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第6話

 そして約束の日が訪れた。約束の時間になるとなつは蓮斗の前に姿を現した。いつもは作業着のなつは女性らしい服装をしていた。その日はフリルの着いたチュニックに、膝より少しばかり短いスカートに、パンプスを履いてきたのだった。それを見た蓮斗は少しばかりドキッとした。

「ねぇ、蓮斗くん、どこ行こうか。」

「とりあえずお茶でもしませんか?」

「よし!決まり!」

そう言うと喫茶店に入った。ふたりはコーヒーを注文した。

「蓮斗くん、今彼女は居る?」

この質問に蓮斗は少しばかり戸惑いを隠せなかった。しかし、なつの明るい問いかけ方に蓮斗は悪い気はしなかった。

「いえ、居ませんよ。ほら、前に職場で…あれ以来居ません。」

「私、立候補しちゃおうかな。」

蓮斗は春子との件について触れられなくて良かったと思った。問われてしまえばきっと春子の面影を思い出してしまいそうだったからだ。新しい恋が出来れば春子のことが頭から離れる、そう感じていたのだ。

「あはは。僕なんかやめておいた方がいいですよ。」

「それは私、フラれたみたいだね。」

そんな会話をしていると注文したコーヒーが運ばれてきた。蓮斗はブラック、なつは砂糖を少量だけ入れていた。

「砂糖だけ入れるんですか?」

珍しく思った蓮斗は聞いた。

「そうなの。変でしょ?私…」

「いいえ。」

「そんなに気を遣わなくていいよ。」

「正直、珍しいなと思いました。」

「あはは。やっぱりね。」

「はい。」

「クリームだけ入れる人は多いけどね。」

クリームと砂糖を大量に入れられていたら蓮斗はきっと春子を思い出していたのだろう。そうではなかったので、蓮斗は少しほっとした様子だった。


 少しばかり平穏を取り戻したとはいえ、まだ春子を忘れ切れなかった蓮斗になつの明るさは救いだった。

「蓮斗くん、仕事は慣れてきた?環境も決して悪くないでしょ?」

「はい。お蔭様でだいぶ慣れました。環境も悪くないと思います。」

「良かったー。私、あれでも緊張してたんだよ?」

「本当ですか?」

「うん。本当だよ。」

「そうは見えませんでしたよ。」

「これでも結構人見知りするんだ。」

「嘘だ…」

「今、嘘だって言ったでしょ?」

「…は、はい。」

「ふふふ。」

「でも本当ですか?」

「うん。でもね…」

「でも?」

「不思議と蓮斗くんにはそんなに人見知りしなかったな。」

「はぁ…」

「ねぇ、そろそろお店出ない?」

「はい。どこか行きたいところありますか?」

「うん。映画が観たいなって…ダメかな…」

「いいですよ。」


 それからふたりは映画館へ向かった。その時に流行っていた恋愛ものの映画を観た。ある女性が勇気を出して告白をするというベタな結末を迎えるストーリーだった。

「面白かったね。」

「はい。ベタな恋愛映画でしたけどね。映画館なんて何年ぶりだろう…」

「私も何年ぶりだろう。私もあんな恋したいな。」

「なつさんも恋人居ないんですか?」

「いないよー。私モテないもん。」

「そうですか?明るいし人当たりもいいし…モテそうなのに。」

「蓮斗くんこそモテそうじゃん。」

「いいえ。僕は…根暗ですし。」

「話変わるけど蓮斗くんの家行ってもいい?」

「散らかってるけど、それでも良ければ…」

「じゃあ、決まりだね。ここから近いの?」

「はい。そんなに遠くはないですよ。」

そしてふたりは蓮斗の家へと向かった。


 蓮斗の家へ着くと、春子が来た時のようにニルバーナをかけた。蓮斗はこの時、少しばかり春子が来た時のことを思い出していた。

「これなんていうバンドだっけ?」

「ニルバーナですよ。」

「あぁ、そうだ。少しだけ聴いたことはあるよ。好きなの?」

「はい。いつもこればかり聴いてますよ。」

「飽きない?」

「はい。なつさんはどんなのが好きなんですか?」

「私?私は音楽はあまり聴かないから詳しくなくて…」

「そうなんですね。」

「色々な音楽教えて欲しいな。」

「僕もニルバーナ以外はあまり詳しくなんです。」

「でも嫌いじゃないよ、ニルバーナ。」

「それなら良かったです。」

「ねぇ…」

「なんですか?」

「蓮斗くんてどんな人が好み?」

「うーん…特にこれといって好みはないです。」

蓮斗の好みは春子のようなタイプだったが、そんなことは当然言えなかった。話せばきっと春子の話題になってしまうと思ったからだ。

「そっか。」

「はい。」

「ちなみに彼女どれぐらい居ないの?」

「二~三ヶ月ぐらいですかね…」

「なんで別れちゃったの?」

蓮斗は言葉に困った。

「…」

「聞かない方が良かったかな…」

「いいえ。どうしてもと言うなら…」

「聞きたいな。」

「双極性障害という病気の子と付き合っていたんです。それで…」

「それで?」

「彼女が自殺したんです。」

「…」

「あ、すみません…」

なつは聞かない方が良かったと思い少し後悔した様子だった。本当のことを平然と答えてしまった蓮斗は少し嘘をついた方が良かったのかとさえ思った。

「ううん。なんか変なこと聞いちゃったね。ごめんね。」

「いいえ。僕は大丈夫ですから。」

「まだ彼女のこと想ってるの?」

「…もう忘れなきゃと思ってます。だから新しい仕事にも就いたんですよ。」

「そっか…」

「何かを始めれば、少しは気が紛れるかなって…」

「それで今の仕事に?」

「はい。」

蓮斗は正直な気持ちをなつに話した。なつならきっとわかってくれると思ったからだ。今となっては蓮斗にとってなつは大きな存在…支えのようだった。

「そうだったんだ…」

「あ、外も涼しくなってきてそうだし、少し散歩でもしませんか?」

「うん。そしたら私帰るね。」

「はい。」

そう言うとふたりは少しばかり涼しくなった夏の夜を散歩して、蓮斗はなつを駅まで送っていった。

「じゃあ、また職場で…」

「はい。今日はありがとうございました。」

そしてなつは家路へと着いた。


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