門番の役目
これは「門」をお題とする企画小説です
『門番』それは出入りするものに目を配らせる者。
戦争時の軍備施設には、武装した兵士。学校やショッピングモールには警備員。
入り口という名の門には必ずといっても良いほどいる存在だ。
そう! それが例え高級ホテルだったとしてもだ。
ホテルマンの場合は守るものがお客様とホテルの誇りだ。
1月の特に寒い日。
それも土砂降りの雨。
まったくついてない。こんな天気だとドアマンになったことを後悔したくなる。
こんな日なのにいつもと変わりなく、客が車で乗り付けてくる。
入り口につけられた車。近寄り後部座席のドア上品に開けお客様に一言。
「ようこそ、いらっしゃいませ!」
女性の場合は差し出された手のひらを軽く握る。
相手も心得ているようでスッと立ち上がってくれる。
素人の目から見てもわかるほど、高級そうな毛皮のコートを身にまとっている。
扉を開き、片手でそれを支えながら、もう片方の手で中へと誘導する。
「どうぞ〜」
にこやかに言いながらにだ。
愛嬌の良い客ならば、会釈の1つでもしてくれる。
そうでないお客様の大抵は、全身大衆ブランドで身を固めた品の無いお金持ちの方々だ。
それでもやはりそこは仕事だ。お客様の差別化はタブーなのだ。
一段落着いた時点で、相方が静かに声をかけてきた。
「にしても今日は寒いな。さっさと帰ってコタツでぬくぬくしたいよ」
「そうですね」
自らの口から出た白い息が消えていくまでを愛おしそうに眺めながら。
上半身はコートもあってか、暖かくて快適ではある。
問題は下半身だ。ホテルの制服ズボンの下に、パッチというものを履いているがかなり冷える。
風が隙間から流れ込んだときには、身震いの1つもしたくなるほどだ。
客への対応が少なくなったことを良いことに、他愛の無い会話していた。
すると、ドアマンの主任から無線が入った。
「今から毎時新聞社社長の高田様がお帰りだ。誘導頼むぞ」
「はい、了解しました」
それを聞くと相方はドアへ近寄りお客が来るタイミングに合わせ扉を開く。
俺は、車の誘導と荷物持ちだ。
すべての作業が終わり、車のドアを閉める時にも一言。
「高田様。いってらっしゃいませ」
頭を下げ、その台詞を言った後の達成感は何とも言い難い。
「ありがとう、またよろしく」
そんな声をかけられた時は、さらに嬉しく思う。
さっきも言ったが、たまには嫌な客もいる。非常識で、よくここまで生きてこれたなと思える客も何人も見てきた。
でも、こんな身を震わせる寒い日に見せられるお客様の笑顔は、心身を暖めるはずのホテル《こちら》の体を暖めてもらっているような感覚になる。
門番とドアマンの違いはここにあると思う。
一言で人間の心は良く悪くも変動する。良い方の言葉に越したことないがね。
何とも歯がゆい感覚だ。
しかし、こういうのがあるから俺は、躊躇なくにこやかにこう言うんだろうな。
「いらっしゃいませ」
読んで頂きありがとうございます。