順位と不思議な少女
試験が終了し、一通りの結果が出ると、各学年クラスごとの順位が学園内の掲示板等に張り出される。次の試験までそれは張り出されている。今は、試験が終了した後のため、人だかりもすごいことになっている。食堂前の順位表には今も人が群がっている。
三年は各クラス【エメラルド】の面々が一位二位に輝いており、その優秀さを証明していた。勉強していない、と言ったフィノラだが、試験に関してはほとんどの教科科目が満点であり、唯一落とした部分も些細なミスであった。流石だな、とミリアベルは思う。
一年は初めての試験と言うことで、二三年よりも人だかりが多く、ミリアベルたちも見れていないのだ。
リュートやピュリエなどはそこそこの成績さえ取れていればいい、と言う様子である。
マリアベルやリオーネはクロフォードらと騎士クラスの順位表を見ている。マリアベルとクロフォードは互いの順位を見ると、一瞬悔しそうな顔を互いにして、握手を交わしあった。後で聞いたところによると、同率で一位であったらしい。ちなみにリオーネは上位20位以内、キーンはちょうど真ん中であったそうだ。
さて、ようやくミリアベルたちも順位表の前まで来れた。三人は自分の名前を探す。
「あ、ミリアベルの発見!」
ピュリエが言い、指を指す。ミリアベルがそれを見ると、彼女の名前があった。
【二位、ミリアベル・アルゲサス】
【三位、ミアータ・アップルランス】
ミアータには僅差で勝ったらしい。おそらく、またあとでからまれるのだろうな、と思い、ミリアベルは自分の上の人物の名前を見る。
【一位、イーゼルロット・ファーレンハイト】
彼の名前が、あった。悔しい、とも思うが、なるほど、と納得する部分もある。
彼の姿を探すが、どうやらこの場にはいないようで見えない。またシャンクシーションクと遊んでいるのだろうか。
彼らしい、とミリアベルは笑った。
「私のもあったよー」
ピュリエが言う。彼女とリュートは大体似た順位であり、リュートがわずかに上であった。それでも二人は上位と言っていい順位に位置している。リュートは自分の順位が思ったよりもよかったので、うれしそうだ。ピュリエも今回は苦手な教科で落とすところが少なかったおかげで、この順位である。
いやあ、勉強会やってよかったね、と笑うピュリエの後ろにミアータが立っていた。
「それはよかったですわ」
げ、と後ろを振り返ったピュリエをちらりと見て、ミアータはミリアベルを見る。闘志に燃える釣り目がちの琥珀色の瞳が、ミリアベルを映す。
「次は負けませんわよ」
「次も負けないよ」
ミリアベルも不敵な笑みを浮かべ、その黒曜石の瞳で彼女を見る。ミアータはフ、と笑い「こうでなくては張り合いがないですわ」と言う。
「それにしても、イーゼルロット・ファーレンハイトがトップとは。あの人も今後は注意しなければね」
ミアータはそう言うと、順位を見て落ち込んでいる取り巻き達を連れて歩き出す。落ち込む少女の一人に「落ち込まないの。何か奢って差し上げるわ」と言っている。これから彼女は少女たちを励まし、次へのモチベーションを上げるために尽力するのだろう。らしい、とミリアベルは笑ってその背中を見送った。
さて、とヨンド師は声を出し、生徒たちを見た。
「順位が出たが、これを見ていい気になったり、また逆に落ち込むことがないように。次の試験はすぐだ。そこで今回の反省を生かし、今後の課題とするように。それはそうと、私も自分のクラスから三人も上位者が出たのは素直にうれしい」
そう言うと、柔らかくヨンド師は笑う。
「今後の諸君の健闘を祈る。以上だ」
言い終えると同時に鐘がなる。ヨンド師はいつも開始の金とともにはじめ、終了の金とともに終わる。きっちりした彼女はきびきびと教室を後にする。
イーゼルロットやミリアベル、ミアータは順位のこともあり、皆に囲まれていた。ミアータは当然だと笑い、イーゼルロットはただ笑っている。ミリアベルは若干戸惑いつつも、皆の祝福を受け入れていた。
放課後、ミリアベルはフィノラと会っていた。彼女は恋人のシャッハ・クローと約束していたのだが、彼が用があり、少し席を外していると言うので、同じくピュリエやリュートを待っていたミリアベルと少し話していたのだ。
生徒たちがよく待ち合わせの場所に使う、正門前の噴水は水が吹き上がり、綺麗な小さな虹を作っている。その虹から目を逸らし、フィノラを見る。
「学年トップ、おめでとうございます、フィノラさん」
「そちらこそ、二位だって?健闘したねえ」
マリアベルも一位だそうだから、さぞ姉さんやクィルさんも喜ぶだろう、とフィノラが言う。
「この調子で一位二位を維持できれば、君も【エメラルド】に選出されるかもね」
「【エメラルド】って、どういう基準で選ばれるんですか?」
ミリアベルが聞くと、フィノラが指をくるくる回しながら口を開く。
「成績は言うまでもないけれど、人格的な面も見られる。二年次以降の実習でどれだけ不測の事態に対応し、冷静でいられるか、とかもね」
まあ、君ならなれるだろうな、とフィノラは言う。
「けれど、決して慢心しないように。いいね」
「はい、フィノラさん」
素直に頷いた姪を見て、フィノラは目を柔らかくし、彼女の頭を撫でた。
「素直でよろしい」
そう言い、フィノラが目を学園の方に向ける。
「どうやら、ともに待ち人が来たようだね」
見ると、ピュリエやリュートがシャッハと話しながらこちらに向かっている。
合流すると、フィノラは「それじゃあまた」とミリアベルたちに手を振る。ミリアベルたちも挨拶を返し、歩き出した。
街を歩いていると、ミリアベルは喧騒を聞いた。何やら騒がしいな、と思っていると、誰かがこちらに奔ってきていた。そして、その少女はミリアベルと衝突した。咄嗟のことであったが、ミリアベルは防御魔術を展開し、自分と少女を衝撃から守った。
大丈夫、と駆け寄る友人に笑みを返し、ミリアベルは腕に抱いた少女を見る。
その少女の瞳は、不思議な色をしていた。常に色を変える、七色の瞳。そして、イーゼルロットと似た、白髪。まだあどけない少女であり、その無垢な瞳でミリアベルを見ている。ボロボロの服に、パンかすや食べかすがついている。
そんなミリアベルたちのもとに、数人の商人たちがやってきて、少女を見て叫ぶ。ミリアベルが彼らの話を聞くと、どうやら少女が無銭飲食をしたらしい。それも、結構な量を食べておきながら、何一つ残さなかった、という。
少女の親を問い詰めようとしても、少女は逃げてしまいそれができなかった。
その話を聞き、ミリアベルは少女を見るが、少女はミリアベルの服の裾を持ったまま、フルフルとあ他mを振り、声すら出さなかった。仕方がないので、ミリアベルは商人たちに少女の食べた分の代金に加え、迷惑料に少し色を付けた分を渡した。商人たちも、それで納得してくれた。子供のしたことだし、と大事にすることは避けてくれたのだ。
商人たちが去った後、ピュリエやリュートがどうするの、とミリアベルを見るが、ミリアベルもどうしたものか決めあぐねていた。
「ねえ、お名前はなんていうのかな?」
リュートの質問を無視する少女。ピュリエが少女を笑わそうと変な顔をするが、それも無視する。少女はただ、ミリアベルの服の裾を握って彼女を見上げている。その目の色は、どこか母親を見るような眼であった。
「ねえ、お名前、教えてくれるかしら」
ミリアベルがもう一度等と、少女は微かに口を動かす。だが、声は出てこない。
もしかして、と思い、「喋れないの?」とミリアベルが問うと、コクン、と彼女は頷いた。
ならば、と自分の名前を書かせようとしたが、彼女は字を知らないようだ。エデナ=アルバ世界での公用語である、エデル言語は彼女の年なら習得していてもおかしくはない。だが、仕方ない、とミリアベルは息をついた。
少女たちが公園でどうしたものか思案していると、血相を変えたイーゼルロットが公園を横切った。いつもの様子と違うイーゼルロットに、ミリアベルらも疑問に思い、声をかけた。
「イーゼルロット!」
「ミリアベルたちか」
そう言い、彼が少女たちを見て、そして、驚いた様子であった。彼の目はミリアベルにすがりつく少女に注がれていた。
「こんなところにいたのか、探したぞ!」
そう言うイーゼルロットに、少女はピクンと動き、嬉しそうに笑う。そして、ミリアベルの服の裾を持ったまま歩き出すので、ミリアベルもそちらに歩くことになる。
イーゼルロットの前まで来ると彼に抱きつき、猫のように頬を当てた。
「まったく、心配させて」
そう言い、少女の白髪をいとおしむように撫でるイーゼルロット。その優しい瞳に、少しだけどきりとするミリアベルが聞いた。
「この子、イーゼルロットの親戚かなにか」
「あ、ああ・・・・・・」
少し思案し、イーゼルロットはミリアベルを見る。
「僕の親戚の子でね、名前をイルイーネと言うんだ」
そう言うと、イルイーネはミリアベルを見上げて笑う。ミリアベルの手を握ると、撫でてとばかりに頭に手を置く。撫でてあげると、彼女は目を細めた。
「ちょっと喋れないんで、僕が面倒を見ているんだ」
両親は日中いないから、その面倒を学校終わりに見ているのだ、と。そうなのか、と見る少女たちに面倒をかけた、とイーゼルロットは言う。またね、と手を振る少女イルイーネに手を振り見送るミリアベル。
「あんな顔もするんだねえ、イーゼルロット君」
ピュリエがしみじみと言う。リュートも同じ気持ちらしい。彼はいつも穏やかな笑みと、どこか冷たいと思われる顔ばかりしているが、ああいった慌てた様子は初めて見た。それだけ、少女がいなくなったことに焦っていたのだろう。
彼の人間らしい面を見れて、よかったな、とミリアベルは思っているが、やはり自分のその気持ちが何かはまだ気付けてはいなかったのだ。
イルイーネを見て、イーゼルロットはなんでこんなことを、と問いかけた。
「約束したはずだぞ、この世界ではその姿にならないって」
イーゼルロットの言葉に、少女は不満そうに唇をとがらせる。瞳が悲しそうな青色に変わる。
(だって)
イーゼルロットの心に直接少女の声が聞こえる。口で喋ることができない少女は、イーゼルロットに対して魔術で念話をすることでコミュニケーションを成立させる。他の人物とは波長の問題もあり、意思疎通はできない。
「だってもなにもない。何かがあってからでは遅いんだ。僕はお前が大事なんだよ、イルイーネ」
イーゼルロットが少女の目線に合わせてしゃがみ込むと(わかった)とイルイーネは答える。いい子だ、とイルイーネを撫でるイーゼルロット。
「お前は、僕の大切な妹なんだ。わかってくれ」
(うん、兄様)
少女はそう言うと、目を閉じた。その身体が光り、小さな体がさらに縮み、そして消えた。いや、正確には消えたのではなく、彼女の姿が変わったのだ。少女のいた場所には、一匹の黒い仔猫がいた。それは、イーゼルロットがかわいがっている野良猫のシャンクシーションクであった。
イーゼルロットはシャンクシーションクを抱き上げると、そのまま歩き出した。小さな仔猫はにゃん、と鳴くと、ミリアベルらのいた公園の方角を静かに見つめていた。