第5話
梅雨も明け夏がやってきた。外からは五月蝿いぐらいの蝉時雨が聞こえた。蓮斗はまだ春子のことを引きずっていたが、少しずつ平穏を取り戻していた。そんな蓮斗は気を紛らわすためか定職に就こうと考え仕事を探し始めていた。求人誌を見ていると蓮斗にも出来そうな仕事を見つけた。そしてそこで働こうと考えたのだった。そしてそこへ電話をかけた。
「お忙しいところすみません。求人誌を見て電話をしたのですが、担当者の方はいらっしゃいますか?」
「お電話ありがとうございます。ただいま代わるので少々お待ちください。」
そして一分ほど待つと担当者が電話に出た。
「もしもしお電話代わりました。」
「あの、求人誌を見てお電話したのですが…」
「アルバイトですか?」
「はい。」
「それでは面接をしたいと思いますので明日の十五時はいかがでしょうか?」
「はい。大丈夫です。」
「それでは履歴書をご持参ください。」
「はい。わかりました。それでは失礼します。」
そう言うと電話を切った。そして蓮斗は履歴書を買い証明写真を撮るために地元のコンビニへ行った。
翌日、十五時に蓮斗は面接へ行った。
「すみません。十五時からの面接へ来た蓮斗と申しますが…」
「あ、こちらへどうぞ。」
そう言うと面接室へと通された。面接室と行っても薄い壁で仕切られているだけの空間だった。
「それではまず履歴書を見せていただけますか?」
「はい。」
「…」
担当者は履歴書を見てこう問いかけてきた。
「弊社を志望された動機は何ですか?」
「求人誌を見て、自分でも出来るかなと思いました。」
「どんなところがですか?」
「集中力があるので細かい黙々とやる作業が得意なんです。」
「なるほど…」
「…」
「何か質問はありますか?」
「いえ、特にないです。」
「それでは明日か明後日には電話で合否を連絡します。」
「はい。よろしくお願い致します。」
そして面接は終わった。翌日、電話は鳴らなかった。恐らく不合格になったのだろうと蓮斗は思った。しかし、その翌日、蓮斗の携帯電話が鳴った。
「もしもし。」
「蓮斗さんの携帯電話でしょうか?」
「はい。」
「先日は面接にお越しいただきありがとうございました。」
「こちらこそありがとうございました。」
「蓮斗さん、採用させていただこうと思うのですが…」
「ありがとうございます。」
蓮斗は何か打ち込めるものが欲しかったので嬉しかった。
「いつから来れますか?」
「いつでも大丈夫です。」
「それでは来週からお願いします。」
「はい。よろしくお願いします。」
そう言うと電話を切った。
アルバイトが始まるまでの一週間、蓮斗は春子のことで頭がいっぱいだったが、仕事に打ち込めば、持ち前の集中力で忘れることが出来ると思っていた。この時はそれが精一杯だったのだ。そう考えるとアルバイトとはいえ、少しばかり楽しみな部分があったのも正直なところだった。この時、夏本番とも言えるとても暑い季節だった。
そしてアルバイトの初日…
「じゃあ、まず一言挨拶をお願いします。」
「はい。蓮斗と申します。一生懸命やるのでよろしくお願いします。」
「それじゃあ、蓮斗くん、よろしく頼むよ。」
「はい。頑張ります。」
「なっちゃん!蓮斗くんに仕事を教えてあげてくれる?」
「はい。わかりました。」
「よろしくお願いします。」
「私はなつと言います。よろしくお願いします。」
「はい。僕は蓮斗と言います。」
「紹介されていたので知ってますよ。」
なつという女性が蓮斗の教育係になった。なつは恐らく蓮斗よりも年下だと思うが教育係になるぐらいだからきっとしっかりしているのだろうと思ったのだった。
「それじゃあ、まず…」
そうなつが言うと蓮斗は教わった通りに仕事をした。それからすぐに仕事を覚えた。そんなに難しい作業ではなかったのだ。そんな作業を繰り返しているうちに休憩時間に入り、蓮斗はなつと一緒に昼食を取ることになった。
「ねぇ、蓮斗くん、一緒にお昼食べない?」
「はい。」
「蓮斗くん、仕事覚えるの早いね。」
「ありがとうございます。」
「まだ若いからだよ。」
「いいえ。もう若くはないかと…二十八歳ですし。」
「え?私よりも年上だったの?」
「あ、やっぱり年下だったのですね。」
「なんだ、そう思ってたんだ…」
「あ、悪い意味ではないですよ。」
「ちなみに私は二十三歳だよ。」
「…」
なつは春子と同じ二十三歳の女性だった。
「どうしたの?」
「いえ、何でもないです。」
「あ、元カノと同じ年だったとか?」
「…」
蓮斗は返す言葉に困った。
「ごめん!聞かない方が良かったね。」
「いいえ。大丈夫です。」
「本当にごめんなさい。」
「いえいえ。」
「ごめん…」
「本当に気にしないでください。」
蓮斗は少しばかり春子のことを思い出した。それからも雑談をしていたが、なつは蓮斗の恋愛に触れることはなかった。昼食を取り終え、ふたりは仕事へ戻った。
「じゃあ、さっき言った通りにやってみて。」
「はい。こうでしたよね?」
「うん。そうそう。」
「…」
「蓮斗くん、仕事覚えるの早いよ。もう明日から一人で出来そうだね。」
「それはちょっと…」
「ちょっと?」
「不安です。」
「そうだよね。ごめんごめん。」
「あの…こういう場合はどうするんですか?」
「それはね…」
そんな会話をしながら蓮斗は作業を続けて、アルバイトの初日が終わった。帰宅した蓮斗は気疲れもありすぐに眠りに着いた。
翌日も蓮斗は同じように出勤して、なつに仕事を教わった。そして休憩時間に入り、ふたりはまた一緒に昼食を取った。
「蓮斗くん、今度デートしない?」
なつは誠実な蓮斗に惹かれていたのだ。まだ知り合って間もないが、仕事とは言え同じ時間を共にすることが多かったせいか、なつは蓮斗に興味を持ち始めたのだ。
「え?僕とですか?」
「うん!どこに行きたい?」
「あ、もう決定ですか…」
なつのペースの早さに蓮斗は正直戸惑いを隠せなかった。
「もちろん!家はどこ?」
「町田です。」
「じゃあ、町田でデートしようか。」
「はい。でもあまり面白い街ではないかもしれませんよ?」
「そんなことないよ。」
「そうかなぁ…」
「今週末は空いてる?」
「はい。」
「そしたら今週末に町田にしよう。」
なつは半ば強引に蓮斗とのデートの約束をした。
「時間はどうしますか?」
「十四時ぐらいがいいかな…どう?」
「はい。大丈夫ですよ。」
そして蓮斗となつはデートをすることになった。半ば無理矢理と言っても過言ではなかったなつの誘いに蓮斗は乗った。少しでも春子のことを早く忘れたいという思いがどこかにあったのかもしれない…