第3話
「どこかふらふらしようか。」
「うん。ふらふらするのは好き?」
「うん。毎日のようにふらふらしてるかね。」
「そうなの?」
「うん。趣味みたいなものだよ。あ、ニルバーナを聴く以外の趣味があったかも…」
「そうだよ、それは趣味だよ。ふふふ。」
「そうかなぁ…」
「でも楽しいよね、街をふらふらするの。」
そう言ってふたりは街をふらふらと歩いた。特に何をする訳でもなく、ただただ街を歩いた。すると春子はこう言った。
「ねぇ、私の彼氏になって…」
突然の発言だった。
「え?」
蓮斗は思わず聞き返した。
「ダメ?かなぁ…」
「僕で良ければ…」
蓮斗は嬉しかった。ふたりは付き合うことになった。そして春子はこう言った。
「今日、うちに来ない?」
「いいの?」
「うん。散らかってるけど。」
「うちよりは綺麗でしょ?」
「蓮斗の家の方が綺麗だと思うよ。」
「そうかな。」
「そんなことないよ。」
そんな会話がふたりの間で続いた。陽も暮れてきた頃、ふたりは初めて会った場所を後にした。そして電車の中でこんな会話をしていた。
「蓮斗の両親てどんな人?」
「僕が子供の頃に事故で死んじゃったんだ…」
春子は聞いてはいけないことを聞いてしまったと思った。
「ごめんね…」
「謝ることないよ。気にしないで。」
「うん…」
「春子の両親はどんな人?」
「私の両親は…普通かな。」
「そっか。」
「蓮斗…聞いてもいい?」
春子は先に触れてもいいものか聞いてきた。
「いいよ。」
「蓮斗はどうやって育ってきたの?」
「孤児院で育ったんだ。」
「そうだったんだ。」
「うん。両親亡くしてるけどグレなかったよ。」
「そうだね。良い子に育ったんだね。」
「両親居ないとグレる人多いでしょ?」
「うん。確かに。」
「だから珍しい方かなって。」
「あはは。自分で言ってる。」
「蓮斗ってそういうところ面白い。」
「そう?」
「ちょっと天然だよね。」
「あはは。そうかなぁ…」
そしてふたりはそれから春子の家へと向かった。駅から春子の家までは少し距離があった。
「ここがうちです。」
「へぇ…お邪魔します。」
「ね?散らかってるでしょ?」
「そんなことないよ。うちよりは綺麗だよ。」
春子の部屋へ入ると、テーブルの上には大量の薬が入った袋とカッターが数本置かれていた。いたたまれなかった蓮斗はこう言った。
「カッター、捨てなよ。」
「でも…」
「もう自分を傷付けないで欲しいんだ。」
「うん…わかった。」
「好きな人が自分を傷付けてたら悲しいでしょ?」
「うん…そうだよね。」
そう言った春子はカッターをゴミ箱に捨てた。春子はカッターを捨てたものの、また拾うことや、捨てられてしまえばまた買うことを考えていたのだった。たかがカッターのひとつやふたつの話はどうってことはなかった。
「薬はちゃんと飲んでるの?」
「…ううん。ついオーバードーズしちゃう…」
「良くないよ。」
「わかってはいるの。でも薬ないと辛くて。」
「それは飲まない日もあるっていうこと?」
「うん。そうだよ。飲まないと薬が余るでしょ?だから辛い時に大量に飲んでしまうの。」
「それも良くないよ。」
「でも双極性障害は治らないんだよ?」
「そういう問題じゃないよ。ちゃんと処方された通りに飲めば症状は抑えられるんでしょ?」
「うん、たぶん…でもそれでも足りないことがあるから。」
「そういう時は先生と相談してごらんよ。」
蓮斗はそれ以上何も言えなかった。双極性障害という病気を…春子を理解してあげられるのか不安だった。そして何より失いたくなかったのだ。幼い頃に両親を亡くした蓮斗は、またひとりぼっちになってしまうかもしれない…そう思ったのだった。
「ねぇ、蓮斗、今日泊まっていく?」
「いいの?」
「うん。」
「嬉しいな。」
「…」
「私ね、蓮斗が好き。」
「僕も春子が好きだよ。だからちょっときついこと言ったのかもしれない。」
「そんなことないよ。蓮斗が私を想ってくれたから言ってくれたんでしょ?」
「うん。」
「蓮斗…」
「なぁに?」
「ありがとう…」
すると春子は蓮斗にキスをした。そして口の奥深くまで下を入れ舐め合った。蓮斗は少しずつ春子の身体に触れていった。春子は拒むことなく嬉しそうな表情を浮かべていた。好きな人に触れられる、それが春子にとって、女性には幸せと呼べる、そういうものだと蓮斗は思った。それからふたりはひとつになった。
それからその一日に疲れた蓮斗は気付くと眠ってしまっていた。心配な春子をよそに…これが不覚だったのだ。