第4話
翌朝、蓮斗は春子よりも先に目覚めた。偶然、春子の薬の入った袋に目が留まった。昨日よりも明らかに大量に減っていたのだ。恐らく蓮斗が眠ったあとに春子がオーバードーズをしたのだろう。蓮斗との約束は破られたのだった。わずか一日も持つことなく。すると春子も目を覚ました。蓮斗は問いただした。
「オーバードーズ…したの?」
「…」
「ねぇ、したの?」
「…」
「ねぇ、答えてよ。約束したじゃん。」
「ごめんなさい。どうしても辛くなっちゃって。」
「薬は僕が管理するよ。」
「ごめんなさい。」
「昨夜オーバードーズしたのは僕のせい?」
「ううん。ただ辛くなっちゃって。」
「何がそんなに辛かったの?」
「わからない。」
「腕見せて。」
「…」
春子は長袖の部屋着をまくり、蓮斗に左腕を見せた。案の定、ゴミ箱からカッターを取り出しリストカットしていた。
「もう切らないで。」
「ごめんなさい。」
「どうして?また約束破ったんだね。」
「ごめんなさい。」
「そんなことだと好きでいられないよ。」
「…」
「心配してるんだよ?わかる?」
「うん…」
「もう帰るよ。」
「嫌だ。帰らないで。」
「どうして?」
「一緒に居て欲しいの。」
「わかったよ。心配だし…」
「ごめんなさい。」
そして蓮斗は優しく春子の頭を撫で抱きしめた。そして春子にキスをして、少しずつ身体を触り胸を触った。春子は蓮斗の誘いに拒むことなく、ふたりはひとつになったのだった。
「ねぇ、僕さ、春子と暮らすよ。」
「え?」
「心配だから。」
「ごめんなさい。」
「謝らないで。これは僕が勝手に決めたことだから。」
「ありがとう。」
「うちはそのままにしておくよ。」
「…いいの?」
「うん。居候?みたいな感じかな。」
「ありがとう。」
「心配なのもあるけど、春子のことが大好きだから。」
「嬉しい。」
「だから約束は守って欲しいんだ。」
「…」
「自傷行為はもうやめて。」
「…う、うん。」
春子の返事は頼りなかった。しかし、蓮斗はその頼りない返事を信じる他になかったのだった。
それから蓮斗は自分の家へ帰ることなく、春子の家に居候することになった。春子がアルバイトの時間は蓮斗は留守番をしていた。そうすることで、春子の病気を管理することになった。オーバードーズやリストカットをしないように見張っていたのだ。
そして春子は処方された通りの薬を飲み、リストカットもしないようになっていった。朝になると蓮斗はこう言った。
「今日は体調はどう?」
それが蓮斗の口癖になっていた。
「大丈夫だよ。」
それが春子の口癖になっていたが、実際はそうではなかった。明らかに春子の様子がおかしいと思う日もあった。それでも蓮斗は薬を大量に飲ませることも、リストカットを許すこともなかった。それだけ蓮斗は春子に夢中だったのだ。蓮斗はそうすることで、春子とずっと一緒に居られると思っていた。
桜も散り、もうすぐ梅雨かと言う時に事件は起こった。春子より先に眠りに着くことのなかった蓮斗が、春子よりも先に眠ってしまったのだ。春子は薬を大量に摂取した。そして新しく買ってきたカッターで手首を切っていたのだ。
そして翌朝、蓮斗が目覚めると、辺りは血塗れだった。恐らく今までよりも深く切ってしまったのだろう。蓮斗には嫌な予感が脳裏をよぎった。
「春子!」
「…」
「春子!」
「…」
春子から返事はなかった。蓮斗は救急車を呼んだ。すぐに救急車が駆けつけて来た。
「春子は大丈夫ですか?」
「…出血が多過ぎて助かるかわかりません。」
救急隊員ははっきりとそう言った。それから救急車で春子は病院へ運ばれた。この時すでに春子の息はなかった。蓮斗は涙を流すことなくただ唖然としていた。状況が飲み込めていなかったのだ。幼い頃に両親を亡くした蓮斗が、絶対に亡くしてはいけないと思った人を亡くしてしまうかもしれなかったからだ。そうすると医師がこう言った。
「ご家族の方ですか?」
「いいえ。」
「春子さんは助かりませんでした。出血多量が死因です。」
「…何とか輸血とかで助かりませんか?」
「すみません…何より出血が多過ぎたのと、それから時間が経ち過ぎたのが原因です。」
「…お願いします!」
「すみません…」
「…」
蓮斗は言葉を失くした。それから家族が病院に呼ばれたのだった。蓮斗は春子の家族が到着する前に病院を後にしていた。泣き崩れる家族を見ればきっと自分が両親を亡くしたことや、春子を亡くしたことを認めてしまうようで怖かったのだ。
春子の葬儀に蓮斗は参列しなかった。ようやく状況を飲み込めた蓮斗には衝撃的過ぎたのだった。蓮斗は何度後を追って死のうと思ったことだろうか。ただ蓮斗にはそんな勇気さえなかった。途方に暮れた蓮斗は軽い引きこもり状態になっていた。そんな日が何日も続いた。蓮斗はニルバーナの音楽を聴くことで落ち着こうとしていたが、同じくニルバーナが好きだった春子のことをたまに思い出しては泣いていた。春子もニルバーナが好きだったせいもあっただろう。それでも蓮斗はニルバーナの音楽を聴くことをやめることはなかった。
春子 今どこに居ますか?
春子 今何をしていますか?
春子 今誰と居ますか?
春子 今幸せですか?
春子 僕を覚えていますか?
春子 僕と会いたいですか?
春子 どうしたら会えますか?