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第8話

 病院へ着くと蓮斗は呼ばれるのを待っていた。

「蓮斗さん、三番の診察室へお入りください。」

すると蓮斗は三番の診察室へ入っていった。

「今日はどうされましたか?」

「また僕を呼ぶ声が聞こえたんです。仕事を早退させられて病院へ行くように勧められました。」

「そうですか…」

「あれから何回も蓮斗さんを呼ぶ声が聞こえますか?」

「いえ、今日で二度目なんです。でもはっきりと…」

「その方は亡くなった方ですよね?」

「…はい。」

「恐らく統合失調症だと思います。幻覚などは見えたりしませんか?」

「いいえ。僕を呼ぶ声が聞こえるだけです。」

「わかりました。もし幻覚を見るようになったら教えてください。あと通院した方が良さそうですね。来週また診察に来てください。」

「はい。わかりました。」

その日の診察は終わった。そして以前より薬の量が増えたのだった。統合失調症とは主に幻聴や幻覚が見えることが多いらしい。そして酷い鬱状態に陥ると希死念慮が湧いてくることもある病気だ。

それから時間があったので、久しぶりに東京の街をふらふらして家路へと着いた。蓮斗は東京の街をふらふらしていれば、また春子に会えるかもしれない…心のどこかでそう思っていた。しかし、携帯電話を落とす女性は愚か、当然春子の影も姿もそこにはなかったのだった。


 翌日、蓮斗はいつもと同じように仕事へ行った。そしていつもと同じように黙々と作業をしていた。こうすることで時間だけは流れていった。職場の人たちは蓮斗の様子がおかしかったことを直接聞くことはなかった。休憩時間は相変わらずなつと昼食を取っていた。

「昨日、どうだった?」

なつは周りの人間に気付かれないように気を遣い小声で聞いた。それに蓮斗も小声で答えた。

「薬が増えました。あと通院することになりました。」

「そっか。悪化しちゃったんだね。」

「みたいですね…」

「週末空いてる?」

「はい。またデートですか?」

「あはは。バレてたね。」

「大丈夫ですよ。」

「そしたらいつも通りでいいかな?」

「え?」

「蓮斗くんの家に行ってもいい?」

「うちで良ければ…」

「じゃあ、決まり!」

そうしてふたりはまた会う約束をしたのだった。しかし、なつの強引さは蓮斗にとっては今はすごく救いだったのだ。これだけの明るさを持った人間が他には居なかったからだろう。職場で何かあれば助けてくれるだろうとも思っていた。今、なつを失ってしまえば蓮斗はどうにかなってしまうだろうと自覚していた。しかし、なつに恋愛感情は持っていなかった。


 それから週末が訪れた。約束の時間になつはやってきた。前回と同じようにTシャツにジーパンというラフな格好だった。そして蓮斗の家へと向かった。家へ着くと蓮斗はこう言った。

「僕に聞こえたのは幻聴だと思いますか?」

「はっきり言うね。」

「はい…」

「幻聴だよ。」

「でも…」

「幻聴だよ。」

「…」

「忘れなよ。」

「でもはっきり聞こえるんですよ?」

「それでも幻聴なんだよ。もう春子さんのことは忘れて。」

「…」

「私じゃ、ダメ…?」

そう言ったなつは蓮斗にキスをした。

「…」

「私ね、蓮斗くんのことが好きなの。」

「僕は…」

「そういうはっきりしないところも。」

「今は春子のことで頭がいっぱいなんです。」

「わかってるよ。だから幻聴が聞こえるんだよ。」

「幻聴…」

「そう、幻聴。」

「…」

「だから忘れて、春子さんのこと。」

そう言うとまたなつは蓮斗にキスをした。今度は舌を入れてきた。深いキスだった。

「なつさん…」

蓮斗はなつの身体に触れた。

「いいよ?」

そして蓮斗は少しずつなつの身体に触れ胸を触り、少しずつ下の方へと手を伸ばしていった。それからふたりはひとつになった。なつは嬉しそうだった。春子と同じように好きな人に触れられることは幸せなのだろうか。それは春子だからなのか、なつだからなのか、女性とはそういうものなのか蓮斗にはわからなかった。


 翌朝、なつは蓮斗の隣に居た。蓮斗は隣になつが居て安心した。ひとりで居ることが寂しかったということもあるが、きっと不安だったのだ。

「おはよう。」

「おはようございます。」

「もう敬語やめなよ。」

「じゃあ…おはよう。」

「よし!」

「なんか違和感あるな。」

「そう?」

「私のが年下なんだし気にしないで。」

「うん。でも先輩だから。」

「職場ではね…でももう敬語はやめようよ。」

「うん。」

「あ、もちろん職場でもね!」

「いいの?」

「もちろんだよ。」

「じゃあ、そうするね。」

「蓮斗くんもその方が話し易いでしょ?」

「そうだね。」

「でしょ?」

「でもやっぱり職場では敬語の方がいいよね?」

「誰も気にしないよ、そんなこと。」

「そうかなぁ。」

「そうだよ。」

「だから職場でもこれからは敬語使わなくていいよ。」

「うん。」


 そして夜になり、蓮斗はなつを送っていこうとしたその時だった。どこからか春子が蓮斗を呼ぶ声が聞こえたのだった。それは薄っすらと頼りないものだったが、蓮斗の耳にはハッキリと聞こえた。

「蓮斗…蓮斗…」

「春子!」

蓮斗には確かに春子の声が聞こえた。

「蓮斗くん、幻聴だよ!」

「いや、でも確かに…聞こえたでしょ?なつさんにも…」

「ううん。私には聞こえないよ。」

「でも…」

「蓮斗くん、薬は?」

「これです。」

そう言うとなつは蓮斗に薬を飲ませ、ベッドへ寝かせた。

「少しゆっくりしなよ。ね?」

「うん。」

気付くと蓮斗は眠っていた。その間に置手紙を残しなつは帰っていった。

置手紙には「お大事にね。」と一言だけ書かれていた。なつのそんな優しさに蓮斗は少し惹かれ始めていたが、やはり春子への想いの方が勝っていた。



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