1.俺ちょっぴりメランコリー
俺の名前は星空メテオ。
高校二年生だ。
どこにでもいる普通の高校生だがちょっぴりワル。
ちょっぴり泣き虫。
そしてちょっぴりメランコリー。
「加藤、俺ちょっぴりメランコリーなんだよ」
俺がそう言うと、目の前の男が目をしばたたかせた。
加藤ヤイバは生まれたときからの親友だ。
「メランコリ?」
「おう。コインランドリーでもメリーゴーランドでもねえぜ。メランコリだ」
「ふうん。そいつは放っておけないな」
加藤はいい奴だ。
だから俺はいつも加藤に相談する。
「最近、なんにもいいことが起こらねえんだ」
「毎日起こってたら、逆にすごいよ」
「それもそうだけどよ。でもな、いいことがないとつまんなくて仕方ねえんだ。この世の中はつまらない。くそだ。蛆虫以下だ。俺はサラリーマンとして働いて死ぬのは嫌だね」
「ふうん。それならいい方法がある」
「なに?!」
加藤の提案に俺はドキッとする。
加藤は天才だ。天才な上に科学者で、野球もうまい。にんじんも食える。
俺はこいつ以上の地球人を他に知らない。
「そんなの簡単だよ。メテオの脳みそをいじればいいんだ」
「なんだと?」
「脳みそをいじって、幸せを呼び込むような思考回路をつくるんだ」
「加藤……お前……天才かやはり……」
「明日の午前か午後に、僕の家においでよ」
「ああ。でもよ、そいつに危険はないのか?」
加藤は胸を叩いて言った。
「僕に任せなよ。僕たちは親友だろ?」
「……だな。疑って悪かった」
翌日になると俺は加藤の家に行った。
「ヒュウィゴ!」
日曜なので学校はない。
思う存分、加藤に脳みそをいじってもらえる。楽しみで仕方ない。
加藤の家のピンポンを押した。
ぴんぽ~ん♪
加藤の家は馬鹿でかく、ゾウとかキリンとかを遥かに越えている。
がちゃり。
加藤が姿を現した。
「やあメテオ。早かったね。まだ朝の七時だ」
「俺は早起きなんだ。お天道様よりもな」
「そうだね」
ハハハ!
声を出して笑い合う。
俺はこいつと一緒にいると居心地がいい。
なんせ生まれたときからの親友なのだ。
俺の母ちゃんは俺を産んでいるときに、「加藤さんもヤイバくんを産んでいたのよ」と言っていた。つまりそういうことだ。俺たちは同年同日に運命共同体だったのだ。
おお神よ!
南無阿弥陀仏!
ジャポネーゼ!
俺は加藤に案内されて地下の研究室に連れて行かれた。
「その前にメテオ。トイレには行ったか?」
「行ってないが」
「じゃあ行っておいたほうがいい」
「なぜだ?」
「長引くからだ!」
加藤の真剣な面持ちに俺は少しびびった。
こいつはマジだぜ…。
久々に舌先が痺れてやがる…。
「すまない。トイレを借りるぜ」
「ああ。待ってる。セイウチのようにな」
俺は階段を駆け上ってトイレに向かった。
便器のフタを開けて、水に向かってじょぼぼぼと小便をぶちかます。
俺から放たれた黄金の水は中華スープのように香ばしい。
トイレの水を流した。
「あばよ。俺の分身」
トイレから出ると手も洗わずに研究室に向かう。
時間が惜しかった
胸がわくわくしてたまらない。
俺の思考回路が幸せを呼び込む?
そんなことができるのか?
いや、でも、加藤になら……。
「待たせたな加藤。準備はできてるか?」
「もちろんだ。半世紀も前からできてるよ」
俺はごくりと唾を呑む。
加藤の横にあるのは、マッサージチェアのような座椅子だった。
いや、歯医者にあるような背もたれ付きの椅子と言ったほうが正確か。
そうか。俺はここに座ったまま手術されるんだな。
「メテオ。ここに座って」
「ああ」
加藤に促されるままに俺は座る。
まだ春だってのに、背中が汗でびしょびしょだ。
緊張しているのか?
いや、加藤を信じるんだ。
あいつは俺の親友で、天才で、科学者で、野球がうまい。にんじんも食える。
俺はニヤリと笑った。
「やさしくしろよ」
「約束できない」
「……なに?」
「やさしくしたいのはやまやまなんだが、この手術はメテオが思っているよりも厄介だ。少々手荒な真似になっても許してくれ。頼む」
「……わかった。端からそのつもりだ」
俺はびびる。
こんな加藤は見たことがない。
「始めるよ」
「ああ。頼むぜ」
加藤は注射器を手にした。
それを近づけて、針の先からぴゅーっと液体を発射させた。
「チクっとするよ。麻酔薬だ」
「助かる」
加藤が俺の腕に注射を突き刺した。
銀色の針が肌色の皮膚を貫通している。
俺は目をつぶった。
「これで痛みを感じなくなるはずだ。どうだい。痛みはあるかい」
「いいや。注射の痛みがすうっと消えたぜ」
「なら成功だ。次に手術に移る」
「俺はどうすればいいんだ?」
「じっとしていればいいよ。痛みはないんだし、何事もないはずだ」
「わかった」
「メス」
加藤はそう言って、台から怪しく光るメスを手に取った。
いま気づいたが加藤の手には手袋がしっかりとはめられてある。
俺は深く息を吸った。
加藤のメスがこめかみに深く突き刺さる。
痛くはないが、鈍い衝撃は感じた。
「どうだい。痛くないだろう」
「すごいな」
「でもメテオの頭には、いまメスが突き刺さってるんだぜ」
「ああ。感じるよ」
「ドリル」
加藤はさらに言い放った。
台から厳ついドリルを掴んで、うぃんうぃーんと回転させる。
ドリルの先端を、メスで開けた切り傷にあてがった。
うぃんうぃーん!
ががががが!
ぐちゅぐちゅ!
ぷしゅー!
加藤の前面が赤く染まった。
俺の血だ。
加藤の鼻頭が明かりに照らされて赤く光っている。
「いまメテオの頭蓋を切開したよ。上下にぱかんと外せる」
「ああ。わかるよ。脳が脈動している」
「痛くはないかい?」
「おかげさまでな」
「メテオの脳みそ、ゆるキャラみたいで可愛いぜ」
「冗談はよせ。早く進めろ。心臓がドキドキして仕方がない」
「わかった」
加藤は指の関節をポキポキ鳴らしたあと、いきなり俺の脳みそを引き千切った。
ぶちぶちぶちぶち!
「ああっ!」
俺は叫んだ。
「加藤!なんてことをするんだ!俺の脳みそが!」
「これでいいんだ」
「よくねえだろ!俺の脳みそがミートスパゲッティだぜ!?」
「これでいいんだ。メテオ」
「なにがだよ!俺はミートスパゲッティなんてご所望じゃねえんだ!」
「これをよく見てみるんだ」
加藤は手のひらに乗せた俺の脳みそを見せつけてくる。
赤くてソーセージみたいな俺の脳みそは、俺から離れたというのにうねうねと動いていた。こいつは俺なしで生きてやがる!
「なんだこれは?」
「これはね。理性だ」
「理性?」
「そう。これがある限り、人は自然の摂理から逃れられない」
「……なに?」
「これはいろいろな感覚を司っている。共感覚という言葉を知っているかい」
「ああ」
「なら早い。理性があると、感覚が邪魔をして、物理法則に縛りつけられるんだ」
「つまりなにが言いたい?」
「理性を摘出したメテオは、つまり、自然を超越する」
「なんだと?」
「その気になればメテオは、時間だって跳躍できる。なぜなら、時間を感じ取る器官が、いま僕の手にあるんだからね。君は時間という概念から解放されたんだ」
「すまねえ。日本語で頼む」
「つまりだ。メテオは、幸せを、掴み取る」
「そうか」
それだけわかれば十分だ。
「加藤はすげえ奴だな」
「それほどでもないよ」
「幸せを呼び込めるんだったら、どうして他の奴の理性も取ってやらねえんだ?」
「僕は僕の技術を安売りしない」
男が惚れる男、加藤。
痺れるぜ?
「加藤の他にこの手術が可能な奴は?」
「皆無だ。僕以外に、理性を視認できる人間はいないからね」
「やはり……天才か……」
「じゃあ頭蓋を閉じるよ。いいかい」
「ああ。頼む」
俺の幸福のための手術は30時間を費やして成功を迎えた。
初投稿です。
よろしくお願いします。