表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

2.宝くじと姉ちゃんと前川あさ美

「なにか変化は感じるかい?」


 手術を終えた俺に対して、加藤がいろいろと質問をしてくる。

 最終チェックだ。チェケラ。


「いや。特には感じないな」

「そうか……」


 心なしか、加藤が落胆しているように見える。

 これは、失敗か?


「でもよ。なんとなくだが」

「なんとなく?」

「なんとなく、俺は幸せになってる気がする」

「そうか!」


 ここでようやく加藤が笑った。

 そうだ。

 いま俺は幸せなんだ。


「幸福を呼び寄せるっていう、なにかわかりやすい結果がほしいな」


 加藤が言った。

 俺は答える。


「じゃあ宝くじなんかはどうだ?」

「宝くじ?」

「そうだ。宝くじに当たるなんて、よっぽどラッキーだろ?」

「なるほど。一理ある」


 俺たちは宝くじを買いに商店街に行くことにした。

 今は月曜の昼だから、俺たちは学校をサボっていることになる。

 だから商店街には若者はまったくいない。

 うす汚え犬を連れたババアだけだ。


 俺は宝くじ屋の窓口に肘を置いた。


「やあ姉ちゃん」

「なんの用だ」

「宝くじを一枚、くれないだろうか」

「300円だ」


 俺はポケットの中に手を突っ込んで財布を探した。

 そういえば手術することが楽しみすぎて、家を出るときに財布のことを考えてもいなかった。


「冷やかしなら帰りな。こっちも暇じゃねえんだ、坊や」


 宝くじ屋の姉ちゃんはそう言って鼻を鳴らした。

 俺は加藤を見る。

 加藤は肩を竦めて俺に財布を手渡してくれた。

 そこからコインを三枚取り出して、台の上に転がした。


 ちゃりん。


「きっかり300円だ。これで文句はないだろう?」

「持ってるならさっさと出しやがれ。こっちも暇じゃねえんだ、坊や」


 姉ちゃんはデスクの下から宝くじの束を手に取る。

 そこから一枚を抜き出して投げ寄こしてきた。


「姉ちゃん。こっちも頼みがあるぜ」

「いいから宝くじを持って帰りな」

「いいや。俺は姉ちゃんが選んだ宝くじじゃなくて、俺が選んだ宝くじを持って帰りたいんだ。幸福の女神が、俺に微笑みかけてくれてるんでね」

「あたしが微笑んでやるから帰りな」

「愛想の悪い姉ちゃんだ。早死にするぜ」


 俺は仕方なく姉ちゃんが選んだ宝くじを手に取った。

 これも運命だと考えたのだ。

 俺と加藤はくるりと振り返って宝くじ屋を後にした。


「当たったら、一割よこしな。お姉さんとの約束だ」


 背後から姉ちゃんの声が聞こえる。

 俺は手をぷらぷらと振ってそれに応えた。




 当選日の新聞を確認する。

 俺は一等だった。

 賞金は三億円。

 大して驚きはない。

 まあそうだろうなという感じだ。

 俺は幸福を呼び込む手術をしたのだし、手術をしたのだから幸福でなければならない。


 それに加藤は天才だ。

 世の中に間違いがあっても、加藤に間違いはない。

 俺は俺よりも加藤を信じている。


 携帯を取り出して加藤に電話をかけた。


 ぷるるるるる。


「もしもし」

「加藤か?」

「うん」

「当たったよ」

「うん」

「三億らしい」

「どうするの?」

「とりあえず、宝くじ屋の姉ちゃんに一割やる」

「約束したしな」

「残りの金は、そうだな、戦闘資金にでも充てるさ」

「なに?戦闘する予定でもあるの?」

「ないんだけどな」


 ハハハハ!

 声に出して笑い合う。


「まあ無難に貯金するさ。学校の屋上で、キャンプファイヤーにしてやってもいい」

「それは勿体なくないか」

「金なんてどうでもいいんだ。金がなくても、俺は幸せだからな」

「そうだな」

「じゃあな。学校で」


 電話を切って新聞をしまう。

 母ちゃんの朝食を食ったあと制服に着替え、学校に向かった。


 教室に入ると、前川あさ美と目が合った。

 あさ美はにこりと笑っておはようと言う。

 俺はぶっきらぼうになりながらも挨拶を返した。


 俺は前川あさ美が死ぬほど好きだった。

 鼻血が出るほど好きすぎていた。

 背中まで伸びる黒髪も好きだったし、垂れ気味の可愛らしい瞳も好きだった。

 ぷっくらした唇や丸っぽい鼻やちょっと尖った耳もぜんぶ好きだ。

 制服を突っぱねる胸もエロい腰つきもすらっとした脚も好きだ。

 できることなら抱き締めてみたいと思う。

 間近であさ美のにおいを嗅いでみたいとも思う。

 ジャポネーゼ!

 ヤマタノオロチ!


 俺は自分の鞄を机に放ったあと、あさ美のもとに近づいた。


「あさ美。俺のブレイクダンスを見てみるか?」

「えっ、いいよ、べつに。教室でそんなことしたら、制服汚れちゃうよ?」

「そうだな」


 あさ美はちょっと天然だ。

 天然だから俺の世界レベルのブレイクダンスも見たがらないのだ。


「あさ美。実はな、ビッグニュースがあるんだ」

「えっ、なになに?」


 あさ美が目をくりくりさせて両手を口元に当てる。


「宝くじで三億円当てたんだ」

「えっ、うっそー? ほんとお?」

「ああ。あさ美には嘘つかねえよ」

「すごいじゃんっ! 家とか建てるのっ?」

「いや、まだ決めてない。これ、内緒な」

「あ。うん。わかった」


 それからあさ美は、俺の耳元でささやいた。


「二人だけの秘密、だねっ?」


 ぞくぞく、とした。

 俺は言った。


「ブレイクダンス、見るか?」

「それはいい」


 放課後になると、俺と加藤は銀行に行って口座を開設した。

 そこに宝くじで得た金を振り込んでもらったあと、三億のうちの一割を引き出して学生鞄の中に押し込んだ。


 商店街に向かう。


 俺は宝くじ屋の台に肘を置いて姉ちゃんを見た。


「なんの用だ、坊や。また夢を買いに来たのかい? 帰んな」

「まあそう邪険にするなよ姉ちゃん。俺は約束を果たしに来たんだ」


 鞄から札束を引き抜いて、ぽんと台に放り投げた。

 姉ちゃんは目を細めてその代物を眺めた。


「どうしたんだ、これ」

「当てたんだよ。姉ちゃんが微笑みかけてくれたからな」

「いくら?」

「一等。三億だ」

「笑えねえ冗談だ。イングランドにでも留学してきな」

「こいつはマジもんだぜ?端から冗談は言ってねえ。こいつは約束どおりの一割だ」

「本当なのか?」

「上納金だ。受け取りな」


 だが宝くじ屋の姉ちゃんは札束を手で押しやった。


「本当なら、なおさらこいつは受け取れねえな。あたしはこれでも宝くじを売ってんだ。夢を売ってんだ。一度売った夢は、クーリングオフしない主義なんでな。黙って帰りな」

「……そうかい。ヤボなこと言って悪かったな、姉ちゃん」

「ああ。もう二度と来んじゃねえぞ、坊や」

「達者でな。今生の別れだ」


 俺は台の上の札束を掴んで、再度鞄の中に押し込んだ。


「加藤。行くぞ」

「いいのか」

「いいんだ。これもワビサビだ。諸行無常」

「もののあはれ」

「意味わかんねえよ加藤」


 ハハハハ!

 俺たちは笑い合う。

 そして歩き出す。


「加藤。寄り道していいか」

「どこにだ?」

「幸せのお裾分けってやつだ」

「ふうん?」


 俺は加藤を引き連れて化粧品売り場に行った。

 そこでオレンジの口紅を購入して、次にお菓子売り場で飴ちゃんを購入する。


「メテオ。君が今からなにをするのか、僕はおおよその見当がついてるよ」

「やめろよ。照れるだろ。加藤には見透かされてばかりだな」


 踊り場に到着すると、阿呆そうな幼女を抱き寄せた。


「はうっ!?」


 俺の顔の真下に、幼女のつぶらな瞳がある。


「やあこんにちは、不思議の国のお嬢ちゃん」

「日本生まれだよ……?」

「そんなことはどうでもいいんだよお嬢ちゃん。お嬢ちゃん、いま一人かい?」

「ううん。ママがお買いものしてるの」

「そうかい。じゃあママがお買いものをしているあいだ、俺の頼みを聞いてやっちゃあくれねえか?」

「えー」

「ご褒美に飴ちゃんをやろう」

「やるー!」


 俺はポケットから飴ちゃんを取り出して、幼女の小さな手のひらにそっと乗せた。



     ◇



 幼女はひた走る。

 目的地は、宝くじ屋。

 窓口の下から、宝くじ屋の姉ちゃんに声をかける。


「おねーさん! おねーさん!」


 幼女がぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 宝くじ屋の姉ちゃんが前屈みになって台から見下ろした。


「どうしたんだ、ロリガキのお嬢ちゃん。ここは子供の来る場所じゃねえんだ」

「あのね、これ!」

「なんだこれ」

「わかんないっ!」


 幼女は姉ちゃんにオレンジの口紅を手渡した。


「伝言もあるよっ!」

「なんだよまったく。言いな。聞いてやる」

「しけた面をしてると男も寄りつかないぜ。明るい口紅でもぬって、ちっとは自分の夢でも追い求めてみたらどうだ。姉ちゃんは明るい色がよく似合う。だってさっ」

「よくもまあクセェ台詞を言えたもんだ」

「むこうのお兄ちゃんたちだよっ」


 宝くじ屋の姉ちゃんの視線の先には、男子高校生の後ろ姿があった。

 その二人組は商店街の歩道を奥へ奥へと歩き去っていく。

 姉ちゃんは鼻を鳴らしてそっぽを向く。


「……馬鹿野郎が。オレンジは、嫌いなんだよ」



     ◇



「加藤。俺、前川あさ美に告白しようと思う」

「いきなりだな」

「幸福を呼び込む手術をしたんだ。俺は好きな女で童貞を卒業するよ」

「応援する」


 加藤が応援してくれるなら、それはもう叶ったも同然だった。

 俺は俺以上に、加藤を信じている。


次はクラス転移。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ