7月8日(金曜日)A
翌日。
「悟、今日もあっついね」
昨日に引き続き、はた迷惑な太陽さんが笑顔を振りまき、セミ達が自分達の子孫を残そうと切磋琢磨している道中を帰宅していた時・・・本当は校門をすぐ出たあたりの所だったんだが。
「君かわいいね~。僕達と一緒に遊ばない」
「もしかして彼氏なんか待ってたりなんかしちゃってる?」
「俺達と来れば楽しいことたくさん教えてあげられるよ!俺のこのゴッドフィンガーで!」
これが『ザ・ナンパ』ですよと教科書に載せて子供達に教えたいくらいのすがすがしい場面に出くわしてしまった。
同じ学校の奴とはいえ帰宅最中に校門で何やってんだよ。帰宅途中の奴らがジロジロと見てるのに気付かないのか?
ああそうか、こいつらは生まれてくると同時に母親ン中に羞恥心を置き忘れてきた連中だもんな。何だよ、ゴッドフィンガーって。
「あの、すみません。そういうのは私、結構ですから」
「・・・・・・・・・ん?」
透き通った声。
どこか攻撃的な棘のある声。
これは・・・。
「ちょっと待ったーーーっ!
そのナンパちょっと待ったーーーっ!」
俺は悪漢共からヒロインを救うヒーローの如く間に割って入ってしまった。
「ああ、なんだよ。お前もこの女を狙ってんのか」
「残念だが僕達が先約だよ」
「君のスモールフィンガーではこの子を悦ばせてあげるのは無理だね」
字が違うぞ!正しくは『喜ぶ』!これ大事。
「違う!そうじゃない。そいつだけは、その女だけはやめとけ」
「なんだお前、この女の知り合いか?」
「これはお前達のためを思って言ってるんだ。その女はナンパ相手にしちゃいけない」
「お~お~、カッコいいセリフだこと」
「いいから聞けって!」
俺は円陣を組むように男共の肩に手を乗せ引き寄せる。
「本当はあいつは整形なんだ。
俺はあいつと親戚だ。だからその事情に精通してる。親があいつのあまりにも残念な顔を気の毒に思ってな、うん千万円て大金はたいてそれで今の顔になったんだ。
ほら、これがその時の写真」
懐から取り出しそれを男共に見せる。
「げぇっ!!」
「類人猿!?」
「おお、ビッグフィンガー!」
「わかっただろ。過ちを犯す前に今すぐやめるんだ!」
「「「あ、ああ」」」
「違う!!
返事は『サー、イエッサ―』だ!」
「「「サー、イエッサー!!!」」」
そして、くるりと回れ右をすると一目散に駆けだしていった。去り際の風に舞う零れ落ちた雫が三人の哀しみを物語っていた。
「へげぶっ!?」
と、そんなことを思っていると後頭部に鋭い鈍痛が。
「最低」
分厚い辞書片手に侮蔑と嫌悪を込めて秋穂ちゃんが見下していた。
そして、地面に落ちていたさっきの写真を拾って・・・。
「最っ低!」
メリッ。
「ぬおおぉぉぉ~~~っっっ」
メキャッ。
鼻が折れた!・・・・・・・・・かもしれない
「ああ・・・おおおぉ・・・・・・」
「あっはは。悟おもしろ~い」
「こう見えても私、空手の黒帯取ってますから」
「あぁ、最初から助ける必要なかったのね」
「それ以前に女を辱めるやり方は最低です」
ですよね。
「さすがこの写真はないよ」
ああ、及川にも忠告されてしまった。
「で、秋穂ちゃんはなんでこんな所に」
俺は体制を整えて、本題に入ることにした。
「はい。それは・・・・・・」
聞けば、昨日あれからいろいろと考えて俺に協力したい、とのことだった。
姉がどんな人生を送って来たのかそれを知りたい。
義理とはいえ妹なのだ。それはある意味、当然と言えば当然だった。
「姉の知り合いに心当たりがあるので。
闇雲に聞き回るよりかは効率的だと思います。と言っても、中学の友人くらいですけど」
「私の義妹ってどこか堅いんだよね~。もうちょっとフランクになってもいいと思うんだけど。私みたいにね、にね!」
てめーはあっちでフランクフルトでも食ってろ。
「早く行きましょう。私の家、門限が7時までなので」
瀬上杏子。
瀬上コーポレーションの現トップ、瀬上斉三の孫娘。
秋穂ちゃんによれば、以前一度だけ姉が家に連れてきたとかで、その時に交流があったという。
「姉が中学だった時の唯一の友人だと思います。彼女に聞けば、中学生の姉がどんなことをしてたのか、それを知ることが出来ると思います」
今俺達はその彼女が通う私立高校の正門前にいた。下校途中の彼女をつかまえて話を聞くために。
「これを見て下さい」
秋穂ちゃんが渡してくれた写真には及川とその瀬上が写っている。
二人とも笑顔だ。
及川はいつもみたいに満面に笑っている。対照的に瀬上は照れているのか、どこかぎこちない。けど、不思議なものだ。この写真を見てると二人は間違いなく友達なんだとわかる。
「それにしてもお嬢様育ちの人とあいつが友達だったなんて」
「それより来ましたよ、彼女」
秋穂ちゃんの視線の先には今まさに校門を通り過ぎようとしている彼女がいた。
「行きますよ。悟さん」
「あ、ああ・・・・・・」
だが、俺は一瞬目の前の彼女が写真とは同一人物と思えなかった。
冷たい。
それが目の前の彼女に対する俺なりの第一印象だった。
そのあまりにも凍てついた顔は写真の瀬上杏子とは似ても似つかない。
「お久しぶりです。瀬上さん」
「あら、あなたは。確か及川さんの妹の、秋穂ちゃん?」
その声はやはり外見と違わず凍てついている。
「覚えてくれていて嬉しいです。今、お時間はありますか?」
「何の御用かしら」
質問を質問で返すのか。
要件を聞いて自分に都合がいいなら時間を取る、ということか。
「先週、姉が亡くなりました」
「・・・・・・そう。それはお悔やみ申し上げます」
何の動揺もない。不気味なほどに落ち着きすぎている。
仮にも友達だったやつが死んでるんだぞ。
「実はその姉のことであなたに聞きたいことがあるんです。私の知る限り、姉の唯一の友人だったあなたに」
瞳の奥が、キュウ、と細められた。
「・・・・・・・・・」
「いいですか?」
わずかばかりの沈黙の後、瀬上杏子は口を開いた。
「立ち話はなんですから、落ち着ける場所に移動しましょう」




