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闇の囁き

順位で盛り上がっていた学園も今ではだいぶ落ち着き、次なる試験に向けての勉強を各自はじめていた。前回の成績の良かったものも悪かったものも、心機一転して勉学に励んでいる。

ミリアベルらも前回の成績をある者は落とさないように、ある者はそれ以上になるためにそれぞれが課題を持って取り組んでいるらしい。今回は皆で集まることは少なく、試験が近づくにつれ各自のペースで追い上げを図っていた。前回ミリアベルに敗けたミアータや同率一位であったマリアベル、クロフォードなどは闘志を燃やしている。ミアータの様子にミリアベルも負けじと励んでいる。そんな中、イーゼルロットはそんな皆の姿を見て、いつも通りに過ごしている。彼は特に勉強もせず、シャンクシージョン区と遊んでいる。そんな彼の様子を見て、フン、と鼻息を荒くするミアータ。彼女は大きな声で「あなたんか、蹴落として差し上げますわ」と言う。イーゼルロットは「頑張って」と爽やかな笑顔で返すものだから、ミアータはよりその闘志に油を注いだ。

ミリアベルを見て笑った少年。手を振ってたので少女も手を振りかえす。すると、その腕の中で猫が小さくミリアベルに向かって鳴いた。



放課後はほとんどみな勉強でともにいる時間はないため、昼食時にはいつもの面々で集まるようになっていた。憔悴したような顔のキーンやヨルダン、それにピュリエとリオーネ。そんな彼女らを見てリュートは力なく笑う。リュートも目の端に少し、黒い隈が見える。


「まったく、自分のアタマのポンコツっぷりに涙が出るぜ」


「ほんとになぁ」


食事をとりながらキーンとヨルダンが呟く。ピュリエも頬いっぱいに食事を詰め込みながら頷く。穢いよ、と母親の様に友人の口を拭くリュート。ピュリエは咀嚼し終わると、ぷはぁ、と息を出す。


「まったく、試験なんて消えればいいのに」


「そうもいっていられないでしょう」


マリアベルが言う。ピュリエはぶーっ、と言い、また食事に戻った。


「それにしても、本当にイーゼルロットは勉強している感じがしないなあ」


「そうかな?」


「そうだよ」


ヨルダンの言葉にイーゼルロットは笑う。余裕すら感じられるその姿に、クロフォードは羨ましいな、と言う。みんなの見てないところで僕もちゃあんと勉強しているよ、というが、皆の顔は本当か、と彼を問い詰めていた。


「まあいいですわ。必ず、ミリアベルともども任して差し上げるから!」


おほほほほ、とミアータが笑う。ミリアベルはげんなりし、イーゼルロットはいつもの調子で笑っている。今に見ていろ、と彼女が闘志を積もらせる、というここ最近のお約束の風景がそこにはあった。


そう言えば、とミリアベルは思う。


「どうしてミアータは私にばかり絡むのよ?」


その言葉にミアータがは、と少女を見る。まるで、何を言っているか、理解できない様子で。


「だからどうして私にばかり絡むのよ。ほかにも女子は大勢いるでしょうに」


ミアータは12歳のころからシャイア学園にいる。色々とその頃から有名であったが、ピュリエやマリアベルとは同じ組になったことはなかったので、その付き合いが始まったのは今年からである。だが、ミリアベルとの付き合いは長い。それこそ、もう数年になる。

思えば初めてあった時から何かと絡まれていたな、と言うミリアベルに、そうでしたかしら、とミアータが答える。いつもの自信満々の顔は、どこか焦りの色を浮かべていた。


「気のせいではなくて」


「そうかしら」


「もしかして、ミリアベルのこと好きなんじゃない~?」


ニシシ、と笑いながら言うピュリエに、顔を真っ赤にしたミアータが立ち上がる。そして、そのまま食堂を出てしまった。

ピュリエはまさか本気で起こると思っておらず、「ほへ?」と間抜けな声を出す。他の面々も似た様子で、イーゼルロットも豆鉄砲を喰らった顔をしている。


「まさか、ね・・・・・・」


ミリアベルが去っていく少女の背中を見て呟いた。






つい、本当のことを言い当てられ激情のままにあの場を抜けてしまったミアータは、周知で顔は真っ赤に染まっている。彼女はその顔を極力みられないように歩き、人気の少ない木陰に座り込んだ。そして、一目から隠れるように膝を抱いた。


(私だって、これがおかしいってことくらい、わかるわ)


ミアータは心の中で呟いた。女が女を好きになるなって、どうかしている、と。

だが、気づいた時にはそうだったのだから、仕方がない。

はあ、とミアータは息をついた。なまじプライドが高く、彼女は己の心を見のうちにため込むタイプであった。親友と言えるものは少ない。彼女を頼ってくる女子は多いが、対等な関係科と言われれば、それは違う。後輩の女子も同級生も、皆彼女を友人とは見ていない。それがわかってしまうのだ。

ミリアベルの紅い髪を思い出す。ああ、どうしてあなたなのかしら。ミアータはままならぬ自分の想いに、ため息を溢す。

自分の想いを知ってら、彼女はきっと離れていく。だから、と思っていたのに、まさかこんな形で。

あの時動揺せずに否定していれば、きっとこんな悩むkとはなかった。いや、どの道、いつかは訪れるのだろう、それが早かったか遅かったか、それだけ。

けれども、この心の痛みは、どうしようもなかった。


(痛い)


もう、あの輪の中には戻れない。どう顔向けしていいか、わからない。友人としての愛ではなく、恋人が抱くような感情を持っていると知ってなお、彼女は私を友人として見てくれるのか、受け入れてくれるのか。そもそも、今の私を彼女は友人と思ってくれているだろうか。そこにいるから仕方なく、相手しているだけではないか。彼女の思考は、より悪い方へ、暗闇に向かっていく。


(厭だ)


少女は叫ぶ。抱えた膝に、顔をうずめて密かに泣いた。声を押し殺し、涙を流す。

そんな少女の脳裏に、声が聞こえた。


(願いを、叶えてやろう)


「!? だ、誰!?」


顔を上げ、涙を拭き少女は周囲を見る。誰もいないはずのそこ。だが確かに、声が聞こえた。背後をゆっくりと振り返るとそこに、一人の男が立っていた。いや、男かどうかはよくわからない。ただ、黒いフードをかぶった人物がいた。全身黒ずくめの、怪しげなその人物はフードから覗く黒曜の瞳で少女を見た。まるで、ミリアベルと同じようなその瞳の色に吸い込まれるように、ミアータは見る。


「あ、あ、あ」


≪願いをかなえてやろう、幼き少女よ≫


そう言い、男の手がゆっくりとミアータの顔を覆った。闇がミアータの中に入り込む。抵抗する彼女だったが、闇は彼女の肉体を包み込む。闇が身体を支配し、心を黒く染め上げていく。

欲望があふれ出し、抑えていた感情が一気に爆発した。

ミリアベルへの想い、不満、怒り、嘆き、哀しみ。混ぜ合わさった感情の中で、少女は静かに叫ぶ。


≪手に入らぬなら・・・・・・≫


少女の耳に口を近づけ、その口が告げる。邪悪な笑みに歪んだその口が紡ぐ言葉を、少女は聞いた。


≪手に入れるがいいい、自分の意志で、自分の手で≫


「手に、入れる・・・・・・ワタシの、手で・・・・・・」


少女は手を見る。自分の物とは思えない、心地よい力で身体は満ち満ちていた。

少女は闇に身を任せ、考えることを放棄した。

男はその様子を見て、静かに笑った。


≪試させてもらうぞ、英雄の子供の力を、な≫





いなくなったミアータを探しにミリアベルたちは手分けして探していた。昼休みも終わりに差し掛かった時、ミリアベルの前に彼女が現れた。


「ミアータ」


彼女の名を呼ぶミリアベルを、どこか熱っぽく、そして妖しい瞳でミアータは視る。そして、するりと彼女の横に来ると、その頬を両手で挟み、自身の唇をミリアベルのそれに押し付けた。


「----ッ!!?」


突然のことに驚くミリアベルは抵抗しようとするが、強い力で抑えられる。目を見開くミリアベルは、ミアータの目の中で蠢く影を見た。


(ミアータじゃ、ない!?)


ミリアベルは魔力を瞬間的に解放した。そして、自身の周囲に障壁を張る。ミアータは咄嗟にそこを離れ、距離を取る。怪しい笑みを浮かべた少女は、フフフ、と不気味な笑みを浮かべていた。


「ミアータ、どうしたの」


問いかけるミリアベルに「別に何も」と彼女は答えた。


「ただ、自分の欲望に正直になろうと思いまして」


「・・・・・・」


「フフフ、怖い顔」


ミアータはからかう様に笑う。警戒するミリアベルの横を通り過ぎたミアータは去り際に言った。


「次の試験では、あなたをボロボロにして差し上げますわ。そして、あなたを手に入れる。楽しみですわ」


「待って、ミアータ!」


振り向いた時には、彼女の姿はなかった。





それから、ミアータは授業にも欠席することが多くなり、ミリアベルらと時間を共にすることもなかった。誰とも関わらず、何をしているかもわからない状況であった。

友人たちは心配ていたが、彼女に会おうとしても会えなかった。ミリアベルはミアータの身に何かあったのだと思い、ヨンド師にも相談をしたが、ヨンド師はとくに魔術による操作は感じられないという。

そうですか、と落ち込んだ様子のミリアベルに、こちらでもミアータの様子は見てみよう、と教師は答える。あのミアータの変貌は教師の間でも話題になっていたからだ。

ヨンドは学園長にこの件を伺うことにした。学園長でさえわからないならば、それはヨンドたちの手に負えるものではないのだ。

思春期の少女だから、こういった変化がないともいえないが、それにしてはおかし過ぎた。


ヨンドの話を聞いた学園長は、顔を顰めていた。

心配するヨンドに任せるように言うと、学園長は彼女を下がらせた。

学園長は掌から光を出すと、その光にミアータを見てくるようにウ。光が掌を離れ、開いた窓から外に出ていく。

学園長は隣に立つセウスを見る。


「どう思う」


「人心の操作は闇の常套手段。可能性は、十二分にあり得る」


セウスの言葉に、やはりそうですか、と呟いた学園長。闇は確実にこの世界に存在している。それはもはや疑いようのないことであった。

もはやセラーナやセウスだけで秘密にする問題でもない。ことは、もしかしたらこの世界の根幹にまで及ぶかもしれないのだ。

光が戻ってきてセラーナに伝える。とくに魔術的なものは感知されなかった、と。


「闇は我々の目を欺く方法を身に着けている。かつての敵と同等か、それ以上のモノがこの世界に来ている」


「もしくは、彼が」


セラーナの言葉にセウスは目を細めた。


「セウス、クィルやクロヴェイル、ゼルに連絡を。あと、リナリーやタムズ、クローリエを呼んで頂戴」


「わかった」


セウスが学園長室を出ていく。

暗雲が迫りつつあるのを、セラーナは静かに感じていた。

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