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乾燥豆子と弁当男子  作者: ムトウ
1.乾燥豆子と弁当男子
13/58

13.女同士でバチバチ?

 女子トイレの鏡の前でばったり彼女に遭遇したのは、それから2、3日経ったくらいのことです。退勤前、用を足したついでに鼻の頭のテカリを抑え、さて帰るかな、というタイミングで。

 えーと、彼女というのは、例の、隣の総務課の彼女ね。


「あれ。あい子さん」

 と、そつのない彼女にしては珍しく、もの問いたげな声音で声をかけてきた。

 人称代名詞呼びのモブ扱いしちゃってたが、彼女は固有名詞を(さえ)(ぐさ)(まゆ)()さんとおっしゃって、弊社自慢の器量よし&仕事できるウーマンでいらっしゃるのです。


 三枝さんも帰る身支度を整え、退勤前にちょいと化粧直し、ということらしい。

 バッグからポーチを取り出しながら尋ねてきた。

「あい子さん、まだ高橋さんと仲直りしてないんですか?」

 おおぅ。直球で来ますな。

「いや、仲直りとか。別にもめたりしてる訳じゃないですよ……」

 なぜか言い訳っぽくなってしまい、内心で戸惑う。

 ていうか、実際、別にもめてはいない。高橋諒とはその後、弁当の話も豆料理の誘いもなくなり、要するに私的会話がいっさいなくなりましたが、トラブルもなく黙々と仕事しております。当たり障りのない挨拶くらいはするし、問題ないよ。

 ていうかていうか、鏡越しの彼女は探るようにちらちらと視線を飛ばしてきて、なんだか居心地が悪い。


 三枝さんはパウダーをパフパフしながら、じんわりと滲むような含みを持たせる言い方でおっしゃりやがった。

「あい子さんって、最近高橋さんとよく話してるみたいだから、つきあってるのかと思ってたんだけど。ちがうの?」

「……つきあってないですよ」

 げんなり気味に答える。今までも、遠回しに探ってこられたりはしてたけど、直球で聞かれるのは初めてだなー。

 つか、何これ。何この事態は? ナニゴト?


「ふうん。それなら」

 三枝さんはパウダーのコンパクトをパチリと閉め、鏡越しに私を見据えた。

「私が、彼を誘ってもいいのよね?」


 ひゃー。ひゃー。何これ。牽制されてる! 女子トイレで!鏡越しに牽制! ドラマみたい!! てか、漫画みたい!!

 うっひゃー!! と今にも奇声を発しそうになり、堪えつつも、いいんじゃないっすか、とか言ってみたけど、語尾が震える。ダメだ笑っちゃう。うひゃー。

 と、チワワのようにぷるぷる震えながら笑いを堪えていた。ら。


 ぷふっ。と、堪えきれずに笑いだしたのは三枝さんのほうだった。さっきまで私を睨みつけてたのに「ごめん、もうダメ、無理」と、弾けるようにけらけら笑い出す。

「ごめん。いっぺんやってみたかったの、女子トイレでバチバチ火花散らす女同士、ってやつ。思ってた以上にアホらしいね」

 あっはっはっは、と大口を開けて大胆に笑う様につられて、チワワ状態の私も噴き出した。

「もー、三枝さん、何やってんの」

「だめじゃない、あい子さんも言い返さないと。あからさまにドン引いてぷるぷる笑い堪えてるんだもの」

「そこは台本用意してくれないと」

 ひとしきり笑い、軽口を応酬して、それから、立ち話もなんですから、と、流れるようにふたりで飲みに行くことになった。



 経理課と総務課というのはフロアの位置的に隣りあっていて、わりかし行き来も多いが、三枝さんと飲みに行くのは初めてだった。

 もともと、私は自分から誘うほうじゃないし、つきあいがいいほうでもないしね。


 彼女に連れてきてもらったスタンドバーは、飲み物も料理も均一にワンコインで、その場でチャリンと会計するシステム。お手頃価格なわりにおいしそうだし、なかなかおしゃれ。さすが三枝さん、仕事できるウーマンぽいお店だよ。

 適当にピンチョス盛り合わせを並べ、私は生ビール、彼女はスパークリングワインで何はともあれ乾杯です。

 うぃー。仕事帰りの生ビールは正義。サイコー。

 と、ひと息吐いたところで、おもむろに、って感じで彼女が口火を切った。


「実はこないだの給湯室のやりとり、聞こえてたんです。……ごめんなさい、聞こえてた、っていうか、聞いてた」

 ちらりと舌を出して悪戯っぽく笑う。テヘペロだテヘペロ。かっわいい。

「うん。いや。あの。聞こえちゃったろうなー、とは思ってました。我ながらエキサイトしちゃったし」

 どっから聞いてたの? と聞いてみたら、三枝さんはおもしろそうに笑った。

「“ツラの皮めあての女どもにさんざんタカられてお気の毒さま”のあたりから。すっごい啖呵切るんだね、あい子さん。びっくりした」

「あー……。すいやせん。あれは、ちょっと、高橋さんの過去の事情がね……」

 三枝さんは、以前、高橋に思いを寄せていたらしい女性たちのひとりと目される。聞きようによっては彼女も“ツラの皮めあての女ども”みたいに受け取られかねない、と、あわてて言い訳しようとしたら。

「いいの。わかってるわかってる。ていうか、あの後、高橋さんから事情聞いたから」

 へ? そうなん?


「あい子さん、さっさと給湯室出てっちゃったでしょう。高橋さんは気まずそうにしてたけど、私も首突っ込むつもりなかったし、何事もなかった感じでやり過ごそうとしたんだけど。

 いきなり、高橋さんに謝られちゃって」

「……謝られた?って、何を?」

 ピンチョスのピックを抜きながら怪訝に問い返すと、三枝さんは、もーホントに困ったんだから、と、苦情を申し立てるみたいに言った。

「“嘘ついてごめんなさい!”って。土下座すんのか、って勢いで、謝られちゃって。いきなりだよ? 何がどうしたのかさっぱりわかんなくって困るったら」


 どうやら三枝さんは、その次第をぶちまけたかったらしい。まあ聞いてよ。と、訴えられました。


 はいはい。聞きます聞きます。なんか最近ぶっちゃけられてばっかりだな、私(ビールお代わりー!)。





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