第21話
あるホテルへふたりは入った。ふたりはベッドの上へ座った。そしてユキの時と同じように、シンジはあおいの髪を触りキスをした。少しずつ舌を入れて絡めた。ユキと同じ味がした。コーヒーのせいだろうか。それともユキに似ているからだろうか。そう感じたシンジはあおいの身体を少しずつ触り始めた。あおいはすごく嬉しそうな表情を浮かべていた。それを見たシンジは、自分が好かれていると確信した。そしてふたりはひとつになった。
「ねぇ、あおいさん…」
「なぁに?」
「僕と付き合ってくれる?」
「はい…」
あおいはひとつ返事でそう返した。
「本当に?」
「ほーんーとー!」
「あはは。あおいさん可愛いよ。」
「そう?たまに言われる。」
「自分で言っちゃう?」
「うん。」
ふたりは幸せだった。ただシンジはやはりあおいにユキを重ねていたのだ。しかし、それを決して口にすることはなかった。口にすればふたりの関係は壊れてしまう…それがわかっていたからだ。そして翌朝、ふたりはホテルを後にして、あおいは仕事へ、シンジは通院の日だったので病院へ向かったのだった。
病院へ着いたシンジはいつものように呼ばれた。
「シンジさん、診察室へお入りください。」
「はい。」
そしてシンジは診察室へ入った。
「その後、調子はいかがですか?」
「調子は良いと思います。」
「ユキさんの幻覚は?」
「最近はなくなりました。」
「何かありましたか?」
「はい。彼女が出来ました。」
「そうですか。良かったですね。」
「はい。ユキにそっくりな子なんです。」
「それは良かったですね。」
「はい。」
「では少し薬を減らしていきましょうか。」
「え?いいんですか?」
「はい。真面目に治療をしている方には、こちらもそういう対応をさせてもらってます。」
「そうですか…良かった…」
「それでは次からは二週間に一度にしましょう。」
「はい!」
シンジは病状が良くなってきていること、ユキに似た彼女が出来たことで嬉しかった。
「でもまだ仕事はしないでくださいね。」
「どうしてですか?」
「また悪化する可能性もあるので。」
「はい。わかりました。」
「薬もちゃんと飲むようにしてくださいね。これも守らないと悪化する恐れがありますから。」
「はい。」
そういうと処方箋を出され病院を後にした。
そしてその夜、シンジはあおいに電話をかけた。
「もしもし。」
「はい。どうしたの?」
「特に何でもないよ。声が聞きたくて。」
「ふふ。嬉しい。あ、病院どうだった?」
「病状は良くなってるみたい。最近は幻覚も減ったし。」
「良かったじゃん!」
「うん。あおいさんのおかげだよ。薬の量も減ったよ。」
「すごいね、シンジさん。」
「そう?ねぇ、お互い「さん」付けするのやめようか。」
「うん。シンジ。」
「あおい。」
「ちょっと違和感…」
「すぐ慣れるよ。」
「そうかな。」
「うん。明日は仕事?」
「うん…」
「仕事終わった後にうちに来ない?」
「いいよ。」
「じゃあ、仕事終わったら職場まで迎えに行くよ。」
「あ、道覚えてるから大丈夫だよ。」
「そう?じゃあ、待ってるね。」
「あ、私、明日早番だからもう寝るね。」
「そっか。おやすみ、あおい…」
「おやすみ、シンジ…」
そう言うと電話を切った。ふたりは幸せを満喫していた。
そして翌日、夕方が終わる頃あおいはシンジの家へ着いた。
「お邪魔します。」
「どうぞ。」
「うち散らかってるでしょ?ごめんね。適当に座って。」
「散らかってないよ。まだ綺麗な方だと思うよ。」
「そうかな。」
「うん、私は大丈夫だよ。」
「ねぇ、シンジ…」
「ん?」
「シンジの病気は治るの?」
「あぁ、どうなんだろう…でも症状が良くなってきてるみたいだから。」
「そっか。治るといいね。」
「うん。」
統合失調症もそうだが、精神疾患というものは完治ということが珍しいものだ。薬で抑える対症療法で精一杯なものが多い。シンジは薄々勘付いていた。
そしてシンジはこう言った。
「コーヒー飲む?」
「うん。ありがとう。」
「クリームと砂糖を少しずつだよね?」
「うん。よく覚えてるね。」
「それぐらい簡単なことだから。」
「そっか。」
シンジがあおいのクリームと砂糖の量を覚えていたのは、言うまでもなくユキと全く同じだったからだ。
そうこう話しているうちに夜が更けた。この日の夜はとても寒く、外は雪化粧で飾られていた。
「ねぇ、シンジ。私、シンジと一緒に暮らしたいな。」
「え?」
「ダメかな…」
「ここの家で?」
「うん。」
「僕は大歓迎だよ。」
「良かった。」
「じゃあ、不動産屋に行って今の家の解約してくるね。」
「うん。一緒に行こうか?」
「ううん。大丈夫。」
「そっか。」
そしてふたりは同棲を始めることになった。あおいは次の休みの日に、今の家の解約手続きをしてきた。
「すみません、今の家を解約したいのですが…」
不動産屋であおいは言った。
「いつですか?」
「出来れば早く…」
「月毎の更新なので、今月いっぱいになってしまいますがよろしいでしょうか?」
「はい。ではそれでお願いします。」
そう言うと解約の手続きを済ませた。




