10.その後のイケメンの苦難
「専門出て、就職してからはさすがに押し掛けてくるような女性はいなかったけど、今度は結婚迫られるようになった」
「…………」
もはや困惑の無言もカウントする気がなくなってきた。
「リアルに結婚考え始めると、俺って結構な優良物件らしいんだよね。定職に就いててツラの皮も上出来、その上ガチで家事をやってるだろ。
本気の度合いがハンパないんだよ。目の前で将来設計ぎちぎちに詰められて、正直ヒいちゃってさ。
俺だって、結婚したくないわけじゃないよ。けどさ、まだハタチそこそこだぜ。もう少し甘い雰囲気になりたいし、夢見たかったんだよ。恋愛の相手と家事分担の話とか、またかよもうかよ勘弁してくれよ、って感じでさ」
話しているうちにいろいろと思い出されたらしく、高橋は些か感情的に愚痴めいてきた。
「結婚とか恋愛抜きにしても、愚痴の聞き役にされることも多くてさ。結婚してる女の人とか、夫さんがどんだけ家事しないか、如何に家事をちょろく見てるか、家事をする自分を評価してくれないか、もうたらふく聞かされた。
それだけ理解する男が少ないんだろうな、っていうのはわかるよ、わかるけど。
けどさあ、俺だって、憤懣のはけ口引き受けるために家事やってるんじゃないんだぜ」
「圭兄とか修には、“オマエには隙がある”って言われた。
なんつか、こう、近寄りがたいスターオーラのイケメンじゃなくて、隣んちのちょっとカッコいい兄ちゃん的な気安さのイケメン、ていうのが敗因だ、って。
知るかそんなん。イケメンとか知らねえよ名乗ってねえよ」
はいはい。やれやれ。まあ落ち着きたまえよ。
なるほど納得というか、奔流の如くまくしたてられ、ひたすら赤べこと化して頷きまくるしかない。
とりあえずお茶を淹れなおしてみた。
お茶飲もう。なっ?
湯呑みを受け取った高橋は、ごめん、と苦笑した。
聞かされた方としても、なんとも応えようがなくて苦笑を返す。
その後、高橋は最初の就職先でリストラにあい(マジな意味でのRestructuring。経理が外部委託されることになり経理部門が廃止になったそうで、別の職種で同社に残るか経理マンとして転職するか選択を迫られ。でも転職先まで世話してくれたんだってよ、優良企業!)、転職していま現在の職場で机を並べて伝票整理しとる訳ですね。
ようやく、なう!現在地点まで到達しましたよ。
転職を期に、高橋諒はキャラ変をたくらんだそうな。
「いいかげん懲りたから、もう料理とか家事やってること知られたくなかったんだ。だからって、ツラの皮目当てで寄って来られてアレコレ面倒みられんのもうんざりだし。で、いろいろ考えて、マザコンだってことにしとけば、面倒もないかな、って」
つまり、こういうことか。
料理する家事メン→結婚を迫られる。
家事しないイケメン→世話を焼かれる。
どっちも詰む。
そこで初期設定のマザコンを加えると、“世話を焼かれることには慣れきっていて少々のレベルではゲットできないイケメン”キャラができあがる。
まあ誰しも母ちゃんと勝負したくはないだろう。
「そういえば、あのウワサは?」
例の、デートの折りに“母が心配してるから帰らないと”と女性を送りもせずにソロで帰宅、という逸話について尋ねると、
「ああ、それはもともと用事があって、夕方までしか空いてない、って言ったのに、それでもいいから、って呼び出されたんだよ」
あからさまにうんざりした答えが返ってきた。
「それまでもいろいろアプローチされてて、この際だからちゃんと断ろうと思って呼び出しに応じたんだ。はっきり断ったし、デートじゃない。まだ明るい時間だったし、送らなくても問題なかったと思うよ」
……それが、マザコンキャラと混濁してあーいうエピソードになっちゃった訳か。
「結局、いろいろ言われるんだ。いいかげん親離れしたら? とか、実家を出て自立するべきだ、とか。女性だけじゃなく、おっさん連中からも、そんなんじゃ結婚できないぞ、とかね。しまいには、アタシがいろいろ教えてあげるから! って、姉御肌な女性に迫られたりもして」
もう何度目になるのか、深々と真に迫って疲労困憊、といったため息を吐いた。
「なんだかなあ。実家暮らし=甘えた男、みたいに思われるのも反感わくし。
結局ツラの皮だけで俺を見て、イケメンを自分の思い通りにしたいだけなのかな、って思えてきて。正直、疲れた」
もうつかれたよ、ぱとらっしゅ。
なんつって、ふざけて物まねしちゃおうかな、とか思ったけど、あまりの陰鬱ぶりにひっこめた。
なるほどねー。
お疲れさまですなあ。




