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第9話

 週末が明け、また仕事へ行く日が訪れたが、蓮斗は体調不良を理由に欠勤することにした。欠勤は初めてのことだった。

「もしもし蓮斗です。おはようございます。」

「ああ、おはよう。どうした?」

「体調が悪いのでお休みさせて頂きたいのですが…」

「うん。わかったよ。お大事にね。」

そう電話をすると蓮斗はまた横になった。

「春子、ねぇ…どこに居るの?」

蓮斗は春子の面影を探すようになっていた。

「僕はどうすればいいの?」

春子からの返事はなかった。実は蓮斗はなつに勧められるまで薬を飲んでいなかったのだ。そう、春子と同じように…そうすることによって、蓮斗はいつかどこかで春子に会える、そんな気がしていたのだった。それからも蓮斗は処方された通りに薬を飲むことはなかった。


 翌日、体調の悪さを感じなくなった蓮斗は仕事へ行った。この日の朝は蓮斗は春子の面影を探したりすることはなかった。

「おはようございます。昨日はすみませんでした。」

「体調はもう大丈夫?」

「はい。大丈夫です。」

「無理はしないようにね。」

「はい。ありがとうございます。」

そして仕事が始まった。いつもと同じように黙々と作業をこなしていた。仕事が好きという訳ではなかったが、集中力のある蓮斗はそうすることで、例え短い時間でも春子のことを忘れられる気がしたのだった。そして休憩時間になり、なつと昼食を食べていた。

「蓮斗くん、薬飲んでる?よね?」

なつはまた周りを気遣い小声で聞いた。

「…」

「やっぱり!ちゃんと飲まないと症状も抑えられないよ?」

なつの声が少しばかり大きくなった。

「うん。わかってはいるんだ。でも…」

「でも?」

「春子はそうやって調整してた。」

「だから春子さんんは悪化したんじゃないの?」

「でも春子はそれで平気そうな日もあったよ。」

「だから悪化したんだよ。私でもわかるよ。」

「だけど…」

「もう一度言うね。だから悪化したんじゃないの?」

「たぶん…」

「じゃあ、どうして?」

「春子に会えるかなと思って…」

「春子さんにはもう会いないよ。」

「そうだよね…」

「うん!だからちゃんと処方された通りに薬を飲んで。」

「わかったよ。」

蓮斗はそうする気はなかった。やはり春子と同じことをすれば春子に会える、そんな気がしてならなかったのだ。そして仕事が終わり、蓮斗はコンビニでカッターを買って帰った。


 蓮斗は左腕を少し切ってみた。浅いせいか痛みはあまり感じなかった。もう一度切ってみたものの、痛みを感じることはなかった。

「春子…どうすれば痛いのかな…」

春子からの返事はなかった。

「もっと深く切れればいいのかな…」

春子からの返事はなかった。

「そもそも痛みなんて感じないものなの?」

春子からの返事はなかった。

「痛み云々ではなくて、春子に会いたいんだよ。」

それでも春子からの返事はなかった。


 翌日、蓮斗はいつものように仕事へ行った。左腕の傷を隠すためにリストバンドをしていった。内心ほっとした部分もあった。いつ誰にバレてもおかしくないと思っていたのだ。何故ならリストバンドは愚か、サポーターさえしている人が居なかったからだ。

「おはようございます。」

「おはよう。腕どうしたの?」

「少し手首が痛くて…」

「手作業だもんね。無理しないようにね。」

「ありがとうございます。」

色々な人にリストバンドをしていたことを気付かれ理由を聞かれたが、何とかリストカットだとはバレなかった。そして昼食はいつものようになつと食べた。

「ねぇ、腕…」

なつは周囲に悟られないようにと小声で話した。

「あぁ、これ?」

「切ったの?」

「…」

なつにはバレていた。

「少しだけ…春子に会えるかなと思って。」

「そんなことしたって春子さんには会えない。春子さん、悲しむよ。」

「そうなのかな…喜んでくれると思って。」

「もう!馬鹿じゃないの?いい加減にしなよ!」

なつは声を荒げて言った。

「ごめん。」

この会話がふたりの最後の会話になった。そして休憩時間も終わり、みんなは仕事に就いた。しかし、この日、なつは体調不良を理由に早退していたのだった。蓮斗は一緒に昼食を取ったなつの体調不良になど気付いてる余裕はなかった。


 翌日、蓮斗は仕事へ行くと、職場はざわついていた。

「おはようございます。どうしたんですか?」

「なっちゃんが…」

「なつさんがどうしたんですか?」

「亡くなったみたいなの…」

「え?どうして?」

「どうやら自殺したみたいなのよ、彼女…」

「え?本当ですか?」

蓮斗は驚きを隠せなかった。遺書がなかったため、自分への見せしめだったのか否かは定かではなかったが、自殺をすることのいけなさを教えたかったのだろうか。どうやら左手首を切ったようだった。春子と同じ死に方だった。


 その日、蓮斗は仕事が手につかなかった。それは職場の他のみんなも同じことだった。それからも話題はなつの話で持ちきりだった。休憩時間に入ると、いつも一緒になつと昼食を取っていた蓮斗の元へとみんなは集まり、何か知らないかなど色々と聞いてきた。蓮斗はそれに対して、理由はわからないと答えた。本当に理由が思い浮かばなかったからだ。自分への見せしめかもしれないと少しは思ったものの、そんなことを口にすることなど出来なかった。


そしてなつの葬儀の日、蓮斗は春子の葬儀に参列しなかったように、なつの葬儀に参列することはなかった。きっと心のどこかに恐怖心があったのだろう。自分のせいで死なせてしまったという自己嫌悪にも似た想いがあったのだ。


なつさん 今どこに居ますか?

なつさん 今何をしていますか?

なつさん 今誰と居ますか?

なつさん 今幸せですか?

なつさん 僕を覚えていますか?

なつさん 僕と会いたいですか?

なつさん どうしたら会えますか?



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