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存在しないはずの少年

図書館の一室と言うことで、試験対策は座学が中心になる。クラスこそ違えども、共通する試験科目はあるため、各自融通し教え合っている。ピュリエやクロフォードの友人であるキーン・タッド、技師クラスのヨルダン、そしてリオーネは今、歴史学の勉強に手こずっている。彼らの勉強を見ているのは、歴史は得意だというリュートである。マリアベルはクロフォードと騎士学の勉強をしている。

イーゼルロットは時折呼ばれては教えている、と言う様子である。

ミリアベルは主にミアータと問題の出し合いをしていた。妙に張り合ってくるミアータに内心呆れながらも、相手をしてやっていた。

ミアータもミリアベルも実力的にはさほど差はないようで、なかなかそれが終わる様子はない。

ピュリエとキーンが唸り声を上げる。リオーネは顔を歪め、ヨルダンは今にも気が抜けそうな顔だ。それを相手に、苦笑するリュートが何度目派の助けをイーゼルロットに頼むと、彼は快く引き受けた。

キーンは人間の少年であり、身長はそれほど高くはない。身軽さを生かし、ナイフの投擲を得意としている。深緑色の髪はあちこちにはねている。ヨルダンも人間族であり、この面々では唯一の技師クラスである。とはいえ、持ち前のコミュニケーション力ですぐに面々とも打ち解けていた。銅色の髪と、左右で色の異なる瞳の持ち主である。片目は緑色で、もう片方は赤い色である。両親の特徴を受け継いだらしく、それを彼は誇りに思っている、と言う。

リオーネはキーン曰く「脳筋」であり、こういった歴史は得意ではない、と馬鹿にしていたが、本人もどっこいどっこいであり、リオーネから無言の蹴りを喰らっていた。

マリアベルやクロフォードも呆れながらその様子を見守っていた。


「ふう、疲れた。少し、外に行くわ」


ミリアベルがそう言い、席を立つとミアータが逃げるのか、と言ってくる。テキトウにミリアベルは彼女をなだめ、一人部屋を出る。相手を失くしたミアータは四人の問題児の相手をしているリュートに助け舟を出した。ミアータはその外見や態度からわかりづらいが、気がきき、助けてくれることもある。それを今まで知らなかったリュートなどは、意外に思うのであった。

その様子を部屋の外から聞いているミリアベル。ミアータは自分がいると自分にばかり絡むので、友人を作る機会を逃がしている、とかねてから思っていた。だから、この機会に少しでもほかの人と、と思ったのだ。単に、彼女から逃げたかったわけではない、と自分に言う。


図書館内部では飲食は禁止である。軽く一息つくために水飲み場まで来たミリアベルは噴水の水を飲む。


「ふう」


息をついた彼女は、日に日に熱くなるな、と空を見上げた。鳥が空を飛び、白い雲が空を漂っている。

かつて、空の向こうには神々の宮殿があり、その先には広大な宇宙と、そして異なる世界があったのだという。今ではそ子にたどり着く方法はないらしいが、いつか、いつか、とミリアベルは夢見ていたものだ。


「違う世界、か」


「行ってみたい?」


後ろから聞こえた声に、びくりとミリアベルは反応し、振り返る。イーゼルロットが彼女の後ろに立っていた。


「イーゼルロットも、休み?」


「うん、まあね」


そう言い、ミリアベルの隣に腰を下ろす。二人は噴水近くのベンチに座る。距離は身体一つ分空いている。どこか照れくささを感じながら、イーゼルロットを見るミリアベル。


「違う世界がもし、あるとしたら、イーゼルロットは行きたい?」


「・・・・・・」


無表情になったイーゼルロットは、虚空を見つめ、呟く。


「どうだろうね。違う世界が、自分が思い描く幸福な世界だったらいいだろうけど、そうじゃないこともある。それに」


もし、その世界が自分の世界よりもいいとしても、それは自分の劣等感を強くしてしまうだけではないのか。結局、自分の世界からは逃げられないんだ。

そう言うイーゼルロットの目は、悲しみに満ちていた。

まるで、彼自身がそれを経験したかのような物言い。


「イーゼルロット?」


ハッとして、ミリアベルを見た彼は「なんでもない」と答える。

思えば、イーセルロットのことを何もミリアベルは知らない。ヨルダンや、他の男友達は知っているのだろうか。

聞きたい。けれど、そこまで踏み込んでいいのかわからない。そのジレンマが、ミリアベルを無言にさせた。イーゼルロットも無言であったが、不思議と気まずさはなかった。


「そろそろ、もどろっか」


「そうだね」


どちらともなくそう言い、同意した。そして、二人は並んで歩きだした。




二人が戻ると、ミアータによるスパルタ教育にヒイヒイ言うピュリエらの姿があった。ヨルダンは魂が抜けかけ、リオーネなどはがくがく震えている。何があったの、と双子の妹に問うと、彼女は知らない方がいい、と言った。気になるミリアベルとイーゼルロットに面々は何も言わなかった。ミアータは「どうしてわからないんですの!」などとまくし立て、ピュリエとキーンを泣かせていた。

南無三、とミリアベルはピュリエを見た。助けて、と口を動かすピュリエに無理、と返すと「薄情者!」と彼女が言う。それがミアータの目に留まり、「余裕ですわね」などと言われ、ひぃ、と彼女は呻く。自分の提案で行った勉強会でこんなことになろうとはピュリエも思っていなかったのだろう。

がんばれ、内心で言ったミリアベル。だが、彼女のおかげで楽しい時間を過ごせたのも事実だ。

助け舟を出してやるか、とミリアベルはミアータに話しかけた。ミアータが舞っていたとばかりにミリアベルに絡み、ようやくその地獄から解放された四人は拝むようにミリアベルを見る。


(仕方ないなァ)


だが、こういう日常も悪くはない。

フフ、と少女は笑った。



寮の門限が迫り、惜しみながらも勉強会をお開きにした面々。男子女子で別れ、さらにクラス別で別れた。ピュリエとリュートを見送ったミリアベルはミアータと二人きりになる。ミアータがもじもじしながら言う。


「今日は、まあまあ楽しかったですわ」


「そう、よかった。ミアータは私のこと嫌いかと思って、悪いかな、なんて思っていた」


ミリアベルが言うと、別に嫌いではありませんわ、とミアータは言う。


「ただ・・・・・・」


「ただ?」


ミリアベルが問うような視線を向けると、ミアータは顔を真っ赤にして、「こんな話し、止めですわ!」と強く叫ぶ。


「いいこと、次の試験では見事私が学年トップになってみせますわ!」


「そう、なら私も負けないよ」


ミリアベルはミアータの宣戦布告を受け継げる。二人の少女はフフ、と笑った。


「それではおやすみなさい、ミリアベル」


「ええ、ミアータ。いい夢を」


そして、二人も別れた。




そうして数日が過ぎた。何度かの勉強会のおかげで、当初は蒼い顔であったピュリエたちも、だいぶ余裕があった。だが、ミアータを見るごとに彼女らは戦慄していた。彼女のおかげであると言っても、身に刻まれた恐怖はぬぐえないようだ。

試験期間までまだまだあると思っていたのに、次週から始まる、と言う時期になっていた。ますます夏は進み、もうラカークン大陸にはユグラドの発する魔力が濃く満ち満ちていた。


「精霊湖の魔力光の景色は、すごいきれいなんだよー」


ピュリエが言う。ミリアベルと付き合いの長い彼女は、何度か彼女らとその親とともに精霊湖に言ったことがある。聖女クレシアに縁のある土地であり、豊穣の女神レアとも縁が深い。

今年はリュートやリオーネも交えていきたい、というピュリエにその前に試験だろう、と言う。それに、これは中間試験であり、そのあとに控える期末試験もあるのだ。ピュリエはあまりにも気が早すぎる。


「厭だなあ、試験なんて」


「ピュリエちゃん、文句言わないの」


せっかくミアータさんが、と言うと、うげ、と少女らしからぬ声を上げるピュリエ。その様子を見てミリアベルたちは笑う。

話し込んでいる中、ミリアベルはとある人物を見つけ、彼女の名を呼ぶ。


「フィノラさん!」


自分のおばに当たる、二つ年上の女性。尊敬するフィノラを久しぶりに見かけ、ミリアベルは声をかける。彼女は他の【エメラルド】と一言二言離すと、ゆっくりとミリアベルたちの方に向かっていく。


「やあ、ミリアベル、マリアベル。それにピュリエ君、リュート君、ミアータ君」


「お久しぶりです、フィノラさん」


マリアベルがあいさつし、他の面々も言う。フィノラは笑顔で彼女たちを見た。


「最近見かけませんでしたけど、任務か何か、ですか」


「まあそうだね」


ミリアベルの問いに、フィノラはそう答え、カラカラと笑う。


「いやあ、危険ではなかったんだけど、いろいろ手間のかかるものでねえ。まあ、君たちもそのうちわかるよ。・・・・・・おかげで、試験勉強ができないよ」


ははは、と笑うフィノラだが、そもそも彼女は試験勉強などしない主義である。常日頃よりドンと構えていればいい、などと言うのだが、果たして本当かどうかは不明だが、彼女が優秀なのは周知の事実である。


「さて、君たちと積もる話もあるのだが、少し、学園長に報告があってね。悪いね、またゆっくり話をしよう」


「わかりました」


フィノラに手を振り別れた面々。笑顔を浮かべてフィノラは彼女たちを見送るとキッと顔を引き締め、急ぎ足で学園長室に向かう。


学園長室でセウスやほかの生徒から報告を聞いていた学園長は、フィノラを出迎えた。


「お疲れ様でした、フィノラ。話はセウスやほかの方から聞いているわ」


「そうですか」


任務で調査に当たった【喪失者】と思しきもの。それと彼女たちは戦闘を行った。セウスの助けこそあったが、どうにか彼女たちはそれを撃退することができた。【喪失者】には、こちらの意思が通じていない様子であり、いきなり襲いかかってきた。それは、セウスも確認していた。あれは紛れもなく【喪失者】である、とセウスは結論付けていた。

学園長は顎に手を当てる。


「あのようなものと戦うのは初めてです」


シャッハが言う。そうでしょうね、と学園長が頷く。魔物とは違い、この世界の外から来た、本質的に違う存在。それが【喪失者】だ。【喪失者】は十数年前の【大戦】ですべて消滅したはずだ。だが。

この事実が何を意味するのか、学園長はまだ決めかねていた。


「とにかく、ありがとうございました、【エメラルド】たち。・・・・・・この件は、しばらく他言無用でお願いします」


「ですが、学園長」


意見しようとするシャッハを見て、学園長は言う。


「まだ、無用な混乱を起こしたくないのよ。やっと平和になった世界なのだから。【喪失者】があなたたちの遭遇した一匹だけかもしれないし・・・・・・」


言いながら、学園長は一匹だけのはずがない、と確信していた。もちろん、生徒たちもそれを知っていたが、特に何も言わなかった。無言で礼をして、【エメラルド】たちは退室する。


「セラーナ」


「どうするべきかしらね、セウス」


学園長が言う。セラーナは知識を司るこの学園の長であり、そして世界有数の魔術師だ。だが、そんな彼女でもわからないことばかりなのだ、と今も実感していた。


「本当に、彼の仕業なのかしら」


「確証はない、だが・・・・・・」


セウスが言葉を濁した。


「それと、例の生については何かわかったのか?」


セウスの問いに力なく首を振り、なにもない、とセラーナは言う。


「何もわからないわ。彼が何者かは」


そう言い、イーゼルロット・ファーレンハイトの書類を机に置いた学園長。

イーゼルロット・ファーレンハイト。闇の一族、ファーレンハイトの子どもとされているが、彼のことを知る者はいない。セラーナの友人である一族の者も、彼を知らないという。

存在しないはずの少年、イーゼルロット。不安要素は、それだけではない。

あまりにも、似すぎているのだ。顔も、雰囲気も、なにもかもが。

あの、アンセルムスに。


「彼が、何か関係しているかもしれないし、違うかもしれない。・・・・・・結局、私は何も知らないのだわ。こうやって生徒を疑うなんて、教師失格ね」


「そう自分を責めるな。災厄を防ぐ。それが、私たちの使命でもある」


立ち上がり、セウスの胸に顔をうずめるセラーナ。そんな彼女をセウスは抱き留めた。

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