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12/22

覚醒

期末試験当日まで、ミアータとほかの面々が接触することはなかった。この件に対し、教師側何かしようとしたが、試験機関であることや、魔術的な痕跡がないことから、特に何もすることができなかった。学園長であるセラーナでさえ、様子を見る、と言う手を打つ以外は何もできないのだから仕方がない。

ミリアベルらもミアータのことを気にしており、なかなか勉強に身が入らなかった。

豹変したミアータの様子に、一年全体が微妙な空気に変貌していた。


教室に入ると、ミアータは妖しい笑みを浮かべて座っている。その様子に誰もが近づけない中、ミリアベルが近づく。だが、そんな彼女を見てただミアータは笑う。


「ミアータ」


「なにかしら、ミリアベル」


問いかけるミアータに、ミリアベルは話がしたい、と言う。だが、相手は「もう試験よ。終わってからにしましょう」と言う。ミリアベルがさらに何か言おうとした時、ちょうど教師が入ってくる。顔を歪めたミリアベルに、ミアータはクスクスと笑う。


「ほら、座りなさいな」


そう言われ、すごすごとミリアベルは席に着くことになった。



試験を半分まで消化し、実技科目だけになった。ミリアベルらはミアータとの接触をは亜kるが、少女はすぐにいなくなり、捕まえることはできなかった。


「何か、いやな予感がする」


ミリアベルは呟き、ミアータが先ほどまで座っていた席を見た。

そこには、爪か何かでひっかいたのであろう、机の表面には文字が彫られていた。


『ミリアベル』と。

そこからわかる狂気は、今にも爆発しそうであった。何か、試験中にある、という予感がした。

そして、その予感は見事に的中するのであった。



リージ氏は、主の用意した学園への抜け道を通り、内部に侵入していた。たとえセラーナ・シャイアと言えども、この通路の存在には気づいていない、と言われたとおり、学園側はリージの潜入に気づいていなかった。

リージにとってこの学園は魔族と手を組んだ穢れた者たちの巣窟であった。魔族と手を組む世界中の者たちに知らしめるにはちょうどいい場所であった。

この学園にいる英雄については「彼」が自身で足止めするらしい。リージは学園内の協力者とともに混乱を引き起こせばいい、ということだ。

「彼」に指示されたとおり、【喪失者】を量産した彼は、秘密の通路を通してすでに数十体のそれを学園内に入れていた。

まだ命令を発していないため、【喪失者】は動いていないが、すぐにでも動かせる状態だ。

リージ氏がそこで協力者を待っていると、そこに一人の少女が現れる。警戒するリージだが、彼女の間藤力が「彼」に似ていたため、それが協力者だと分かった。

こんな小娘が、と言う視線を向けるリージに怪しく笑ったミアータ。闇に操られた少女はリージに言う。


「例のモノは?」


「・・・・・・ここに」


そう言いリージが取り出したのは漆黒の小さな鉱石である。この世界には存在しない、コルモナイトと呼ばれるそれは、ヒトの負の感情を増幅させ、それを力に変換させるという特質を持つ。

それを受け取ったミアータはそれを懐に入れる。すると、彼女の纏う魔力が巨大になる。ふぅ、と息を突き、少女は嗤う。気が狂った笑みに、リージはぞっとする。

少女はもう用はないとばかりにリージに背を向けた。「おい」呼び止めるリージを無視し、消えた少女。悪態をつき、リージはもうどうにでもなれ、と【喪失者】に命令をした。




魔術戦闘訓練の授業では、生徒通しの一対一の対決形式でこの学期の各自の技術を見る。アテナを除く、魔術クラス一年の教師陣が集まり、見守る中、数組ずつ試験を開始していく。相手は教師による指名者か、申請されたペアである。ペア申請の時は、互いに実力が拮抗していることと、不正がないように事前通告される。違反すれば試験は自然に不合格となり、罰則もあるので生徒たちは皆友人通しでも真剣に相手をしていた。

ミリアベルの相手は事前のペア申請がなかったため、教師側の指名でミアータに決まっている。これは、ミリアベルも予想していたことであり、当然、ミリアベルも知っていた。

そして、ミアータはこの時を待っていたのだ。

少女は薄ら笑いを浮かべ、その美貌を歪めた。ローブの奥でミアータは先ほどリージより半ば奪ったコルモナイトを愛おしげに撫でる。コルモナイトが彼女の暗い欲望に応え、光る。その不気味な光は、ミリアベルや教師には見えなかった。


「はじめ」と言われても、二人は動かない。ミリアベルは一度構えたが、ミアータが構えなかったために、魔術を放とうにも放てなかった。ミアータはそんな少女を見て、笑う。


「ねえ、ミリアベル」


ミアータは試合だというのに相手に話しかけた。はじめ、と再度いう教師を無視し、ミアータはなおも口を開く。


「ワタシ、今とっても充実していますの。でも、まだ不十分ですの。本当にほしいものがまだ、手に入っていないのですから」


そう言った少女の目は、漆黒の闇に包まれている。ゾクリ、と背筋を悪寒が奔る。ミリアベルが危機を察知し、教師の方を見ようとしたところ、彼女の身体は金縛りにあったように固まる。ミリアベルの四肢を、床から生えてきた黒い蔦が絡め取っていた。


「ミアータ・・・・・・!!?」


「あなたがほしくて、ほしくてたまらない。ミリアベル、あなたがほしい」


恍惚の表情で言うミアータ。異変に気付いたヨンド師らがミアータを止めるために杖を構える。生徒に落ち着くように位、彼女らが魔術を詠唱するが、それより早く、ミアータの魔術が放たれた。


【黙れ】


一言。その一言でヨンドらの魔術式は解体され、その声が出なくなる。ヨンドらはミアータのその魔力の寮と詠唱速度、そして教師たちですら使えないような【古代魔術】を使ったことに驚いた。

教師陣が手も足も出ないのを見て、生徒たちはパニックを起こし、その場から逃げ出す。そんな中、イーゼルロットはその場に残り、冷静にミアータを見ている。ピュリエとリュートもその場に残っていた。彼女らもパニックは起こしていたが、それよりも友人の心配が上回ったのだ。

どうにか逃れようとするミリアベルや教師たちを見て、ミアータは笑う。


「無駄ですわ。私の今の力に、あなた方は抗えない」


「ミアータ、こんなことをして、どうなるかわかっているの!?」


ピュリエが叫ぶ。ピュリエを見て、ミアータは「はん」と嘲り笑う。


「どうなるのかしら?学園長たちが来て、私を倒すとでも?フフフ、でも残念ね、今頃彼女たちも自分たちのことで手いっぱいでしょうよ!」


「何を言っているの、ミアータさん」


呆然と呟くリュート。


「【喪失者】と言えば、先生方はわかるはずよ」


「!!」


声を出せない教師陣が驚いた顔をする。ヨンドの驚く顔に、ミアータは言う。


「滅んだはずだって?フフフ、それは正しいとは言えないわ。彼らは生きているのよ、闇の遥かそこで今もなお、ね」


「ミアータ、あなたはどうしてそれを」


ミリアベルが言うと、ミアータは彼女に近づく。


「どうして?それはわかっているはずよ?」


そして、ミアータは彼女に触れようとするが、そんな彼女に誰かが魔術を放った。だが、それはミアータを包み込む闇の力が未然に防いだ。離散した魔力の残滓を見て、ミアータはぎょろりと相手を睨む。

白髪の少年は、静かな闘志を覗かせミアータに手を向けていた。


「イーゼルロット、あなたはもう少し賢いかと思っていたわ」


「・・・・・・」


沈黙を返すイーゼルロット。ついこの間まではミアータはイーゼルロットには及ばなかったが、今は闇の力、そしてコルモナイトにより大幅な差がついている。この場にいる教師陣ですら太刀打ちできぬ、世界でも最強の部類に入る魔術師と言っても過言ではない力を持っている。


「思えば、あなたは目障りだった」


そう言い、ミアータはミリアベルから離れると、イーゼルロットに近づいていく。そして、その右手に魔力を集める。どの道、この場にいる者はミリアベル以外は殺すつもりであった。初めに、目障りなイーゼルロットを消そうと彼女は決めた。

迫りくるミアータを睨んだまま、イーゼルロットは逃げない。ミリアベルが叫ぶ。


「イーゼルロット、逃げて!」


「僕は、逃げないよ」


強い視線で敵を見たまま、イーゼルロットは言う。勇ましい、とミアータが嘲笑した。

ミアータが手を振り下ろす。魔力がイーゼルロットに襲い掛かる。イーゼルロットは最初こそ絶えたが、数秒も続かない。膝をつき、ミアータの魔力に押される少年。動けないミリアベルが叫ぶ。教師たちは何もできずとも盾くらいにはなれる、と思い動こうとしたが、その足は石化していた。ミアータが邪魔をしないよう、教師陣を無力化したのだ。

ピュリエ、リュートは魔術を駆けられていない。かける価値もない、とみなされているのだ。事実、少女たちは恐怖で足がすくんでいる。怯えるリュートを、ピュリエは震える腕で抱きしめている。


「いい気味ね、イーゼルロット!」


笑ながらミアータが言う。ミアータ以上の才能を持つ彼への嫉妬、憎悪があふれ出していた。


「そのまま、死になさい!」


イーゼルロットは声にならない息遣いで耐えるが、その障壁はひび割れていた。彼が負けるのも、時間の問題であった。

そんなイーゼルロットに逃げるよう、ミリアベルは叫ぶ。何もできないミリアベルは、ただ泣き叫ぶことしかできない。目の前で、大切な友人が死んでいくのを、ただ見ることしかできないなんて。


イーゼルロットが絶叫する。その声を聴き、ピュリエは立ち上がり、イーゼルロットのもとに向かう。そしてイーゼルロットに助太刀する。今のミアータからすれば微力な魔力だが、ピュリエのおかげで障壁は少し強度を増す。


「なあに、ピュリエさん。死にたいのかしら?」


「私だって、死にたくないよ」


震える声で、フォクサルシアの少女は言う。その耳が震え、腕も振るえている。


「けど、友達を見捨ててはおけない」


「麗しい友情ね」


涙を拭う真似をし、ミアータは歯をむき出しに「反吐が出る!」と言う。ピュリエとイーゼルロットを、魔力が襲う。

リュートが泣き叫ぶ。ミリアベルが、無力に打ちひしがれる。絶叫と、場違いな笑い声が響く。



何が英雄の子だ、ミリアベルは思う。学園でも優秀だと言われているが、結局ミリアベルは何もできない。

友達を救うこともできない。ここでただ、縛られているだけ。

悔し涙が流れる。こんな思いをしないために、彼女は魔術師になろうと思ったのだ。敬愛するセラーナのような。

守りたい。失いたくない。誰も。ピュリエも、イーゼルロットも、ミアータも。

また、あのみんなで過ごす日々を。


彼女は思う。力がほしい、と。この状況を打開し、そして彼女が望む結末を迎えさせるための力が。

そんな都合のいいことあるはずはないが、それでも願わずにはいられなかった。


(もしも、神様がいるのなら)


ミリアベルは、今にも押しつぶされそうな二人の友人を、潤んだ瞳で見る。


(私に、奇跡を・・・・・・・・・・・・・!!)




その時、世界の色が変わった。モノクロの世界。そこは時が止まり、ミリアベル以外は呼吸すらしていない世界。見渡すミリアベルの前に、何かが現れる。顔のない影。黒い衣を纏い、歪な剣を左手に持ち、その黒い髪を揺らしている。だが、その顔の部分だけは、黒い闇が覆っており、よくは見えない。


「あなたは、誰?」


どうなっているの、と問うミリアベルに相手は≪今、この時間は止まっている≫と言う。だがそれは時間が止まっているのではなく、ミリアベルの心の中で、スローモーションに時が流れているだけなのだという。現実では一秒にも満たない瞬間が、今のこの世界だと言う。


「あなたは、誰?」


もう一度、ミリアベルは問う。影はそうだな、と手を顎に当てる。


≪何でもない。今はそれでいい≫


混乱するミリアベルに、影は笑った。


≪君は、力がほしいと願ったね≫


「! ええ、ミアータを止める力を、そして」


≪君の望む結末を得るための力≫


影が続きを引き継ぎいう。ミリアベルが頷く。


≪そんな都合のいいこと、あると思うかい?≫


「・・・・・・」


あるはずない、わかっている。ミリアベルとてわかっている。だが、願わずにはいられなかったのだ。


「それでも、私は・・・・・・・・・!」


目を伏せた少女に、影は仕方がないな、と笑う。


≪ミリアベル≫


影は少女の名前をやさしく囁いた。まるで、母のように。思えば、その黒髪も、雰囲気もどこか母に似ている、と今更ミリアベルは気づいた。


≪君はもう、力を持っている。ただ、それは眠っているだけ。けれど、君が望むならば、その力は君に応えてくれるだろう≫


そう言い、彼はミリアベルの髪を撫でた。


≪貪欲に求めよ、自分の望みを。そして、力に溺れることなく、見極めろ≫


そう言い、彼が髪を離した瞬間、世界に色が戻る。そして、止まっていた時が動き出す。


「待って!私は・・・・・・・・・・!!」


≪自分を、信じろ≫


そう言い、影は消えた。


≪君に、祝福を―――――≫





ミアータは止めとばかりに魔力を思い切り放出した。だが、そんな彼女はふと、その魔力を止めた。そして、イーゼルロットたちから目線を逸らし、自分の真横を見た。

つい先ほどまでそこで叫んでいたミリアベルは静かに顔を伏せている。そんな彼女から、不思議なことに強い魔力を感じたのだ。そして、彼女の四肢を拘束していた蔦が、焼き切れた。

あり得ない。そう呟いたミアータを、衝撃波が襲う。ミアータは空中で姿勢制御をすると、床に降り立ち、ミリアベルを睨む。

ゆらりと立ち上がり、ミリアベルはミアータを睨む。その時、ミアータをはじめ、その場にいた者たちは驚いた。

ミリアベルの髪は、赤く輝き、その瞳は虹色に光り輝いていたからだ。絶え間なく七色の光を輝かせる瞳の放つ閃光が、ミアータを怯ませた。


「な、何があったというのですの?」


ミアータの問いに答える者はいない。ミリアベル自身でさえ、わからなかった。

ミリアベルは突如湧いてきた力を制御しきれず、魔力を放出させたまま、ミアータに向かっていく。ミアータの放つ衝撃波が襲うが、そのたび彼女は立ち上がり、次第にその衝撃波を自分の魔力で打ち消し始めた。

ミリアベルがミアータの前に来る。その速さは、ミアータの想定以上であった。咄嗟に障壁を張ったミアータだが、そんな彼女の身体が吹き飛び、壁に激突した。ミリアベルは片手から放った小さな魔力弾でミアータを吹き飛ばしたのだ。ミリアBるに魔力を凝縮するだけの技術はまだないはずであり、魔力量も桁外れであった。

ミアータは自身のローブの埃を払い、ミリアベルを見る。


「面白いですわ」


異空間から取り出した禍々しい杖を構え、ミアータは言う。


「それでこそ、私のライバル!易々と手に入れたのでは、あまりにもつまらないですわ」


「・・・・・・」


ミアータの言葉に沈黙を返し、ミリアベルも杖を構えた。

イーゼルロットやピュリエ、リュート、教師たちの見守る中、二人の少女が激突した。



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