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英雄の息子

シャイア学園では、大まかなカリキュラムや教育方針が定められている。8~11歳までの間は歴史や国家、一般常識、基礎運動などを行う。12~15歳になれば、さらにそれを発展させ、魔力の操作技術や一通りの武器の取り扱いなども行う。そして、16~18歳の上級生たちはそれぞれ専門のクラスに分かれての授業が行われる。魔術師クラス、騎士クラス、技師クラスの主に三つに分かれ、その中でもさらに17歳以降の特化別クラスに分かれる。

魔術師クラスは読んで字のごとく、魔術に関与する職につきたい者たちのためのクラスである。錬金術師や治療術師など、幅広い魔術師を養成し、輩出してきたシャイア学園には優秀な教師陣がいる。各国の王宮魔術師や研究者志望のものが多い。

騎士クラスは武器を使用しての戦闘を主とする職業を希望する者のクラスである。技師クラスは特殊な技術を持つ者たちであり、失われた機械技術や特殊な武術を専門的に学ぶクラスである。


16歳のミリアベルはまだ魔術師クラスの一年であり、本当の基礎からまた一から学びなおしている。やはり最初は皆同じ所から出発する。ミリアベルはシャイア学園長から教えを受け、様々な知識を持っているが、そんな彼女を特別視することはない。学園では外での地位は通用せず、一生徒として扱われる。貴族であろうとも、平民であろうとも、種族の隔たりがあろうとも。そう言った方針でありながら多くの生徒が集まってくる。他の国家で作られた学園などは、思想などで凝り固まっていることが多い。そう言ったしがらみを嫌うものは多く、こうしてシャイア学園が支持されているのだ。


ミリアベルは隣のピュリエ・リュートクラスとの合同授業を受けていた。広い教室は円形に広がり、段々になっており、机が配置されている。そこに座り、彼女たちは教室の中央で抗議する教師の話を聞く。

魔術クラス一年に対し、魔術に関する概略について講義しているのはミリアベルの担任でもあるヨンド師である。専門とする分野はまた別にあるが、こういった授業も教師の役目、ということだ。長年教鞭をとってきただけあり、手慣れている。生徒の疑問にもきちんと対応し、わかりやすい。魔術に関して知識の豊富なミリアベルでさえ、今まで気づかなかった点を気付かされ、素直に感嘆していた。

横に座るピュリエとリュートを見る。ぴゅーとは熱心に話を聞いているが、ピュリエは辛そうだ。話が始まって数分後には舟をこぎ、ヨンド師直々に注意された。以後はちゃんと起きているが、やはりつらそうだ。どちらかと言うと天才肌で、理論とかそう言うのを抜きにして感覚だけで魔術を構成する彼女にとって、そういった過程は退屈で仕方ないらしい。真面目なリュートはそんなピュリエに呆れた笑みを浮かべていた。ミリアベルも、仕方がないな、と目で言う。

授業はおよそ一時間前後で終了する。それがだいたい、五コマ一日にある。授業の関係によっては前日出ることもあるが、少ない時は一時限のみ、と言う場合もある。一年のころは、幅広く知識を突けるように、ということで必修授業が多いが、二年次以降は本当に必要なものだけに絞れるようになるらしい。

そうなったら、私は一週間に片手で数えれる分しか受けない、と胸を張って言うピュリエ。こんなことを言う彼女だが、成績は優秀である。とはいえ、理論などは苦手であるため、主席にまではなれない。

リュートはミリアベルやピュリエと比べると保有する魔力が少ないものの、理論に関してはミリアベル以上に学んでおり、編入試験では優秀な成績を収めているという。ヨンド師も目にかけている生徒である。持って生まれた才能だけで魔術師になれると思ったら大間違いであり、努力をしなければ魔術師とはなれない。それを知らず、リュートを馬鹿にして遊んでいるものは、最後に泣きを見ることになるだろう。

ふとミリアベルは自分の斜め後ろの少年を見る。イーゼルロッド・ファーレンハイトである。

あれから二週間たったが、未だ彼は周囲とはなじまず、休み時間も一人でどこかに行っているようだ。不思議な雰囲気を持つ彼に、なかなか話しかける者もいないのだが、彼はそれを一切気にはしていないようだった。名前と生まれた大陸以外、彼のことは謎に包まれていた。しかし、彼の様子からは模範的な生徒であるらしい。その実力はまだわからないが、何となく、只者ではないな、とミリアベルは感じている。根拠はないが、なぜかそう思っていた。


ヨンド師の授業が終わった。三限が終了すると、一時間の昼休みを挟み、そのあとに午後の授業がある。

ミリアベルらはいつものように学食に行き、騎士クラスの友人たちと合流する。マリアベルとリオーネは、たいてい彼女らよりも先に来ており、席を確保している。時折そこに先輩であるフィノラもいることがあるが、今日はいないようだ。


「あーあ、眠かった」


ピュリエがそう言い、食事を机に置く。それはいつもだろう、とリオーネが静かに言うと、あははー、とフォクサルシアの少女はのほほんと笑った。


「まったく、ヨンド先生もピュリエちゃんのこと、睨んでいたよ?」


リュートの言葉に、う~ん、と唸るピュリエ。ヨンド師は生徒によく質問する。今日は去れなかったが、次からは集中砲火を浴びるかもしれない。そう考え、悩むピュリエだが、どうせ次の授業ではまた眠気と戦いながら結局話を聞かないのだろう、などと友人たちは感じていた。


「ああ、そう言えば、私は食事を追えたら少し用事があるんだ」


マリアベルがふと思い出して言う。どうかしたの、と問うミリアベルに「すこしな」と双子の妹は返す。

リオーネに聞くと、無口な少女は静かに言った。


「・・・・・・同じ、クラスの男子に、決闘、挑まれて・・・・・・」


「決闘?!」


どうしてそんなことに、と問うと、先の授業は剣術の授業で、そのときのことが原因であるという。

試に教師の決めたペアで模擬試合を、ということで相手を組んだのだが、その相手と決着がつかず、授業が終わった。そのため、納得できない相手の生徒が昼休みに決着をつけよう、ということでマリアベルにい、彼女もそれを了承した。決闘は教師の許可さえあれば認められている。ただし、互いに命に係わるけがを負わせないように、と言う注意と、教師の監視の下という条件が付く。


「相手は誰?」


知っている相手かも、と思いミリアベルが問う。マリアベルは姉を見て、口を開く。


「クロフォード・ラウリシュテン」


その名を聞き、リオーネを除く三人が驚いた。

クロフォード・ラウリシュテンはリオーネの生まれ故郷であるバラル帝国の名門の生まれであるが、それだけで彼女たちが驚いたのではない。

彼の父はクロヴェイル・ラウリシュテン公爵。現バラル皇帝の子どもである。母親が平民であるため、皇位継承権はなく、代わりに公爵位を授けられている。バラル帝国が誇る最強の騎士団【ラトナ騎士団】の団長にして、【五大陸大戦】の英雄の一人。彼の妻であり、クロフォードの母であるミランダ・ラウリシュテンもまた英雄の一人であり、その遺伝子を受け継いだクロフォードもまた優れた人物であった。

幼いころよりその才覚を発揮してきた彼は同年代では負け知らずであり、そんな彼が初めて手こずった相手、というのが同じく英雄の子どもであるマリアベルだった、と言うわけだ。


それは災難ねえ、というピュリエにそうでもないわ、とマリアベルは笑う。


「強い相手と戦うのって、楽しいものよ」


そう言い、マリアベルは腰の剣を見る。騎士クラスの生徒は、武器の持ち運びを許可されている。騎士と武器は一体、と言う考えもあってのことだ。とはいえ、血統や授業以外での無許可での使用は罰がある。


「ねえ、私たちも行ってもいい?」


ミリアベルが問うと、ううん、とマリアベルが言う。相手が気を悪くしないといいのだけれど、と彼女は言う。黙って聞いていたリオーネが口を開く。


「・・・・・・たぶん、大丈夫・・・・・・」


「そうかしら」


コクン、と頷くリオーネ。同じくバラルの生まれであり、曲がりなりにも貴族であり、何度かクロフォードとも会話をしたことがあるという。

気難しいところもあるが、悪い人出はない、と言う言葉を信じ、皆で決闘場まで行くこととなった。



決闘上には数人の男子がいた。クロフォードはその中でもひときわ際立っていた。ハンサムな顔立ちで、その金髪は綺麗であり、女子からの人気が高いのだという。青い瞳は強く輝いている。男子たちは女子たちが来ると、へぇと下心も覗かせながらも、あまり警戒させないように、と伺うだけにしていた。決闘の立会人である教師の見守る中、マリアベルは決闘場の舞台に進む。クロフォードも仲間たちから離れ、鞘に入った剣を手に歩き出す。

ミリアベルらは決闘場の席に座り、それを見守る。


「強そうね」


妹と違い、剣には疎いミリアベルでさえ、クロフォードの放つ強い闘気を感じずにはいられない。強いよ、とリオーネは言う。

英雄の父母より、武術を教え込まれているクロフォード。父母の魔術の才はめっきり受け継がなかった分、武芸に関してはその才能を余すことなく受け継いでいる。剣術のみならず、他の武器でも達人なみの技術を持つ、という専らの噂だ。

対するマリアベルも幼少のころより剣術の師より教えを受けている。彼女の努力もあり、その腕前は同年代の中でもぬきんでている。彼女にとっても、クロフォードは初めての同年代での同等の実力者であり、この決闘を喜んでいた。

前に進み出て、一定の距離で止まる。教師が礼、と言うと、二人は頭を下げた。そして、互いに剣を抜き、構える。

「はじめ」と言う声と同時に、二人はほぼ同じタイミングで前に突き出て、互いの剣をぶつけ合った。

バラル帝国式の剣術に、自分なりのアレンジを加えたクロフォードの剣を、マリアベルは受け止める。その剣の方を見て、クロフォードはやはり、と呟く。


「その剣技、まさかとは思ったが」


「やっぱり、わかる?」


剣を交えながら笑うマリアベル。仏頂面のクロフォードは彼女を見て、剣を払い、一度距離を取るとそこから突進してくる。マリアベルはそれを躱し、反撃の刃を向けたがそれは阻まれてしまった。

強い。マリアベルは思う。それが、とてもうれしい。おかしいな、と思う彼女に対して、クロフォードも似た心境である。口元がわずかに上がっており、笑っているようであった。

二人は剣を持っていたが、まるでダンスをしているかのように息が合っていた。二人の容姿も非常に似合っていたため、ついついそれが決闘だということも忘れ、観客たちは見惚れてしまった。

マリアベルの剣を見ながらクロフォードが言う。


「剣聖式剣術。まさか、その年でそれを使いこなそうとはな」


剣聖式、というのはエデナ=アルバでも名高い剣士の中の剣士【剣聖】に代々伝わる剣術である。それを会得し、極みに行ける者は本当にまれである。女性で、しかもこれほど若くしてこの技術を極めるなどと、現剣聖レヴィア=ツィリア以外には存在しなかった。

その剣聖直々に教えを乞うたマリアベル相手に、前線をするクロフォードもまた以上ではあるが、彼はそのことを認識していなかった。

そろそろ昼休みも終わるというのに、二人の剣舞は終わりを感じさせない。だが、それは唐突に訪れた。

教師が「それまで!」と言う。決着がついた、と言うことだ。

だが、二人はどちらも買った、とは思っていなかった。二人の剣は互いの首と心臓をあと少しで突く形であった。

教師はわずかにクロフォードが先にマリアベルの急所に剣を当てていた、と言う。戦場では一秒の差がモノを言う。だが、仮にこれが実際の戦闘だったとしたら、恐らくクロフォードも死亡していただろう、とも言った。

用は二人は互いに等しい力の持ち主、ということである。審判を務めた教師は、二人の今後が楽しみだ、と笑う。

マリアベルは剣をしまい、同じく剣をしまって此方に寄ってきたクロフォードを見る。青年は仏頂面のまま、手を差し出す。思ったよりごつごつした手を見て、マリアベルもその手を握る。


「見事だった。次は、必ず勝つ」


握手をしながら、フッと笑った青年に、マリアベルもやわらかく微笑む。だが、その紫色の瞳は闘志で溢れている。


「私も、次はかつ」


二人は笑い、手を離すと仲間たちのもとに戻っていく。互いの仲間に囲まれながら、二人はもう一度相手を見ると、決闘場を後にした。




二人の決闘の審判を担当したサウルラ・ディエゴは、学園長室に呼び出されていた。

ディエゴはかつてはとある国の男爵であり、騎士として名をはせた。十数年前より、この学園で教師として働いており、学園長からの信頼も厚い。生徒からも、気さくな人柄から慕われていた。

彼が部屋に入ると、そこには魔術師クラスの担当である同僚のヨンドがいた。ヨンドはディエゴとは違い、規律にうるさい教師であり、ディエゴからすると堅苦しい人物だ。もちろん、悪い人物ではないが、互いに反目し合っている。彼女も学園長からの信頼は厚く、よくディエゴともども頼まれごとをする。

ヨンドはちらりとディエゴを見ると、再び学園長に視線を戻す。


「学園長、決闘の方は終わりましたよ」


「そうですか、それでどちらが勝ったのです?」


学園長が問うと、ディエゴは苦笑した。そして結果を告げた。それを聞き、学園長はそう、と呟いた。楽しげに彼女は笑う。


「そうですか、ありがとうございます、ディエゴ教官」


「いえ」


学園長はディエゴの話と、その前のヨンドの話を聞いて笑っていた。

かつて自分とともに戦った英雄の子どもたち。彼らはここに集い、そして何を見つけていくのだろうか。それが、彼女には楽しみで仕方がない。フフ、と笑った彼女は二人に言う。


「お疲れ様でした。お二人とも、授業の準備もあるでしょうに、時間を取ってしまって申し訳ありません」


「いえ」


ヨンドとディエゴはそう答え、学園長室を辞す。二人と入れ替わりに、砂色の髪の青年が入ってくる。学園長は彼を、愛おしげな瞳で見る。


「ねえ、あなた」


学園長は少女のように笑い、入ってきた青年に声をかけた。


「私たちにとっても、彼女たちにとっても輝かしい未来がきっと待っているわ。それが楽しみ」


そう言う学園長に、砂色の髪の青年は穏やかな笑みを返した。



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