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試験

うだる暑さの中、それとは違った熱に生徒たちは唸るような顔をして机に向かっている。彼らにとっては今後を左右する試験の真っ最中なのだ。一週間まるまる使い、試験は行われる。実技、座学合わせて行われる。生徒にとっても忙しいが、教師にとっても忙しい。試験期間と言うことで、休み時間も皆いつものように友人同士で喋り合う姿は少なく、試験に向けた勉強を行っている。

魔術史を終え、次の授業である錬金術の授業のために魔術師クラスの生徒全員が収容できる合同試験場でミリアベルらは復習をしている。


「ああー、魔術史しくじったよぉ」


ピュリエが嘆く。リュートは自身なさげである。ミリアベルはそこそこできたと言い、ミアータは「私があんなのを解けないわけがないですわ」と微笑んでいる。


「まあまあ、ピュリエちゃん」


ううー、と唸るピュリエにリュートが声をかける。ピュリエはすぐに気分を変え、次の錬金術に集中しだした。切り替えの早さも彼女の彼女たるゆえんであろう。

勉強をしているミリアベルにミアータがフフ、と笑いかけた。


「負けませんわよ?」


ミアータの挑発に、ミリアベルは笑って返す。


「私も負けないよ、ミアータ」



一週間の半分で座学の授業は終わり、残りの日数で実技科目が行われる。両方ある授業もあるため、一つの科目が終わるのにギリギリまで時間がかかる強化もある。座学が終わったから、と気を抜けないということだ。

座学の授業は今日の五限の歴史で終わりである。


昼休み、一度食堂に集まり、あの時の勉強会の面々と話をした。違うクラスのマリアベルやリオーネ、クロフォード、キーン、ヨルダンも各自の状況を話している。


「いやあ、よくわかんないよ」


はっはっは、と笑うキーンに、そうだよねえ、とピュリエが笑う。よく気が合う二人は楽天的な笑みを浮かべている。イーゼルロットと話しているヨルダンは、苦手な歴史学を控えており、少し落ち着かないようだ。歴史学以外では、それなりにうまくいっている、と自信を覗かせてはいる。

脳筋、とキーンに称されたリオーネはマリアベルとともに当日まで粘っていたためか、そこそこは行けるだろう、と言う。そうでなければみんなの手助けを無駄にしてしまう、と言う気持ちもあり、彼女も頑張っていたのだ。

マリアベルとクロフォードは互いにクラストップを目指しているようで、不敵に視線を交わしあっている。明日以降の実技では、さらに苛烈な戦いとなるだろう、とミリアベルは思う。それは自分とミアータも同じであるが。


「イーゼルロットはどう?」


ミリアベルは少年に聞く。ヨルダンを励ましていた少年は、「まあまあだよ」と笑う。


「そう言いながら、またクラストップをはじき出したら、承知しませんわよ」


ミアータが言う。何度か彼は授業の小テストでクラストップを叩きだしている。ミリアベルは同姓であるため、ミアータは特別敵視しているが、イーゼルロットも彼女はライバル視しているのだ。その視線を躱し、イーゼルロットは笑う。


「それじゃあ、残りの試験もがんばりましょう」


ミリアベルが言うと、皆が頷いた。




教師たちのいる学園の教師塔。大きな塔の中には格クラスや学年に階層が分かれているが、その一番下の教師用の食堂ではそう言ったへだたりを越えて様々な教師が話をしている。試験の準備のために今も作業をしており、この場にはいない教師も多かった。

早速採点を済ませ、実技の準備を終えたばかりのヨンド師は食堂で眠気覚ましのコーヒーを飲むために下に降りていた。苦いコーヒーを飲み、ほっとしている彼女の向かいの席にディエゴ師が座る。


「おうおう、お疲れだなぁ」


「・・・・・・何の用だ」


ディエゴを薄めで睨むヨンド師。おお怖い、とディエゴが肩をすくめた。


「貴様は楽でいいな、サウルラ・ディエゴ」


「俺だって楽じゃないぜ、まあ、実技試験しかないから相対的には楽だがね」


そう言い、がっつり食事をするディエゴ。よくもそれほど元気があるな、とヨンドは思う。年齢的にはさほど変わりがないが、この差は何なのだろうか。魔術師と騎士の差、であろうか。

身体は資本だが、騎士は特にその傾向が強い。食べれるときに喰う。それがディエゴの生き方である。かつては戦場に立っていた彼の言葉には重みがある。ヨンドもそれはわかる。かつて、彼女も【大戦】に参加し、『神』との最終決戦では魔術師として参戦したのだから。自身の師であるセアノ王国筆頭魔術師とともに、魔法陣後世のために彼女は尽力した。ディエゴと初めて会ったのも、あの戦場であった。

あの頃は二人ともまだ二十歳であったのだが、今ではもう三十六である。昔ほど体力もない。


「まったく、年は取りたくない」


「そうかい?」


呟くヨンドに、ディエゴは言う。


「年を取って初めて見える者もいろいろある。近頃、そう思うことが多くなってきたよ」


「・・・・・・そう言えば貴様、何時まで独身なのだ」


「あんたこそ、な」


二人はそう言い、互いを見る。いまだに独身である二人。特に浮いた話もない。ディエゴは慕われているのだが、そう言った縁談にはどうにも縁がないようで、未だに独身である。ヨンド師は結婚よりも研究だ学園だ、と優先してきたため、独身なのだ。きつめの美人だが、決して見目麗しくないわけではないのだが。


「はあ、年は取りたくないものだ」


ヨンドはため息をつき、立ち上がる。


「お、なんだ、また作業か?」


「ああ、まだまだいろいろやることがあってな。まあ、貴様もほどほどに頑張ることだ」


ヨンド師の背中にニヤニヤ笑い手を振るディエゴ。そんな彼に返事することなく、女魔術師は上の階に戻っていった。


教師にとっても生徒にとっても、学園全体が忙しくなる一週間であった。




試験期間後も生徒たちは樹を抜くことはできない。すぐさま一か月後にはまた期末試験と言うものがあるからだ。結果が良いにしろ悪いにしろ、気分を変えて挑まなければならない。

だが、流石に一日ぐらいはまた騒いでもいいだろう、と試験終了後は生徒たちは息抜きのために街に出たり、夜通し騒いだりしている。学園側もそれくらいは見逃していた。よほど騒ぎを起こさない限りは、と。教師側もそう言ったことをしているということもある。


「とりあえず」


街にあるとある店で仲間で集まったミリアベルたち。皆で机を囲み、手には酒代わりのジュースを片手に持ち、掲げている。ピュリエが一人立っており、きらきら輝いた眼で皆を見る。


「試験がひとまず終わったことを祝しー、ここにお疲れ会を行いまーす。それではみなさん、お疲れ様でしたぁ、乾杯!」


「乾杯!」


グラスを叩きつけ、皆はその中身を一気に飲む。酒ではないため、酔うことはないが、気分は皆昂揚している。

試験は終わったためか、気も緩んでいる。ピュリエやキーン、ヨルダンなどはそれまでの地獄の日々を忘れ、騒いでいる。リオーネもいつもの仏頂面よりもやわらかい笑みを浮かべており、料理やジュースにがつがつと手を伸ばしている。友人の姿に苦笑しつつマリアベルはクロフォードと試験内容について話している。そして、ああだこうだと話していた。

ピュリエはミアータに絡まれており、苦笑している。そんな彼女を助けようとピュリエがミアータにいたずらし、彼女を怒らせていた。

ミリアベルやイーゼルロットはそれを見ながら笑う。それを見てキーンやヨルダンが「あつあつだなあ」と冷やかし、赤くなってミリアベルが反論する。イーゼルロットは何食わぬ顔で笑ってそのやり取りを見ている。その様子に少し、ミリアベルは不満であったが、彼女は自身のその気持ちが何なのかはまだ意識できていなかった。

そんなイーゼルロットの反応に詰まらない、とミアータに絞られていたピュリエが懲りずにいたずらをしようとした。イーゼルロットがそれを避けたため、彼女のいたずらはマリアベルとクロフォードに向かっていく。それが原因で二人は体を密着させることになり、顔を赤くして離れた。その様子にピュリエたちがにやにやして見ている。マリアベルが親友に対し、起こるとピュリエはカラカラと笑った。

いささか混沌とした状況であるが、やはりみんなといると楽しい。

ミリアベルはそう思い、隣のイーゼルロットに「楽しいね」と言う。


「そうだね」


イーゼルロットもそう言い、笑う。けれど、その笑顔はどこか寂しげであった。その理由を、ミリアベルは知らない。

いつか、話してくれるだろうか。その、訳を。ミリアベルは思う。彼を知りたいと思う。日に日にその思いは強くなっていく。けれど、まだ彼女は気づかない。自分が彼に魅かれていっている、ということに。



若者たちは騒ぎ、笑い、そして夜が明けていく。うだる暑さも、若い情熱には負けてしまうのであった。





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