5.生贄の選択
クラスのリーダー格である極道寺マフィアが言う。
「マジどうするよ……。誰を生贄にする……?」
マフィアの取り巻きも、「どうするよ?」と口を揃えて言った。
まったくこいつらは……。
どうしようもねえから困ってるんだろ。
ママのおっぱいでも吸ってな。
そのとき、クラス委員長の京極明日香が小さく手を挙げた。
「はい。京極さん」
平等院鳳凰子が明日香を指名する。
「はい。指名されました。京極明日香です」
「で?」
「実は私……ユニークスキルに閲覧というものがあるんです。それで……みなさんのステータスを、見ようと思えば見ることができます」
「なるほど。つまり、ステータスの低い腐れミジンコを、生贄に捧げようというわけですわね。採用しますわ」
だが反発する者もいる。
田中ニコである。
「嫌よっ!あたしはそんなの嫌だからっ!ステータスで生贄を決めるなんて、そんなの理不尽すぎるでしょっ!ステータスで友達を売るなんて最低よっ!」
「でも、ステータスなら数字として客観的に判断ができるわ」
「それでも駄目なものは駄目よっ!日本国憲法に確か、人権は守りましょう、みたいなことが書いてあったものっ!あたし知ってるものっ!社会は得意だものっ!」
マフィアが唾を吐く。
「あのよお、にこにー。もうここは日本じゃねえんだ。人権なんてとっくにねえんだよ」
「マフィアくんは黙っててっ!」
「感情的になるなよ、にこにー。生贄を決めなきゃ、きっと俺たちまで巻き添えだぜ」
「それも嫌よっ!」
「あれも嫌、これも嫌じゃあ、事態は進展しないぜ、にこにー……」
「弱者にもやさしい社会がいいと思うものっ!数字で判断なんて絶対に嫌っ!」
だんだんと邪険な空気になってくる。
あさ美はずっと泣きつづけている。
たったったった。
誰かが走った。
走って、極道寺マフィアと田中ニコの間に入って、ストップをかける。
「喧嘩しちゃダメぇ~~~っ!」
郷田武蔵だった。
外見が美少女で、男子からも女子からも愛される男、郷田武蔵だった。
「みんな仲良くしてよぉ……。ひぐっ……ひぐっ……こんなの、やだよぉ……」
クラスメートが一瞬で頭を冷やしてざわめき始める。
「可愛い」
「可愛いな」
「武蔵くん」
「可愛いです」
「ああ、可愛い」
「武蔵ちゃん」
「好きだ」
極道寺マフィアもそっぽを向く。
「武蔵、あのよ、悪かったな」
「ううん。いいの。いつもみたいに、明るく楽しいクラスが好きなだけだから」
「ああ。俺もだよ」
平等院がトントンと足でリズムを取る。
「これじゃ、埒が明かないですわね……」
はい、と明日香が手を挙げる。
「はい。京極さん」
「はい。指名されました。京極明日香です。それでは、多数決はどうでしょう?」
田中ニコの顔が歪んだ。
「数の暴力よっ!嫌っ!嫌よっ!」
「これが現状で、一番適切かと思います」
明日香も対抗する。
それでもニコは止まらない。
「理不尽だわっ!数の暴力よっ!数字が好きなら数の子でも数えてなさいよっ!」
「割り切ってください。非常事態なんです」
「理不尽っ!理不尽、理不尽、理不尽っ!理と不と尽っ!」
「騒がないでください。人間の底の浅さが露呈しますよ」
「明日香さんは自分が理不尽な目に遭ってもいいのっ!理不尽を許容できるのっ!今こうしている間にも、アフリカでは子供たちが死んでいるというのにっ!」
「アフリカは今は関係ないでしょう」
「ひどいっ!ひどいわ明日香さんっ!子供たちに罪はないのにっ!」
「子供の話は後にしませんか?」
「そんなっ!子供たちが可哀相っ!鬼っ!悪魔っ!」
「もう鬼でも悪魔でもいいです。多数決しませんか?」
「ブスっ!」
「ブスじゃないですよ」
「うるさいブスっ!」
「ブスではないです。客観的に見ても」
「ブスはそう言うのブスっ!」
「だからブスではないですって」
「どこからどう見てもブスでしょブスっ!」
「まあいいですよ。仮に私がブスだとして、その証拠はどこにあるんですか?」
「多数決でも取りなさいよっ!好きなんでしょ多数決っ!多数決と結婚したいんでしょっ!明日香さんがブスかどうか、それで決めちゃえばいいじゃないっ!」
「多数決を取ったところで、私はブスじゃないですよ。客観的に見ても」
「怖いんでしょっ!自分がブスだってわかるのが怖いんでしょっ!」
「怖くないですよ。だってブスじゃないですもの」
「ブスブスブスっ!」
「田中ニコ。
レベル1。
体力500。
攻撃0」
「ちょっとっ!なにを言ってるのっ!やめてっ!」
「防御250。
速度440」
「やめてってばっ!謝るからっ!謝ればいいんでしょっ!ごめんなさいブスっ!」
「魔攻0。
魔防700」
「やめて……やめてって言ったのに……。なんで全部言っちゃうの……」
「攻撃系統のステータスが両方0ですね。率直に言ってゴミです。だからステータスを見られるのが嫌だったんですか?生きる価値もない哀れな腐れビッチ、田中ニコ」
「ひどいよ。ひどい……あたしいい子にしてたじゃん……」
「弱者のための社会と言っておきながら、結局は自分のための社会だったわけですね」
「理不尽オバケの……京極明日香ぁ……そして……ブス……」
「ブスではないです。論理的に見ても」
平等院がパンパンと手を叩いた。
「はい。まあ成り行き的でこうなりましたが、田中ニコさんのステータスだけを見るのは不公平だと思いますわ。みなさんのステータスも公表してもらいましょう。異論は?」
異論はなかった。
それからは京極明日香にステータスを見てもらう作業がつづいた。
「マルコ滝川。
レベル1。
体力500。
攻撃300。
防御300。
速度400。
魔攻300。
魔防300」
クラスメートのステータスを聞いていくうちに、
俺は自分のステータスの異常さを認識した。
文字通り桁が違う。
俺だけがずば抜けた初期能力値を誇っていた。
邪神の寵愛者。
俺は震える。
恐ろしくて震える。
もしこのステータスを明日香に見られたら、俺は一体どうなるのだろうか。
気味悪がられて生贄送りの可能性もある。
それは嫌だ。
絶対に嫌だ。
「前川あさ美。
レベル1。
体力500。
攻撃300。
防御200。
速度300。
魔攻1800。
魔防1000」
おお!というどよめきが響き渡った。
魔攻の最高値を前川あさ美が更新したのだ。
今のところクラス最高は前川あさ美だ。
あさ美の次は俺の番だ。
とうとう俺の番だ。
どうする?
どうすればいい?
京極明日香を殴り飛ばすか?
意識を飛ばして誤魔化すか?
でもそれだと余計に怪しまれてしまう。
俺は俺のステータスを確認する。
星空メテオ
レベル1
体力2100
攻撃7600
防御2800
速度7000
魔攻0
魔防2800
ユニークスキル
ステルス
古武術
美男子
称号
彗星のラプソディ
邪神の寵愛者
ヤバイ。
ヤバすぎる。
俺だけ次元が違う。
俺だけが遥か高みにいる。
デウス・エクス・メテオ……。
人間の最高峰かつ終着点、俺……。
河原で洗濯をするメタボな妖精……。
冷や汗が垂れた。
「ひゃうぺこっ!?」
俺は思わず変な声をあげた。
京極明日香が俺の目の前にいて、俺の顔をじっと見つめていたのだ。
もう逃げることも叶わない。
俺は緊張に緊張が過ぎて身動きすら取れなくなる。
呼吸が荒くなった。
はあ、はあ、はあ。
手汗がヤバイ。
おしっこを少し漏らす。
はあ、はあ、はあ。
明日香はじっと見てくる。
舐めるように見てくる。
時折、眉間に皺を寄せて考え込んだりする。
俺はもう死んでしまいそうな気持ちだった。
そのとき、マフィアが茶々を入れる。
「おい明日香。どうしたんだよ。早くメテオのステータスを教えろよ」
俺は叫んだ。
「わき役は黙ってなッ!」
「……お、おう。わりィ」
今すぐにでもお前の金玉を捻り潰してやってもいいんだぜマフィア?
あまり俺を怒らせるなよ。
俺の中のケンタウロスがミノタウロスになっちまうぜ?
チョベリバ・ヤングは指を咥えてラリってな!
不意に、明日香が困ったような顔をする。
「見れません」
「なんだって?」
マフィアの驚愕の声。
「メテオくんのステータスが見れないんです。なにかぼやけていて……」
邪神の寵愛だった。
きっとこれは邪神の寵愛に違いなかった。
俺は少しおしっこを漏らした。
安堵したのだ。
サータアンダギー。
俺は前髪を掻き上げながら言った。
「たぶん、俺のユニークスキルのせいだろう。隠蔽ってのがある」
「なるほど」
まったくの嘘だが、これでいい。
京極明日香は信じきっている。
京極明日香は俺の忠実なる信奉者。子羊メイデン。
「じゃあメテオくんが口頭で、自分のステータスを読み上げてくれませんか?」
「ああ。わかった」
俺は息を吸い込む。
「星空メテオ。
レベル1。
体力210。
攻撃760。
防御280。
速度700。
魔攻0。
魔防280」
桁を一つ減らして答える。
「わかりました」
明日香だけでなく、他のクラスメートも納得したようだ。
よかった。
尿にまみれたサータアンダギー。昔懐かしい味。
問題ない。
完璧に事が進んでいる。
次は加藤ヤイバだ。
俺の唯一の偶像、加藤。
天才で、科学者で、野球がうまい。にんじんも食える。
こいつのステータスには俺も興味があった。
加藤は堂々と立って、明日香の閲覧を正面から受けている。
俺の好奇心が最高潮に達した。
明日香は言う。
「加藤ヤイバ。
レベル1。
体力5。
攻撃5。
防御5。
速度5。
魔攻5。
魔防5」
その瞬間、クラスメートが一斉に加藤へ跳びかかった。
加藤を床に押し倒し、手足を拘束し、逃亡を封じて、生贄の候補にした。
俺は行動を起こす暇も与えられなかった。
そうだった。
加藤ヤイバはイジメられていたのだった。
郷田武蔵が、明るく楽しいクラスじゃなきゃ嫌だと言っていたが、郷田武蔵だって、加藤ヤイバのイジメについて見て見ぬふりをしている傍観者なのだった。
最初から、クラスは明るくとも楽しくとも何ともない。
偽りの楽園。
醜い地獄。
ケルベロス。
サータアンダギーは踏みにじられた。
加藤はきっと、暗黙の了解で生贄の候補に決まっていたのだ。
初めから。
俺だけがそのことに気づかなかった。
馬鹿だから。
阿呆だから。
間抜けだから。
俺の加藤。
愛しい加藤。
俺の偶像。
俺の全て。
俺の、親友。
広間には、田中ニコのけたたましい高笑いが響き渡っていた。
決戦のときだ。