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ビビ俺  作者: タイキ
第1章
7/7

page.7 非常事態

 迷宮というものには基本マップはない。未開拓の場所であるから当然のことだ。そのマップを作るために先遣隊が送られ、迷宮の形や、どこにどんなモンスターがいるかなどをギルドへと持ち帰る。

 この迷宮は聖魔術同盟によって何度も調査された迷宮であるため、ボス部屋までの道のりは全員の頭に共有されている。迷いなくヴァルが進めているのもそれが理由だった。


 歩き始めて40分ほどが経っただろうか。前方からヴァルの声が飛んでくる。


「全員、散開!攻撃陣系をとれ!」


 先刻のミーティングによれば前回の迷宮攻略でもこの辺りで大きめの戦闘があったらしい。事前に準備してあれば対応も早い。

 素早く前に出る盾役の後ろに近距離、その後ろに中距離、遠距離と並ぶ。

 現れたのは熊のようなモンスター。確か名前は【ハウンドベア】だったような気がする。立ち上がると人間の背丈をゆうに超える大きさに加え、巨大な爪と牙は一撃もらえば即致命傷になりかねないほどの鋭さだ。

 5,6体のモンスターが一斉に襲い掛かってくる。

 モンスターの攻撃よりも早く、後方部隊の攻撃魔法が炸裂する。薄暗い迷宮内が一瞬激しい光に包まれた。先頭を走って来ていた2体に炎魔法が直撃し、のけぞらせる。その絶好の機会を逃すような初心者はここにはいない。

 ヴァルがいち早く盾の後ろから飛び出すと、そのあとに剣を持った部隊が7人ほど続く。その中にはアカリの姿もあった。

 2体のうち若干近くにいた方にヴァルが斬りかかる。鈍い輝きを放つ両手剣が、熊の右肩から左脇腹にかけて切り裂いた。それでも倒れないのは迷宮内のモンスターであるからだろう。咆哮しヴァルに向かって爪を振り下ろすモンスター。しかしヴァルはそれを難なく下からの斬撃で弾くと、流れるような連携でアカリが前に出た。

 渾身の攻撃を弾かれ、がら空きの胴にアカリは容赦なく斬撃を加えていく。時折モンスターが反撃に転じるも、弾くか避けるかで、未だに致命傷となりそうな傷は一撃ももらっていなかった。

 その後ヴァルやほかのメンバーと代わったり、後方からの魔法を加えながら攻撃し続け、すべてのモンスターが倒れるのにそう時間はかからなかった。


「一段落って感じか?」


 周りの敵もあらかた倒し終え、開けた場所を臨時の拠点とした迷宮攻略組は、一時休憩という命令が下っていた。


「ええ。もうこの辺にはモンスターは出そうにないから、あとはボスモンスターを倒すだけよ」

「それにしてもアカリってめちゃくちゃ強いんだな」


 先ほどの戦闘を見ての感想が素直に口から出た。

 初めて大人数での戦闘を見たがそれでもアカリの強さは際立っていた。そしてヴァルの強さが一人だけ桁違いなことも。


「カイトが素直にほめるなんて珍しいわね・・・。どしたの?緊張してる?」

「そんなんじゃねえよ。そう思ったから言っただけだって」

「それならありがたく受け取っておくわ。あ、支援魔法使ってないわよね?ちゃんと温存しておいた

?」

「使わなくても全然勝てそうだったから使ってねえよ。魔力はばっちりだぜ」


 軽口を叩ける余裕があることに少し安心し、アカリのそばを離れた。あまりにも思いつめた顔をしていたので声をかけたが、杞憂で済んだようだ。

 迷宮攻略が始まる前、アカリに言われた魔力の温存。今のところ支援魔法も何も使わずに来ているので、魔力はマックスといえるだろう。全員が一丸となって戦っている中、なにもしていないことに対する罪悪感が半端じゃなかったのだが。

 正直、ボス戦になっても魔力が底を尽きるようなことなんてありえないような気もするが、アカリに言われたことなので従っておくことにしている。


 再出発の合図がかかったのは約20分間の休憩を取った後だった。


 再出発後、ボス部屋までの道のりは驚くほどに静かだった。たまにモンスターが出てくることもあったが、それも1体や2体で脅威となるようなものではない。

 迷宮内に足音が響き渡る。ボス部屋が近付けばモンスターが出なくなるとアカリに聞いたが、この静けさもボス部屋が近くにある証拠なのだろうか。


「・・・・っ!?!?」


 突然体が恐ろしいスピードで宙を舞う。遅れて横腹への衝撃。何かに攻撃されたという考えに遅れて至る。

 とっさに自身に<重力軽減>をかけ、吹き飛ばされる威力を減衰させ離れた場所に着地する。HPは今ので1割削られていた。


「うっそだろ・・・。1割持ってくモンスターとかいんのかよ!」

 

 そう呟くとアイテム欄からポーションを使用した。

 土煙が晴れ、攻撃してきたモンスターの姿があらわになる。3メートルを超える屈強な体に鉄仮面、巨大な片手剣を両手に持ち二刀を振り回す姿はまるで鬼のようだった。


「なんだこのモンスター・・・?」


 すべてのモンスターの基本ステータスが頭に入っているが見たことがないモンスター。SMOの世界であればそんなモンスターは存在しないはずなのだ。


「こいつは普通のモンスターではない!訓練した通りに動け!」


 ヴァルの声が響く。後ろからの奇襲により狼狽する団員達はその声で多少冷静さを取り戻したようだった。


 剣を振りかぶるモンスター。盾役よりも早くモンスターの目の前に出て行ったのはヴァルだ。轟音を上げて迫る剣がヴァルの両手剣とぶつかり、その衝撃が迷宮を揺らす。

 下がる魔術師たちと入れ替わるように盾役が前に出てきた。もう一方の剣での攻撃を防ごうと盾を構える。前回の戦闘で吹き飛ばされた時とは違い、支援魔法<防御力増加>の重ねがけをしてある。

 それでも軽々しく吹き飛ばされる盾役の姿に、アカリは驚きを隠せない。


「どうしてっ!?」


 いくらヴァルが強いといっても一人ではあの二刀使いのモンスターには敵わないだろう。今は攻撃を何とかさばいているが、じりじりと押されているのが目に見えてわかる。魔術師もレベルの高い剣戟に隙を見出せず、魔法が撃てない状況だ。

 今ヴァルの隣に行って戦いに加わったところで邪魔になる気しかせず、アカリは自分の弱さに唇を噛んだ。


―――戦場にそぐわないふよふよとした青い3つの光がモンスターに向かって飛んでいく。目の前のヴァルを倒そうと躍起になっているモンスターにそれに気づく術はない。

 触れた途端、青い光は膨張しモンスターが地面に沈む。

 それがカイトの支援魔法によるものだと気づけたのはアカリだけだった。


「魔法・・・?」


 ありえない光景にヴァルがそう呟く。


「俺の支援魔法です」


 ようやく吹き飛ばされた場所からアカリがいる場所まで戻ってくると、カイトはヴァルにそう声をかけた。その言葉にヴァルは苦笑する。


「アカリが君を連れてきた理由がわかったよ。いろいろと聞きたいとはあるが、それはこの戦闘が終わってからにしておこう。カイト君、支援を頼むよ」

「分かりました。あと、多分なんですけどあのモンスター、上位スキルの〈防御貫通〉持ちだと思います」

「分かった。盾役は下がれ!攻撃は近距離部隊がうける!」


 カイトのHPを一割削り、盾役を吹き飛ばす攻撃。カイトが<防御貫通>のスキル持ちだと推測するのに十分な証拠はそろっていた。

 しかし、おかしいぞとカイトは首をひねる。本来<防御貫通>などの上位スキルはかなり上位のボスモンスターにしか備わっていない個性だ。そこはゲームとは違うのだろうか、と無理やり自分を納得させると

立ち上がりつつあるモンスターに目を向ける。

 <重力倍加>は二回目以降、だんだんと効きづらくなっていく。しかもきっとあの強さのモンスターはもう簡単には食らってくれないだろう。

 カイトは剣を構えるヴァルに6つの支援魔法をかける。

 <斬撃威力増加><攻撃力倍加><行動支援:風><被ダメージ軽減><HP増加><ヒーリング>。


「すげえ・・・」


 目の前でどれだけ高度な支援魔法が唱えられているか理解した魔術師が感嘆の声を漏らす。全ての支援魔法の使い手が目指すべき境地がカイトなのだ。


 <重力倍加>の効力が切れ、体の自由を取り戻したモンスターが咆哮し、突進してくる。

 相対するはカイトの支援魔法を受けたヴァル。

 先程と同じ右の片手剣での攻撃に、助走をつけ下からの斬撃で迎え撃つ。

 ――さっきと違うのはモンスターの剣をヴァルが弾いたことだった。


 その光景に後ろに下がって見ていた団員が驚く。ヴァルも一瞬驚いたような表情を浮かべたが、少し頭を振って目の前の敵に集中したようだった。

 弾いている。弾いているが勝つにはまだ足りない。一刀を弾いたとて、続けざまに飛んでくる次の一刀の対処に追われ反撃に転じる隙が無い。カイトは歯噛みする。


「まだ足りない・・・っ!」


 支援魔法をかけ続けてはいるが、このまま拮抗した状態が続けばカイトの無尽蔵にある魔力もいつかはなくなってしまう。


「アカリ!!」


 カイトは近くでヴァルの戦いを見ていたアカリを呼んだ。駆け寄ってくるその顔にいろいろな表情が浮かんでいる。ヴァルへの心配、モンスターに対する恐怖。一番はあの戦闘に参加できない自分自身への憤りだろう。


「アカリ、ヴァルさんの隣で戦えるか?」

「団長の隣で私が・・・?」


 カイトの質問にアカリはしばし沈黙する。


「多分このまま戦ってても勝ち目はないだろう。あいつが剣を二振り持っている限り、ヴァルさんは常に後手に回らざるを得ない」


 アカリは頷く。きっとそのことはアカリも分かっているのだろう。


「そこで、だ。俺がありったけの支援魔法をアカリにかける。だからもう一振りの剣を止めてこい!」


 アカリならいけると思ってのカイトの提案。未だ不安そうな表情をするアカリにカイトは続ける。


「大丈夫だって。この前ダンジョンボス倒した時以上の支援魔法だ。自分で言うのもなんだけどそうそう負けないよ」


 アカリはちらりとヴァルとモンスターの戦闘を見る。繰り広げられる剣戟。ヴァルはやはり二振り目の剣に苦戦している様子だ。


「信じてるよ、カイト」


 アカリはそう言うとモンスターへと向き直る。


「了解。任せろ」


 カイトが生み出した光球がアカリに吸い込まれていく。一度一緒に戦っているので支援魔法の選択もし易い。

 ヴァルにかけた6つの支援魔法に加え、<素早さ上昇><反射><炎属性付与><追加攻撃:炎><追加攻撃:風>の5つをかける。それでも近くで戦うヴァルの邪魔にならないような支援魔法の選択だ。

 同じようにヴァルにも追加の支援魔法をかける。


 まずはアカリが先頭に加わる隙を作らなくてはならない。


「アカリ!3カウントでヴァルさんの隣まで行ってくれ!!」

「分かった!」


 カイトが生み出したのは青い光球。<重力倍加>だ。

 避けるために離れれば隙ができ、避けなければ動きを止められる。隙を作るための最善の一手に、モンスターは避ける道を選ぶ。モンスターが離れ、できた隙でアカリがヴァルの隣に並んだ。


「団長!お待たせしました!左の剣は私が受けます」


 その声が震えてることで、怖さや足手まといになる不安さを押し通して隣に立っていることが伝わってくる。


「分かった、左はアカリに任せる」


 上段から振り下ろされる片手剣をアカリが弾き、続けざまに迫るもう一振りをヴァルが受け止める。


 初めて生まれる反撃のチャンス。支援魔法の効果もありモンスターとの距離を一瞬で詰めると、炎を上げる大剣をモンスターの腹へと叩き込む。斬ったところを中心に、炎の渦と風の刃がモンスターにさらに攻撃を加えた。


 ようやく入ったダメージ。耳障りな絶叫が響き、モンスターがたたらを踏んで後ずさる。

 さらに間合いを詰める二人。ヴァルの剣がモンスターの腹を真一文字に切り裂き、アカリがヴァルに迫る剣を弾く。ヴァルはアカリの方をちらりとも見ず、ただ目の前のモンスターの動きを注視する。それほどまでにアカリのことを信頼しているのだろう。

 少しずつだが着実にモンスターへのダメージは蓄積されている。モンスターの体に走る剣の傷が増えているのが何よりの証拠だった。


 ―――さらに速度を上げ、繰り広げられる剣戟。

 再度咆哮。HPも残り少ないのか、決死の攻撃で戦いの主導権を自らに引き戻すモンスター。連続で繰り出される攻撃の圧力に、二人も防御に徹するしかない。

 しかし、そうなれば周りに目を向けられないモンスターが、飛んでくる青い光球に気づかないことは必然なわけで。

 膨張する青い光がモンスターの体を包み、地面に沈むまでいかずとも、剣を振り上げた形のままその動きを完全に止めた。


 ―――二人の剣が同時にモンスターを縦に深々と切り裂く。 

 断末魔の悲鳴が上がり、モンスターは光となって消滅した。


「倒したの・・・?」


 カイトの支援魔法<ヒーリング>の効果でHPはそこまで減少してはいないが、約20分の戦闘で精神面の摩耗は凄まじいものだろう。目の前で消滅したモンスターを見て、アカリは肩で息をしながらその場に膝をついた。ヴァルも座り込みさえしないがその顔に疲労が現れている。


「この場で30分休憩した後に、ボス攻略を再開する!各自体力と魔力を回復しておくように!」


 この状態ではボス攻略は厳しいと考えたであろうヴァルは団員たちに命令を下す。団員はそれぞれその場に腰を下ろした。


「大丈夫か?」


 座り込んでいるアカリにカイトは声をかける。


「ええ、カイトのおかげでなんとかね。ありがと」


 アカリから素直に感謝されたことが意外でカイトは顔をそむけた。


「カイト君、助かったよ。ありがとう」


 後ろからした声にカイトが振り返ると、そこにはヴァルの姿があった。


「いえいえ、自分ができることしただけなので気にしないでください」

 

「アカリから君を今回のボス攻略に参加させてくれと言われた時は驚いたが、君が参加してくれて助かった。君がいなかったら前回のボス攻略のようになっていたかもしれない。聖魔術同盟のギルドマスターとして君にお礼を言うよ」


 ヴァルはそう言うとカイトに深々と頭を下げた。


「本当に気にしないでください、自分にできることがたまたま支援だったってだけなので。僕も前で戦ってくれる人がいないと何もできないビビりですし」


 端から聞くと謙遜しているように聞こえるかもしれないが、実際カイトは戦う人がいなければ支援もかけることが出来ない。

 支援魔法というものは支援を受けた人の身体能力などに効力が多少左右される。ヴァルやアカリといったトッププレイヤーにかけた支援魔法だからこそ、あのイレギュラーモンスターを倒せるほどの効果を生んだのだ。そう考えれば先ほどのカイトの言葉は謙遜ではない。


「今からのボス攻略もよろしく頼む」


「任せてください!」



―――30分後。再び攻略隊はボス部屋に向けて歩き出した。

 ボス部屋の近くでイレギュラーモンスターとの戦闘があったため、比較的早い時間でボス部屋に着くことが出来た。

 

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