3.テロリストとクラス転移
朝の校門の前で加藤とばったり会った。
ヤマタノオロチ!
俺と加藤は昇降口に向かった。
「ヒュウィゴ!」
俺は下駄箱で靴からシューズに履き替える。
そのとき、俺は信じがたいものを見た。
加藤の下駄箱から、大量の雑草が零れ落ちてきたのだ。
「加藤、お前……」
「気にしないで」
「気にしないでって、お前……」
「気にするなって言ってる。なんでわからないの?」
俺は黙りこくる。
加藤がクラスメートにイジメられているのは知っている。
加藤は地球最高の才能の塊だから、みんなが嫉妬をしているのだ。
「そんなことよりメテオ。今日、あさ美さんに告白するんだろ」
「……おう」
「じゃあそんな顔してたら駄目だろ。僕をあまり怒らせるな」
「……ヒュウィゴ」
俺たちは黙りこくったまま教室に向かった。
あさ美のおはようも、なんとなくで返してしまう。
俺の頭の中には加藤のことでいっぱいだった。
俺は一度、加藤のために勇気を振り絞ったことがある。
イジメに加担している奴らを男女問わずボコボコに殴ってやったのだ。
でもそれでイジメは収まらなかった。
むしろ悪化した。
俺が余計なことをしたがために加藤はさらに地獄を味わうことになった。
俺は聞いたことがある。
「お前、星空メテオに助けられたからっていい気になんなよ?」
「お前、今度星空メテオに助けを乞うたらどうなるか、わかるよな? 血の雨だぜ?」
「星空メテオがお前を庇うたびに、お前の大切なものをひとつずつ壊すから」
これを聞くと俺はもうなにも行動を移すことができなかった。
俺は加藤のためにこの苦しさに耐える。
だけど加藤のほうがもっと苦しいのだ。そうに決まっている。
俺の苦しさなんて鼻くそにもならなくて、どれだけ加藤の苦しさを想像しても、その何万分の一にも満たない程度でしかない。結局俺の加藤に対する同情は自己陶酔の一種でしかないのだ。俺は加藤に同情して楽をしようとしているだけなのだ。逃げなのだ。
加藤の苦しみは加藤にしかわからない。
だけど俺は加藤の苦しみを背負いたいのだ。
なにが幸福だ。
笑わせる。
なにが幸福だよ、ほんと。
いきなり肩を叩かれた。
「メテオ。なに今の挨拶」
加藤だった。
加藤が俺に怒っていた。
「え。挨拶?」
「あさ美さんに対して」
「あ、ああ」
「ああ、じゃないよ。お前は今日告白するんだろ。僕のことに引っ張られんなよ」
「……わかってる」
「本当にわかってるのかよ」
「……ああ。今から俺は、星空メテオじゃない。ヤマタノオロチだ」
「……わかればいいんだよ」
「すまねえ」
俺は昼休みになると前川あさ美を体育倉庫に呼び出した。
ここなら人が来ない。
「どうしたのメテオくん。こんなところに呼び出して」
俺は世界一可愛い前川あさ美と対面する。
「俺、三億当てたんだ」
「うん。昨日聞いたよ?」
「脳みそを引き千切ったんだ」
「すごいね」
「あさ美。俺と結婚してくれ」
「えっ、結婚はまだ早いかな」
「俺の恋人になってくれ」
あさ美は一瞬驚いたような顔になった。
だがすぐにうなずいた。
「はい」
「ほんとか? ほんとうなのか?」
「うん、はい」
「じゃあセックスしよう」
あさ美は真っ赤になって俯いた。
「……もう。放課後になったらね?」
俺はもう有頂天だった。
机の暴言を消しゴムで消している加藤のもとに駆け寄って、その頬に何度もキスをする。
「やったぜ。おーけーもらったぜ」
「やったねメテオ」
「サータアンダギー」
「サータアンダギー」
魔法の言葉。
サータアンダギー。昔懐かしい味。
俺とあさ美は放課後に女子トイレでセックスをしたあと一緒に帰ることになった。
校門を抜けてすぐに電話がかかった。
携帯のディスプレイに映っているのは知らない番号だった。
「もしもし」
「あ。もしもし。星空メテオさんですか?」
「そうだが。お宅は?」
「NASAです。宝くじに当たったとかで、ぜひ我々に寄付をお願いしていただきたい」
「なんだと?」
「いま星空メテオさんの家の前にいます」
「待ってろ。今行く」
俺は前川あさ美を見た。
「あさ美。ごめん。俺は帰るぜ。ヤバイことになった」
「えっ? 気をつけてね?」
「ああ。心配しなくていい。プルトニウムに比べれば大したことじゃあない」
俺は颯爽と駆け出した。
さらに電話がかかる。
「もしもし」
「もしもし。星空メテオさんですか?」
「ああそうだ。お宅は?」
「菜の花孤児院の者です。宝くじの当選金の一部を、ぜひ寄付していただきたいんです」
「なんだと?」
「いまご自宅の前でお茶を飲んでいます」
「待ってろ。今行く」
くそ。
なにが起こってやがる。
なんで俺が宝くじに当たったと知っているんだ?
どこから情報が漏れた?
宝くじの情報を知っているのは限られているはずだ。
加藤ヤイバ、宝くじ屋の姉ちゃん、前川あさ美。
この三人だ。
父ちゃんや母ちゃんにもまだしゃべっていない。
これから打ち明けようとする段階だった。
加藤が漏らすはずはない。
俺の中で加藤は最も信頼に値する人間だ。にんじんも食える。
宝くじの姉ちゃんの可能性もない。
夢を売る仕事に誇りを持っているし、何より俺の名前や俺の電話番号を知っていない。
となると残るは。
前川あさ美。
前川あさ美しかいない。
嘘だろう?
冗談だろう?
俺は信じない。
俺は前川あさ美を好きすぎるほどに好いている。
信じたくない。
俺は家の前に到着する。
家の前には何台もの車が停まっていた。
「あ。星空メテオさんですか?」
あまりにも人が多すぎる。
俺はこの人の山を無視することにした。
話しかけられても顔面を殴り飛ばして突き進む。
家の鍵を解除して扉を開け、帰宅する前にくるりと振り返って軽く会釈し、それが終わってからようやく家の中に足を踏み入れる。
外は大喧噪だった。
訴えてやる、と叫ぶ奴もいる。
子供たちのために寄付を、と看板を見せつける奴もいる。
それでもあなたは人間か、と説く奴もいる。
そんな奴らに俺は中指を突き立ててやる。
端から寄付するつもりはない。
俺の金の使い道は俺が決める。
幸福の思考回路。
寄付するよりも燃やしたほうが絶対に幸せだ。
俺の思考回路がそう語ってくる。
ピンポンピンポンピンポン!
チャイムを鳴らされまくる。
両親はまだ帰っていない。
しばらくすると両親がびびりながら帰ってきた。
俺は事情を話す。
事情を話して、ピンポンピンポンピンポンを子守唄がわりに熟睡する。
アーメン。
翌朝目が覚めるとまだピンポンピンポンピンポンと鳴り響いていた。
ということは、寝ずにピンポンを押しつづけていたということだ。
素直に感嘆した。
ベランダから顔を出して札束をすこしばら撒く。
眼下で、人々が発狂している。
もっと札束を寄こせという欲望が、俺の奥底にまで伝わってくる。
俺はもうひとつ札束を用意し、観衆にこれでもかと見せびらかす。
これがほしいか?とアピールする。
見せびらかせるだけ見せびらかせて、俺はベランダから部屋に戻った。
食パンを食べながら加藤に電話をする。
「すげえことになってるぜ。まるでゾンビ映画だ」
「ゾンビには火炎放射器が効くんだ」
「最近のゾンビは、陸上選手並みに走るらしいぜ」
「車とかも運転するね」
「笑える。じゃあな。また学校で」
電話を切る。
コーヒーをすする。
ピンポンピンポンピンポン!
よい香りだ。
コーヒーは美味い。
サータアンダギー。魔法の言葉。昔懐かしい味。
「行ってきます」
俺は玄関を通り抜けた。
人だかりが波のように襲ってくる。
俺が薙刀を振り回すと、すぐに道を開けてくれた。
「ありがとうボーイ。晴レノチ曇リ、ニワカ雨」
俺は颯爽と登校する。
教室に入ると、平等院鳳凰子が話しかけてきた。
平等院鳳凰子は加藤イジメの主犯格で、俺がその可愛らしい顔をタコ殴りにしてブサイクにしてやったことがある。今は整形をして元の美形顔に元通りだ。
「メテオくん。あなた、宝くじ当たったでしょ?」
「知らねえよ」
「わたくし聞いたの。あなたが前川さんに話していること」
「まさか……!」
「なに?」
「まさかお前が、宝くじの情報を漏らしたのか?」
「やーだ。なんでわたくしが、そんなことをしなくてはなりませんの?」
「なんだと?」
「おっぺけぺー」
「話にならねえ」
俺は席に着いて指を組んで目をつぶった。
幸福の思考回路。
幸福の思考回路。
幸福の思考回路。
加藤の手術は絶対だ。
加藤の手術は絶対なんだ。
なんでこれほどまでに、俺に対する困難が襲いかかってくる?
俺の脳みそには、幸福の思考回路が宿っていないのか?
いや、加藤を疑うな。
加藤は唯一の俺の偶像。
俺の心の拠り所。
生まれながらの親友なのだ。
サータアンダギー。
魔法の言葉。昔懐かしい味。
クラスメートが登校してきて、それぞれの席に着いた。
クラス担任が教室に入ると、ホームルームの時間になる。
一人一人の出席を確認しているうちに、俺のクラス2年3組が謎の覆面集団に占拠されてしまった。
「星空メテオはいるか?」
「俺だ。なんか用か。顔を隠した堕天使ども」
「金を寄こせ。お前が金を持っていることは知っているんだ」
「断る」
「なら、こいつはどうだ?」
覆面集団は、一番前の席にいる女子生徒を抱き寄せて首筋にナイフを突きつけた。
その女子生徒は、紛うことなき前川あさ美だった。
「た、たすけてぇ……」
「おっと動くなよお前ら。おかしな行動を取ったら、首チョンパだぜ?」
「た、たすけてぇ……」
「それに俺たちは用意周到だ。手持ちにはダイナマイトがある。俺たちに下手な刺激を与えたら、その瞬間、このクラスはボンだ。こんなふうにな?」
にわかには信じられなかった。
覆面集団のリーダー格が、なぜかダイナマイトの爆発を実践してみせたのだ。
ボン!
2年3組は死んだ。