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ピュリエの企み

ミリアベルらはピュリエとリュートの寮室にいた。本日の授業は終了し、そのまま少女たちはこの部屋に一直線で向かっていった。理由は、リュートの誕生会である。

女子寮、ということもあり、集まっているのは女子だけであるし、極々親しい者たちだけ。つまり、ミリアベルやマリアベル、リオーネである。そのほかにも数人の女子がリュートの誕生会と聞き、顔を出していたが、またいつもの五人に戻っていた。

リュートに対して四人が手作りで作ったケーキと、プレゼントを贈った。リュートは恐縮しながらそれを受け取り、泣いていた。大げさだなあ、とピュリエが言う。リュートは涙を拭きながら笑う。それを、皆で微笑ましく見守った。

泣きつかれたのかリュートはすやすやと眠ってしまった。彼女をベッドに運び、マリアベルが言う。


「さて、主役も眠ってしまったし、お開きとしようか」


一通りの片づけを済ませてマリアベルは言う。


「そうね」


リオーネが同意する。ミリアベルとピュリエも同意見であり、頷いた。


「それじゃあ、また明日ね」


「ええ」


そう言い、ピュリエと別れ、リオーネとマリアベルとともに彼女たちの部屋を出るミリアベル。

魔術師クラスと騎士クラスでは寮部屋が違う。しばらく歩いたところで、騎士クラスの寮への渡り廊下が見えてくると、それじゃあ、と双子の姉を見て手を振るマリアベル。リオーネも軽く会釈する。それに反し、ミリアベルは「また明日」と言う。

さて、とミリアベルは自分の寮の部屋に向かっていく。

ミリアベルの部屋は、普通の学生と違い、相部屋ではない。個室なのだ。そのため、同じ部屋の住人はいない。個室と言うこともあり、フツウの部屋よりも小さいが、対しては気にならない。

ミリアベルは部屋の鍵を開けて入ると、すぐさま自分のベッドに飛び込んだ。


「・・・・・・」


手を頭に当て、天井を見るミリアベル。

楽しい日々の生活。ピュリエ、リュート、マリアベル、リオーネ。こうして友人とともに幸せに過ごしているミリアベルだが、それがいつまで続くのだろう、とふと思ったのだ。こんなにも幸せならば、何時か、それを失った時、喪失感も強くなるだろう。


(・・・・・・何を考えているんだ、私は)


そう思い、首を振り考えを払うミリアベル。変なことを考えているな、と自分でもわかった。


いつか、この幸せが崩れる。そんな、予感がなぜかしていた。まだ遠い、だが近いうちに、それは必ず訪れると、何かが彼女の中で言っている気がした。


眠れないミリアベルは、寮で決められた時間外だというのに外に出る。誰もいない夜の学園は、彼女が思っている以上に広く感じられた。人がいないだけで、こうも印象と言うものは変わるものなのだな、とミリアベルは思った。

ふと、暗闇の中で人影を見た。人影もミリアベルに気づいたようで、静かにこちらに歩いてくる。背格好からしてまだ少年、だろう。ミリアベルは少し経過しいながら、前を見ていた。だが、影の正体がわかると、力を抜いた。


「なんだ、イーゼルロットか」


白髪の少年が「こんばんは」と言い、笑う。ミリアベルも彼に微笑み返す。


「時間外なのに、どうしてここにいるんだい」


「あなたこそ、どうしているのよ」


「・・・・・・お互い様、ということだね」


「そうね」


二人で笑った。少し、離さないか、と言い、少年は少女を夜の散歩に誘う。


「漠然とした不安って、ない?」


ミリアベルが言う。イーゼルロットは静かに彼女の言葉を待っている。


「何となくだけれども、いつか、こんな時間も、人生も終わる。そう考えると、儚くなってくるの。・・・・・・おかしいでしょう?」


「僕たちの年代は、特にそう言う悩みを持つ時期なんだって、誰かが言っていたよ」


イーゼルロットが優しい口調で言う。


「きっと、そうやって悩んで僕たちは大人になるんだよ。僕も、なんとなくその気持ち、わかるな」


その言葉に、ミリアベルは喜んだ。自分がおかしいわけではない、と言っているのだから。きっと、イーゼルロットも似たような悩みで眠れなかったのだろう、とミリアベルは推測した。


「そろそろ、時間も遅いし、そろそろ眠くなってきたんじゃない?」


イーゼルロットが言うと、ミリアベルは急に眠気を感じた。脚から少しずつ力が抜けていくような。


「一人で帰れるかい?」


「大、丈夫」


虚ろに少女は呟くと、「それじゃあ、ゆっくりお休み」と言う少年の言葉を最後に、意識を手放した。

かくん、と少女の頭が下がり、ひとりでに身体は寮の方向に動き出す。イーゼルロットはそれを見送ると、キッと、暗闇を睨んだ。


『逃れられないぞ、イーゼルロット』


暗闇の遥か彼方より、声が聞こえた。それは、イーゼルロット以外には、恐らく聞こえない声。


「僕は、負けない」


イーゼルロットが固い口調で言う。紅い瞳が漆黒の闇を睨む。闇の向こうで、忍び笑いが聞こえた。


『愚かな』


声は嘲りを隠さずに言った。イーゼルロットは緊張しながら、闇を見返す。


『まあいい。精々足掻き、そして苦しめ。・・・・・・我が息子よ』


気配は消えた。闇の向こうにもう誰もいないのを知りながらも、イーゼルロットは動けなかった。

ドクン、と心臓が脈打つ。冷や汗を拭い、イーゼルロットは歩き出す。

ミリアベルの言う不安。それは、イーゼルロットにもある。それも、確実なものとして。


天に浮かぶ月を見て、イーゼルロットは引きずるように自分の寮へと戻っていく。




翌日起きたミリアベルの記憶からは、昨晩の出来事は綺麗に消えていた。ただ、あの突発的な不安は全くなくなっていた。

昨日の夜は、何かいい夢を見たような気がして、けれど思い出せなかった。


「まあ、いいか」


そう言い、ミリアベルはベッドから起き、準備を始めた。




春の暖かさと冷たさの混じった空気は消え、夏へ向かって生物たちも活発に動き出す。眠りについていた者たちはもう本格的に起き上がり、夏の花々が成長を始める。

ラカークン大陸は夏は特に暑い。代わりぬ冬でも他大陸よりは暖かい。雪なども滅多に振ることはない。

ラカークン大陸に生えているユグラド、と言う樹は特に夏に盛んに活動する。魔出木、とも呼ばれ、ユグラドは自発的に魔力を発する。そのため、盛んになる夏は特に魔力放出が多くなるため、このラカークン大陸にある魔力は濃度が高くなる。魔術師も騎士も、技師も、この学園にいる生徒はその恩恵にあずかることとなる。


「いやあ、すっごいねえ、相変わらず」


力がみなぎるよ、とピュリエが言う。まだ夏も始まりにすらなっていないのに、敏感にピュリエの身体は魔力の変化を察知する。獣人である彼女は人間種よりもこういった空気には敏感である。


「夏になれば、ユグラドの樹の発する魔力光が、こう、すごい輝いてね・・・・・・」


今年からラカークン大陸にすむリュートにピュリエは説明をする。リュートは楽しそうに話を聞いている。他の組であるのに、ピュリエやリュートはよくミリアベルの組に来ていた。彼女のような生徒も別に珍しくはないため、特に誰も文句は言わない。

ミリアベルはそれを片目に、教室を見る。

イーゼルロットは楽しそうに男友達と話し、ミアータは取り巻きの女子連中と何やら話、笑っている。教室はいつも通り、平和であった。


(そう言えば、最近フィノラさんを見ないなあ)


数日ほど姿を見ていない、姉のような人物を思い出すミリアベル。彼女をはじめ、【エメラルド】の生徒を見かけてはいない。

三年になれば、実地研修や任務も当たり前だから、仕方がないかもしれないけれど、無事かなあ。

ミリアベルはふとそう思い、青い空を見上げた。





「そろそろ、今学期の勇敢テストを行うが、皆復習はしているだろうな」


自分の授業で担任であるヨンド師が眼鏡を光らせて言う。生徒の何人かが、ヒ、と声を上げる。

学園、と言うからには試験も存在する。一年を三学期に分け、それぞれ二回ずつ試験を行う。その試験の結果によっては、進級できない、と言うこともあり得る。それまでは進級できない、と言うことはなかったが、クラス別になると、そうもいっていられない。退学にこそならないが、結果を残さなければならない。

実技、座学に別れているため、どちらか一方だけ、と言うわけにもいかない。総合的な実力をつけているか否か、を見る試験なのだ。


「私の授業は座学も実技も入ってくるからな。座学だけで言い、実技だけで言い、と考えているものは痛い目を見るから覚えておくように」


そう前置きし、ヨンド師は授業を始めた。


「試験かあ」


ミリアベルはポツリとつぶやいた。




「魔術師クラスと違って、こちらは実技のほうが比率は大きいのよ」


騎士クラスのマリアベルがミリアベルの話を聞いて言う。ふぅん、と言うミリアベル。じゃあ、座学やらなくていいなんて楽じゃん、とピュリエが言うが、「そうでもない」とリオーネが言う。


「騎士の心得、マナー、歴史。騎士に求められるものは意外と多い」


リオーネが言う。要は大変だ、と言いたいようだ。

どこのクラスも大変だねえ、とリュートが言う。かくいうリュートは実技がいまいちである。彼女のルームメイトのピュリエはその逆である。


「そうだ、試験勉強をしよう!」


ピュリエが言う。どういうことよ、とリオーネが見る。


「みんなでそうだな、図書館ぜ勉強しよう。どうで一人二人じゃあれだし、ね?」


それは単なる口実で、ワイワイみんなでさあ擬態、と言うのがピュリエの思惑だろう、と付き合いの長いアルゲサス姉妹は察していたが、特には何も言わなかった。まあいいんじゃない、というほかのメンバーの反応を聞き、ピュリエが笑う。


「それじゃあ、他にも呼ばないとね」


「ほか?私たち以外も?」


「もちのろん!」


マリアベルの言葉にピュリエが頷く。誰を呼ぶのか、と聞いても任しておいてよ、とだけ彼女は言って笑った。




何がどうなってこうなったかいまいちわからないが、図書館にある一室を借りきって勉強する、と言ったのに、定員ギリギリであり、とても勉強できた様子ではない。

いつもの五人以外にもなぜかいるミアータ。それに、男子学生たち。イーゼルロットに、クロフォード、クロフォードの友人が一人、更になぜか技師クラスの生徒も一人紛れ込んでいる。

どういうことよ、と睨むミリアベルとマリアベルの視線を受け、ピュリエが天真爛漫に笑う。


「ね、気が利いているでしょう、私」


褒めて、と言う狐の少女に二人は静かに拳を突き出した。

二人の意中の相手(と勝手にピュリエが思っている)を、試験にかこつけて急接近させよう、といういらぬおせっかいだったらしい。それを面に出さないように、二人の友人も誘ったのだそうだ。技師クラスの男子はイーゼルロットの友人であるらしい。

ミアータはなぜか引っ付いてきたらしい。大方、ライバルのミリアベルへの牽制と視察であろう。


「まあいいわ」


呆れてマリアベルが言う。ミリアベルも呆れていたが何も言わない。ニシシ、と笑う親友を見て、二人は思い溜息をついた。

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