第20話
そして火曜日の十三時にふたりは合流した。そしてあおいが働いてる喫茶店とは別の喫茶店に入った。
「はじめまして…じゃないですね。僕はシンジと言います。」
「私はあおいです。この前、名札見せましたよね?」
「はい。覚えてますよ。」
ふたりはコーヒーを注文した。すぐにコーヒーが運ばれてきた。シンジはブラックで、あおいはクリームと砂糖を少しだけ入れていた。ユキにそっくりだった。ユキにそっくりなあおいに、シンジはふたりを重ねて見ていたのだった。
「あのシンジさん、聞いてもいいですか?」
「何ですか?」
「どうして私をユキと呼んだのですか?」
「あの…実は好きだった…好きな人にそっくりで…すみません。」
「元カノさんとかですか?」
「いえ。付き合ってはいませんでした。片想いでした。」
「そうだったんですね…」
「それで…」
「それで?」
「僕の目の前で自殺しました。」
「え…」
シンジは一瞬、言わない方が良かったかと思った。
「私、ユキさんに似てますか?」
「はい。見間違えるぐらいですから。あとコーヒーに入れたクリームと砂糖とか…」
「そうですか…」
「はい。すみません。」
「ただひとつだけ言わせてください。」
「何ですか?」
「私はシンジさんと会いたいと思ったから会ったんです。だからユキさんを重ねないで欲しいんです。」
「はい。似てるとは思いますが重ねてはいません。ユキはもうこの世には居ませんから。」
シンジは嘘をついた。明らかに似ているユキとあおいを重ねて見ていたからだ。
「それなら良かった。」
「あおいさん、おいくつなんですか?」
「私は二十五歳です。」
シンジはあおいが二十歳でなくて良かったと思った。同じ年齢ならきっと、もっと重ねて見てしまうと思ったからだ。
「あ、僕は二十八歳です。」
「お仕事は何を?」
「今は通院するだけの生活をしていて…」
「変なこと聞いてしまいましたね。すみません。」
「いいえ。事実ですから。」
「早く良くなるといいですね。」
「あの…また会ってくれますか?」
「はい。もちろんですよ。」
「本当ですか?」
「ええ。嘘ついてどうするんですか?」
「いえ…僕なんかと…と思って。」
「素敵ですよ、シンジさん。」
「そうですか?照れますね。」
そんな会話をしていると時間はあっという間に経ち十七時を回っていた。
「ずいぶん長居しましたね。そろそろ出ましょうか…」
「はい。」
そう言うとふたりは喫茶店を後にした。シンジはあおいとユキを重ねていないと言ったがそれは嘘だった。ここまでソックリなあおいとユキを重ねざるを得なかった。自分の苦しみから解放されたい一心だったのだろう。もちろんあおいには失礼だという罪の意識はあった。それから少し街を歩いてふたりは家路へと着いた。
その夜、シンジはあおいに電話をかけた。
「もしもし、シンジです。」
「はい。」
「あの…あおいさんの喫茶店に行ってもいいですか?」
「もちろん!是非いらしてください。」
「良かった。では明日行こうかな…」
「はい。いつでもいらしてくださいね。仕事中なのでお話は出来ませんが。」
「わかってますよ。邪魔しないように行きますね。」
「ふふ。なんかシンジさんて面白い方ですね。不思議な方ですよね。」
「…」
「あ、悪い意味ではありませんよ。」
「それなら良かったです。あの次の休みの日は空いていますか?」
「はい。次はまた来週ですが…どこか行きますか?」
あおいからの誘いが来るとは思わなかったシンジは正直驚いた。
「え?いいんですか?」
「はい。もっとシンジさんとお話してみたいですから。」
「本当ですか?」
「ええ。」
「場所と時間はどうしましょうか?」
「シンジさんにお任せしますよ。」
「じゃあ…」
「じゃあ?」
「どうしよう…」
「ふふふ。」
「じゃあ、新宿でも行きませんか?ふらふらしたり…」
「はい。あまり詳しくないので案内してくださいね。」
「僕もそんなに詳しくないですが…」
「じゃあ、適当にふらふらしましょう。」
「そうですね。」
「じゃあ、十三時に待ち合わせしましょう。南口で。」
「はい。じゃあ、来週…あ、明日でしたね。」
「はい。ではまた明日…」
そう言うと電話を切った。シンジは少なくとも嫌われてはいないことがわかり嬉しかった。
そして翌日、シンジはあおいの勤めている喫茶店へ行った。しかし、そこで仕事中のあおいと会話をすることはなかった。シンジはひとりきりでコーヒーをブラックで飲んでいた。少しはあおいと話せるかなという期待も虚しく店を後にした。
ふたりの約束の日が訪れた。十三時に新宿駅の南口でふたりは合流した。
「どこ行きましょうか?」
「そうですね…シンジさんにお任せします。」
「じゃあ、適当に歩きましょう。どこか入りたいお店あったら言ってくださいね。」
「はい。」
「あ、もう敬語とか使うのやめませんか?」
「え?シンジさん、年上だし気まずいです…」
「僕は気にしないですよ。」
「それなら…」
「じゃあ、敬語はやめましょう。」
「うん!」
ふたりの距離が少しばかり縮まった気がしたシンジは嬉しかった。シンジだけでなく、あおいも嬉しかったのだった。それからふたりは新宿の街をふらふらして周った。特に行く当てもなく、ただ会話をしながら歩き周った。そして時折、洋服屋や雑貨屋を覗いてみて周った。それでもふたりは楽しかった。するとあおいがこう言った。
「どこか入らない?喉渇いちゃった。」
「うん。じゃあ、あそこの喫茶店に入ろうか。」
「そうしよう。」
そしてふたりは適当に選んだ喫茶店に入った。ふたりはコーヒーを注文した。シンジはブラックで、あおいは少しだけクリームと砂糖を入れた。いつもと同じ…ユキの時とも同じ光景に、やはりシンジはあおいとユキを重ねてみてしまった。
「ねぇ、シンジさん…病状はどう?」
「あぁ、安定してきていると思うよ。」
「どんな病気なの?」
「うーん…症状は人それぞれらしいけど、僕の場合は幻覚が酷いのかな。」
この時、統合失調症について詳しくは話さなかった。あおいが離れていってしまう気がしたのだ。
「ユキさんの?」
「うん。」
「そっか。」
「急にどうしたの?」
「うんとね、まだ引きずってるのかなと思って…」
シンジはあおいが自分に少なからず好意を寄せていることがわかった。
「引きずっていないと言ったら変かな…」
「どういうこと?」
「幻覚を見ることがあるから…」
「それは病気のせいでしょ?そうではなくて。」
「あぁ、忘れないとね。あおいさんが居るから…なんて。」
「…嬉しい。」
「え?」
「うーれーしーいー!」
シンジにはハッキリと嬉しいと言われたのが聞こえたが聞き返した。
「え?」
「もう言わない!」
「あはは。あおいさん面白い。そういうところ好きだよ。」
「もう!」
「あはは。」
ふたりの談笑が終わる頃、時間は二十時を回っていた。
「これからどうしようか…」
「シンジさんにお任せ。私はどこでも何でもいいよ?」
あおいに誘われているような気がしたシンジは思い切ってこう言った。
「ホテル…行かない?」
「え…」
「やっぱり嫌だよね。ごめん。」
「ううん。いいよ。」
するとふたりは喫茶店を後にして、新宿のホテル街へ消えていった。ホテル街は夜でも明るいネオンを発していた。ここぞとばかりに客を誘うかのようだった。




