第24話
シンジは家へ帰るとニルバーナの音楽を大音量で流し、その日に処方された薬を全部飲んでしまった。ユキを忘れたい一心でオーバードーズをしてしまったのだ。中には睡眠薬もあり、気付くとシンジは眠ってしまっていた。そしてあおいが帰ってきた。
「ただいま…シンジ!」
倒れているシンジに気付いたあおいは声を荒げた。
「シンジ!」
「…ん?」
シンジが目を覚ました。
「良かった…」
「僕、眠ってたの?」
「そうみたい…だね。」
「そっか。」
「とりあえず音楽止めるね。」
「うん。」
「良かった。本当に良かった。」
「ユキ…」
「私はあおいだよ。」
「ユキ…」
「シンジ!」
「ユキ…会いたいよ…」
「しっかりしてよ!」
「ユキ…」
「今日の薬は…?」
「ユキ…」
「え?これ…」
その日に処方された薬の入れ物のゴミをあおいは発見した。
「ねぇ、ユキ、会いたいよ。」
「これ全部飲んだの?」
「ユキ…」
「もうその名前は呼ばないで…」
「…」
シンジは少し正気を取り戻した。
「シンジ!大丈夫?」
「…う、うん。」
「良かった…」
「ユキ…」
「もう!やめてよ。これ以上、ユキって呼ばないで。」
「じゃあ、どうして僕と一緒に居るの?」
「シンジが好きだから。」
「じゃあ、病気のこともわかってよ。」
「わかってあげたいよ。でもこれ以上は私も限界かもしれない。」
あおいはハッキリとそう言った。
「僕のどこが好き?」
「…実はね、初恋の人に似てるの。」
「え?」
「ごめんね。どうしても言えなくて。私もシンジと同じなの。」
「そんなの嫌だよ。僕はシンジだよ。ユキが大好きな…」
「もう…限界…」
そう言うとあおいは果物ナイフを手に取った。その刃の先をシンジへと向けた。
「!」
シンジはそれに気付いたが何も言わなかった。
「ごめんね、シンジ…」
すると果物ナイフの先が少しずつシンジの腹部へ突き刺さっていった。
「う…」
「すぐ終わるからね。私だけのモノになってね。」
「…」
「シンジ、大好きだよ。」
「…」
シンジは抵抗する様子もなかった。むしろ嬉しささえ覚えたのだった。これでユキに会える、そういう想いがあったのだ。
「あと少しで会える…」
シンジはこう言った。辺りは血塗れになっていた。それでもあおいは手を離さなかった。シンジは早くユキに会いたかった。
「ユキ…大好きだよ。」
「もうすぐユキさんに会えるよ、シンジ。」
「…」
「嬉しい?」
「う…」
「それでね、シンジは私だけのモノになるの。」
その時すでに果物ナイフの刃は、シンジの腹部の奥まで刺さっていた。
「…」
「これでお互いに幸せ…本当に幸せになれるんだよ。」
「ユ…キ…」
そしてシンジは血塗れになって床に倒れこんだ。
「シンジ…ユキさんとお幸せにね。ふふ。」
「…」
もうすでに息の止まったシンジからの返事はなかった。シンジを殺したあおいは悪びれる様子もなかった。それどころか少し満足気だった。
ユキ 僕もそっちへ逝くよ
ユキ やっと会えるね
ユキ 僕を覚えている?
ユキ やっと会えるね
ユキ 君の香りを探すよ
ユキ やっと会えるね
ユキ 君を愛しています
翌朝、あおいは警察に電話をかけた。
「私、人を殺しました。」
「え?」
「今から出頭します。」
そう言うとあおいは警察に出頭した。
「誰を殺したんですか?」
「シンジ…と初恋。」
「え?」
刑事は聞き直した。
「シンジという同棲してた彼氏と初恋です。」
「初恋の人を殺したのですか?」
「いいえ。だからシンジです。あと初恋。」
「…」
刑事は戸惑った様子だった。
「ふふ。私、悪いことしてないですよ。」
「いいえ。あなたは罪を犯しました。」
「シンジはユキさんと会うことを望んでいたから…」
「ユキさん?」
「はい。シンジが好きだった人です。ユキさんは自殺して亡くなったそうです。その人にずっと会いたがってましたから。」
あおいの所持品から精神科の診察券が見つかった。刑事はその病院の医師に話を聞くことにした。
「あのですね…あおいさんという方が、ある人…同棲していた彼氏を殺したんですが…」
「あぁ、あおいさんですね。彼女はサイコパスという精神疾患で通院していたんですよ。」
「そうだったのですね…」
「サイコパス…かぁ…」
あおいはユキと同じサイコパスだったのだ。それからあおいは精神鑑定にかけられることになった。
そしてシンジの葬儀が行われた。当然、そこにあおいの姿はなかった。出頭していたので、刑務所に入っていたという理由もあるが、例えそうでなくても恐らく葬儀には参列しなかっただろう。シンジが死んだという事実は理解していても、シンジが自分だけのモノになったという優越感で満たされていたからだ。わざわざそこでシンジと会う必要がないと思ったことだろう。
精神鑑定にかけられたあおいは間違いなくサイコパスだという結果が出た。サイコパスという結果が出たので責任能力が問われる。そのためどんな刑が出るのかは、裁判所や弁護士次第ということになるだろう。非常に難しい裁判になることだろう。それは遺族や弁護士が思っていたことだった。裁判が始まると、予想通り難しい裁判になった。遺族は死刑を求刑していた。これは当然のことだ。遺族、シンジの父や母にとってはどうしても許すことが出来なかったからだ。
サイコパスという精神疾患に侵されていたユキが好きだった蓮斗はニルバーナが好きで統合失調症だった。そのユキを好きだったシンジは皮肉にも蓮斗と同じくニルバーナが好きで、蓮斗と同じ統合失調症に侵されていた。そしてユキを自殺で亡くし、あおいに殺されたシンジが好きになったあおいは、皮肉にもユキと同じサイコパスだったのだ。
シンジ これで貴方は私だけのモノね
シンジ 私はすごく嬉しいの
シンジ これで貴方は私だけのモノね
シンジ 私はすごく楽しいの
シンジ これで貴方は私だけのモノね
シンジ 私はすごく幸せなの
シンジ 貴方を愛しているわ 永遠に
此処は東京。廻る廻るメランコリー…




