12.嘘
「お母さんの代わりに、今度は私を女性よけに偽装しよう、と、そういう作戦なんですか?」
「いったいぜんたい、何がどーしてそーいう推論に至る訳?」
高橋は、呆れ果てて声も出ない、的に数秒の沈黙を挟み、ようやく言語能力を取り戻して言った。
ぬー。そのように言われましても、私としてはそうとしか思われませなんだ。
だってそうじゃん。マザコン偽装しててもあれこれ言われて疲弊されてますのでしょ? 新しい対策を講じたい訳ですね?
つまり、
・料理する家事メン→結婚迫られて詰む
・家事しないイケメン→世話を焼かれて詰む
・マザコン→なんだかんだ言われて詰む
・特定の相手がいるっぽいから手を出しづらいイケメン←NEW!
という作戦なんじゃないですか? ザッツ論理的帰結。
「なんで私なのか、という点については人選ミスとしか思えないですけど、まあ、成り行き的に仕方ないのかなあ。私としても甚だ遺憾です」
「……だからなんで、そうなるかな」
おやおや。頭を抱えてしまわれたよ。
「別にそんなウラはないよ。俺は、あい子さんと飯食いにいったり、料理の話をしたりしたいだけだよ」
「……なんでまた急にそんな」
「別に、急って訳でもないよ。前から思ってた。言ったろ、あい子さんならわかってくれるんじゃないか、って。だから」
…………。
あれ。我ながら激しく眉間にしわが寄ったようだよ。
いや、なんか。なんか違う。
高橋は、そんな私の様子に気づかず、勢いこんで続ける。
「こないだ、話を聞いてもらって、いろいろぶっちゃけちゃった訳だけどさ。あい子さんは以前とまったく変わらず接してくれて、ありがたかったんだ」
「俺も、いろいろとキャラ偽ったままだとしんどくなってきてて。この際、少しずつ軌道修正していこうかな、て思ったりはしてる。
あい子さんとごく自然に接してたら、そのうちなんとなくな感じで素のキャラに落ち着くんじゃないかな、とか思ってさ」
「だから、あい子さんは普通に接してくれればいいよ。こないだうちに来たときみたいにさ」
…………プツッ。
と、脳内でなにか切れた音がしたよ。あれだ、イメージ的にはサーモスタットみたいな。脳内の温度がカーッと上がってきて、ある温度に達すると切れる、あの感じです。
「甘えんなよ」
我ながら、なかなかにドスの効いた声が出たぜ。
「……えっ」
何を言われたのかわからない。といった風情で、目の前のサワヤカ美男は硬直した。
「甘えんな、っつってんの」
呆れ顔をごまかすつもりもなかった。
「さっきから、私ならわかってくれるんじゃないかと、って言うけど、知らないよそんなの。いや、事情は聞いたし理解はしたよ? けどさあ、軌道修正がどうのこうのって、そんなん知らんがな勝手にしなよ。
私が高橋さんに対して態度が変わらないってのはさ、礼儀として表面上の付き合いをしてるだけだから。職場の同僚っていう、オフィシャルでパブリックな立場だからだよ。ここ職場だよ?」
我ながら語気が荒くなった。
何が「普通に接してくれればいいよ」だよ。
どさくさ紛れに距離詰めてこようとすんじゃねえ。
高橋は呆然として、それから私の剣幕に戸惑った。
そこまで憤られる理由がわからない。という表情で、脳内ゲージにイライラポイントが加算される。
あーなるほど。モテなれてる男は、誰もが自分に近づきたがると信じきって露とも疑わないのか。
「あのね。いろいろ事情があったのは聞いたよ。ツラの皮めあての女どもにさんざんタカられてお気の毒さま。
だけどさ。マザコン偽装してたのは高橋諒、あんただ。あんたが!自分で!決めたことでしょう!」
「でも、それは」
彼が反射的に言い返そうとするのを阻んで被せる。
「呪いをかけられた王子様かなんかのつもり?! 自分をかわいそうがるのも大概にしなよ。さっきから聞いてりゃ自分のことばっかじゃん。あんたにフラれた相手の気持ちとか考えたことあんの?!
その上なんだよ、私はなんなの。選ばれた勇者か。光栄に思えとでも? 知ったこっちゃないよ」
高橋は一瞬気圧されたものの、さすがにムッとしたらしい。
「なんで、あい子さんにそこまで言われなくちゃならないんだ」
「逆に聞きたいよ。なんで私が高橋さんの嘘の尻拭いしなきゃなんないのさ」
「嘘、って……」
彼はキツい言辞にとっさに言い返そうとしたけれど、言い返せない。
「あんたは、嘘ついたんだよ。
別に、嘘つくな、とは言わない。どんなキャラで人付き合いを乗り切ろうと、それはそれで戦略なんだろうし。私なんかがどうこう言う筋合いじゃない。ジャッジするつもりもないよ。でもさ」
ふーっ。と大きく息を吐いて、我ながらタメにタメてから、言った。伝われ、このバカ。
「自分でついた嘘は、自分で責任とりなよ」
高橋は絶句して立ち尽くした。
淹れかけのほうじ茶はこぼれたまま、シンクに流れていく。
「どうかしたんですか?」
気まずい沈黙に割って入ったのは、隣の総務課の女性だった。以前、高橋諒に思いをかけていたらしい、と推察される、例の彼女ですね。
私の声は、たぶん給湯室の外まで聞こえてたと思う。
彼女は素知らぬ振りで「お湯いいですか?」と、パスタ入りインスタントスープに熱湯を注ぎ始めた。
ベリーべらぼうにウルトラ気まずい。
彼女に軽く会釈し、私は給湯室から出ていった。
高橋がどんな顔してたかは、見てない(小心者)。




