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赦し

ミアータはそれまでの圧倒的な力に酔っていたが、それもミリアベルの突然の覚醒によって目を覚ますこととなった。ミアータの小手先の小細工だけではミリアベルを押さえることは不可能だと知ったのだ。下手な拘束の魔術や障壁はどういうことかミリアベルのあの輝きの前には無意味であった。ミアータとしては、ミリアベルを傷つける気はなかったのだが、そうも言ってはいられなくなっている。


「フ、フフフフフ」


冷静さを保とうと、余裕を見せようとし、引きつった笑みを浮かべるミアータ。一方のミリアベルは、無表情であったが、その瞳と彼女の纏うオーラが代わりに彼女の意志を語っていた。紅く輝く髪から迸る焔のような光が、闇を切り裂く。

禍々しい魔力を放つ杖で氷結の魔術を放つ。魔術は威力を何十倍にも増幅され放たれるが、ミリアベルは苦も無く防壁をくみ上げ、それを無効化し、反撃をする。同等の威力の魔術を杖の補助なしで、である。

ミアータは防壁を張るが、防ぎきれず防壁を解いてその場から退いた。爆発が起こり、床をくり貫いた。


「ミリアベル、あなた」


「・・・・・・」


だが、ミリアベルもまだ力は使いこなせていない。基本ミリアベルはその場から動かない。いや、動けないのだ。あまりに急な魔力の放出に体がついてきていないのだ。魔術を編む時間も、最初よりは落ちてきている。ミアータは焦りこそしていたが、だいぶ落ち着きを取り戻してきた。長期戦に持ち込めば勝てる。そう確信したのだ。

質よりも量、ということでミアータは複数の魔術式をくみ上げ、一気に放出した。鳴り止まない砲撃。ミリアベルは障壁を張り、防ぐが、そうしている間にも体の動きは鈍くなっていく。

ニヤリとミアータは笑う。もうすぐだ、ミリアベルさえ無力化すればすべてが手に入る。彼女も、魔術師としての地位も、何もかもが。


(そう、そうすれば私は)


ミアータの闇が深くなる。闇が深くなり、負の感情が溢れるほど、コルモナイトは彼女に力を与えてくれる。

ミアータの魔術の威力が強くなり、再び彼女に有利に見えてきた。


ミリアベルは朦朧とした意識の中、ミアータを見ている。哀しい顔。まるで、泣きそうな顔で彼女は自分に魔術を放っている。なぜ、そんなに悲しそうなの?そう聞くが、言葉は出なかった。

虚ろな頭。眠気が襲ってくるが、まだ、眠る時ではない。先ほど見た影の人物が言う。


≪望め。貪欲に、力を≫


彼女は何かを掴み、そして引き上げる。暗い深淵の闇から引き上げ、手を広げる。感触が広がり、七色の光が迸る。

ほんのわずかでいい。数秒、それだけあれば、終わらせられる。そんな予感がした。チャンスは、一度。粉の一撃だけ。それ以上は、自分の身体が持たないことを察していた。

虹色の光が、剣を形作る。魔術で編み込んだ県を構えたミリアベルを見て、ミアータはせせら笑う。


「魔術で敵わないと知り、剣を出したんですの?けれど、あなたはマリアベルではない。生半可な腕での剣術など、私には通じない!」


声高らかに言うミアータ。

確かにそうだろう。剣術はマリアベルの領分だ。自分は、そう言ったものには向いていない。

しかし、これは魔術で作り出した剣。そして、彼女が自分の魂の奥底から引き出してきた剣である。この剣は彼女の身体そのものである。故に、彼女はこれを使いこなせる。

闇を払う、虹色の光。この剣で斬れるものは、形ないものだけ。魔術や負の感情、心の闇。

勝つ必要はない。ただ、斬ればいい。ミアータに巣食う闇の根源を。


「ミアータ、あなたを救ってみせる」


ミリアベルが言う。その言葉を聞き、ミアータは叫ぶ。


「あなたに何がわかる!」


「わからない。けれど、その痛みを共感したい」


「なら、私を愛して!私だけを見て!!」


「それはできない」


ミアータの想いには答えられない。そう言うと、彼女は失意に顔を染めた。


「ならば、あなたもいらない。何もいらない。壊してしまえばいい」


ミアータはそう言い、巨大な闇を解き放つ。そして、特大の魔術の詠唱にかかる。

ミリアベルは、そんな彼女の懐に向かって奔りだす。


「ならば私がとめてみせる」


だって、友達だから。


「出来るはずない!!」


泣き叫ぶミアータ。天を闇が多い、暗雲が立ち込める。

虹色の剣を持ち、ミリアベルが迫る。ミアータは声を上げながら、その魔術を放つ。

黒い閃光が放たれ、ミリアベルを襲う。膨大な魔力に、並大抵のものは耐えようもない。英雄と呼ばれるものでさえ、防壁なしではおそらく、生きてはいられまい。

跡形もなく消え去ったであろうミリアベル。ミアータは彼女のいた場所を見た。煙が収まり、見えた場所には彼女はいない。

彼女は、死んだ。

虚無感に苛まれる。涙は出てこない。ミアータは崩れた天井から灰色の空を見た。

もうどうでもいい。すべてを破壊してしまえ。そう思う彼女は、天に輝く何かを見た。

紅い、流星のようなそれ。微かに光る、虹色の光。目を大きく見開き、ミアータは「あり得ない」と言う。

上空遥か彼方、灰色の雲を切り裂き、青い空を背景に彼女は浮かんでいた。猛スピードで落下してくる少女は、剣を構えている。

ミアータは再集束を始める。だが、間に合わない。より速くなるミリアベル。


「ああああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


「ミリアベルゥ!!!」


攻撃用の魔術を急きょ防壁の魔術に変換した。だが、それすらも一刀で破壊してミリアベルはミアータに向かっていく。無数の障壁を張り巡らせるが、それを破壊し、ついに肉薄した。


「御免、ミアータ」


そして、その虹色の剣がミアータの胸を貫く。ぐぅ、と唸りを上げ、ミアータはその後、絶叫した。

彼女の中で、闇が泣き喚く。ミリアベルは彼女の中に潜むソレを見つけた。

ミアータに巣食う闇。それこそが、彼女を暴走させたものである。

どうやれば消せるか。問いかけると、脳裏で声が響く。


≪お前の想いを、ぶつけるんだ≫


それだけでいい。その声に従い、ミリアベルは剣に思いを乗せた。


(ミアータの中から出ていけ!!)


ミアータの中に巣食う、【喪失者】は訳の分からない言葉を並べる。だが、そうやって抵抗していたのも数秒であった。ミリアベルの彩度の思念に耐えきれず、【喪失者】は体を保てなくなり、ミアータの外に出る。そして、その姿を具現化させた。

まるでバッタのようなその黒く蠢く影は、無数の目をぎょろりと動かし、ミリアベルを見る。


『よくも邪魔をしてくれたな、ニンゲン』


こうなったら自分でけりをつける、とそれは言う。

ミリアベルは剣を構えた。

負けない。その思いで、剣を振り、【喪失者】に向かう。敵はミリアベルを返り討ちにしようとしたが、彼女の身体に触れることさえできなかった。彼女が放つ光は、敵がふれた瞬間より輝きを増し、その影の肉体を焼き払うのだから。激痛に喚く【喪失者】は、逃げようとしたがそんな敵を、ピュリエとリュートの魔術が阻んだ。取るに足らない魔術であったが、それは逃げる時間をなくすには十分な時間であった。

背後に迫ったミリアベルを見て、【喪失者】が言う。


『と、取引を・・・・・・』


だが、その言葉にミリアベルは耳を貸さなかった。友人たちを危険に合わせたものと取引などする気はさらさらなかった。


「光の中に消えろ」


その言葉とともに、剣を振り下ろす。七色の輝きが、影を覆い尽くし、完全に消滅させた。



影が消えた。これで、終わった、と思ったミリアベルだが、まだ終わりではなかった。

ミアータは、ガクガクと膝を震わせながら、ミリアベルを見ている。青ざめた顔で、震えている彼女はその手にコルモナイトを握りしめている。


「ミアータ」


ミリアベルの身体からh仮が抜け、虚脱感が襲う。眠気と、強烈な気怠さ。それに耐えながら、ミリアべえるはミアータを見る。ミアータは震えている。


「私は、私は・・・・・・!!」


操られていた、とはいえ、自分のしでかしたことは憶えていた。死者こそ出ていないが、彼女のしでかしたことはあまりにも重大なものだ。

ミアータはこのまま生き恥をさらせない、と思い詰めていた。

此方に向かうミリアベルに「来ないで!」と叫ぶ。


「来ないでくださいまし」


そう言い、ミアータは涙を溢した。気丈な少女は、弱さを露わにしていた。首元にコルモナイトを当てて、彼女は魔術で命を断とうとしていた。


「落ち着いて、ミアータ」


「私は落ち着いているわ。そのうえで、こうしているの」


もう、私はあなたにも、ここにいるだれにも顔向けできない。自分は確かにイーゼルロットを殺そうとし、ピュリエやほかのものまで殺そうと思っていたのだ。それは、彼女が望んだこと。無意識であれ、彼女が望み、そして行ったこと。

それを許せるほど、彼女は開き直れはしない。


「あなたが友達だというならば、このまま私を死なせて」


そう言うミアータ。震える手で、魔術式を構成する彼女は、死にたくないと思いながらも、死ぬしかない、と思い詰めていた。


「このまま死なせるなんて、させて堪るか!」


ミリアベルは力強く言うと、足を踏み出し、ミアータの手を握りしめ、首もとから手を下ろさせる。手からコルモナイトが転がり出ると、ミリアベルはまだかすかに残っていた魔力で作った虹色の剣でそれを砕く。闇の魔力が離散する。


「ミアータ、自分から逃げないで」


そう言い、ミリアベルは彼女の身体を抱いた。その力強さに、ミアータははっとし、そして顔を歪めて泣き出した。幼い子供のように、声を上げて。


「私を、赦してくださるの?」


「ええ」


ミリアベルは笑う。


「だって、友達でしょう?」


その言葉だけで、十分だった。

ミアータは声を大にして泣いた。

雲間から零れだした光が、そんな少女たちを照らし出す。





リージ氏は命からがら逃げだしていた。クレルミアで量産した【喪失者】だが、彼らはほとんどが掃討されていた。リージは舐めていた。この学園の生徒を。


(くそくそくそくっそクソォぉォォォォォォ!!!)


内心で憤るリージ。【エメラルド】の生徒と教師、そして英雄により【喪失者】は簡単に排除された。そもそも、リージが作ったそれは、かつてこの世界を襲ったそれよりは劣るものである。この程度で勝てるとリージが思ったのは、「彼」の言葉のせいであった。

その「彼」も、リージに対して助けの手を差し伸べていなかった。当初の予定では、援護が入るはずなのに。

まさか、はめられたのか、と思うリージは、秘密の経路に逃げ込み、息を落ち着かせた。ここまでくれば、逃げられる。自分はまだ、このような場所で死ぬ人間ではない、

魔族をこの世界から消し、人間の時代を作り出す。そしてそこでリージは支配者として君臨するのだ・・・・・・。

そう思っているリージの前に、「彼」が現れる。

黒い髪の青年が立ち、リージを冷ややかな目で見ていた。


「――――様、なぜ・・・・・・」


援護をしてくれないのですか、なぜ嗤っておられるのですか。そう聞こうとしたリージの耳に、ドスン、という音がした。リージは胸に違和感を覚え、そこを見る。歪な形の剣が、漆黒の刃を輝かせ、そこから生えていた。血が滴り、血だまりを作る。


「がふ、ぅ」


息を溢し、リージが倒れる。リージは悟る。自分は捨て駒だと。

この学園や英雄たちの力を図るための、捨て駒なのだと。


≪ご苦労だった、ザカリアー≫


薄れる意識の中で、リージは彼の声を聴いた。


≪ゆるりと休め、そしてあの世で見ているがいい。貴様ら人間も魔族も、世界すらも滅びゆくさまをな≫


そして、リージは永遠に旅立った。

事切れたリージを興味なく見てその人物は剣を抜き、漆黒の衣の中にしまう。彼の後ろに人影が現れる。漆黒の衣に全身を包んだその影は、主に報告する。


「【喪失者】がすべて倒されました」


≪フン、所詮は紛い物だ≫


わかりきっていた報告にそう答え、主は影を見る。


≪我らの痕跡は残してはおらぬな?≫


「は。すべてはクレルミアのリージが勝手にやったこととして処理されるでしょう。いかに英雄たちと言えども、我らの痕跡は見つけられぬでしょう」


≪ならばよし≫


英雄ならばこちらの存在を薄々感じているかもしれないが、それは問題ではない。

クツクツと嗤い、彼は言う。


≪さて、一応の目的は果たした。戻るとするか、アーガス≫


その言葉に低頭して影は神妙な口調で言う。


「かしこまりました・・・・・・」


そして、主の名前を口にした。


「・・・・・・アンセルムス様」


黒曜の瞳を持つ青年はアーガスを連れ、闇の中に消えていった。





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