枝眉子さんは結構な酒豪でらっしゃるようだ。スパークリングワインからマールという蒸留酒にグラスを代えて、嬉しそうにくいくい呷ってる。おいしそうに飲む人だなー。好感。
「あい子さんが給湯室から出てってから、いきなり高橋さんが頭下げてきたの。
“嘘ついてごめんなさい!”って。何事かと思った。で、それから続けて“俺、マザコンじゃないんです!”だって。
何言ってんのこの人、ってなったよね」
ほんと、何言ってんだ高橋。阿呆か。
マジで頭抱えた。狼狽えすぎだろう……。
三枝さんは、(´д`;)みたいになった私の顔を覗きこんで、でしょ? 頭抱えたくなるよね? と熱心に同意を求めてくる。
同意同意。激しく同意です。
「たぶん、あい子さんに言われたことがクリティカルヒットだったんじゃないの? ショック受けて、それから、やっちまった!みたいな顔して、すっごい勢いで謝られた。
で、あい子さんが聞いたのと同じ話じゃないかな、ご家庭の事情を打ち明けられたんだけど。
それが、給湯室で立ちっぱなしで話そうとするんだよ? スープパスタふやけそうになっちゃって、もー勘弁してよ、って、しょうがないから総務のウラ技使っちゃった。役員用の会議室こっそり開けて、そこでお昼食べながら話聞いたのね」
「へえ、お母様がそんな事情でねえ、とか、イケメンにも苦労があるのねー、ふーん、って聞いてたら、高橋さん、なんだか思い詰めたような顔して、“すいませんでした”ってまた謝る訳。何を謝られてるのかわかんなくて、その前に、あい子さんが啖呵切ってたことと考え併せて、ようやく飲み込めた。
“マザコンのふりして嘘ついてフっちゃってすいませんでした”ってことなのね。何言ってんだか、って呆れたよ」
あー、なんかすいません。って私のせいでもないのに謝りたくなったよ。高橋諒、しょーもねーなあいつ。
とりあえず五百円玉握りしめて店のカウンターに赴いてみた。自家製のプラム酒をいただいて軽く現実逃避。ん、いい香り。癒されるー。
三枝さんは、ちょっとひと休み、と、キュウリとレモンのフレーバードウォーターを口にして、なにやらしみじみとした風情で続けた。
「だいたい、フられたって言ってもねぇ。私、そもそも高橋さんのことそんなに好きだった訳でもないのよ。好き嫌い言えるほどよく知らないから。
ただ、気になるなー、とか、この人のこと好きになるかな? なれるかな? くらいの興味持ったりすることってあるじゃない? 特別に親しくなるかどうかはわからないけど、ちょっと飲みに行ってみたいな、とか。そのくらいの気持ちだったんだけど。
で、何回か誘ってみたら、なんだかんだ理由つけて躱されて。あーそっか、私に興味ないんだな、って、それで諦めた。それだけよ。
そんなのよくあるでしょ? 別に全人格を否定された訳じゃないし、気にしてなかった」
「マザコンって噂は聞いてた。噂の時点ではちょっとヒいたんだけど、でも、高橋さんから直接お母さんの話を聞くぶんには、そんなに嫌悪感なかったんだよね。
マザコンの何がイヤかって、母親のいうこと聞いてばっかりで主体性がない、ってことと、母親が唯一の関心事でこちらに敬意を払わない、ってことじゃない?
高橋さんはそういう感じではないな、って。お母さんの話ばっかりだけど、だからって自分のこと決められない訳でもないし、他の人を蔑ろにしたりしないでしょ?
家族の仲がいいんだなー、とか、お母さん大好きなんだね、くらいで、特にどうとも思ってなかった」
「で、そう言ったら、いたたまれなくて身の置きどころがない、みたいに困り果ててた。
恥ずかしくなったみたいでね。つられて私も困るくらいに恥ずかしがって唸ってたよ」
まあ、そりゃそうだろうね。
わざわざマザコン偽装してまで女性から興味もたれないようにしてたけど、別にそれほど興味もたれてないし、作戦的にもスベッてる。っていう話だもんね。
「でも、今までの経緯を聞いたら無理もないかな、って納得したけどね。それに、営業補佐のコたちとかガチで狙ってる女の子もいるみたいだから、あながち的外れな戦略でもないんじゃないかな。興味ない相手にギラギラハンティングモードで迫られたらしんどいだろうね」
などと、私に負けず劣らずのヒトゴトモードで宣われる。
つか、もう高橋に興味ないんですかね? と「もういいの?」的なことを聞いてみたら、なんだか呆れた顔をされた。
「……高橋さんもアレだけど、あい子さんも結構ズレてるっていうか、実は鈍感?だったりして?」
……えー。なかなか失礼だな。三枝さんって意外とざっくりしてんのね。雑駁というか。
なんか印象覆ったわ。
「あい子さんがそんなんだと、高橋さんも前途多難だなー。気の毒に」
と、何やら意味不明なことを一方的に呟かれ、マジで意味わからん。
おいこら眉子。
それから、三枝さんは何を尋ねてもろくに答えず、愉快そうに笑うばかりだった。
君な、そのマールっていう酒、凶悪なんだと思うぞ。そろそろグラス離したまえよ。




