第13話
「ただいま。」
「お疲れ様。」
「体調は?」
「大丈夫だよ。ありがとう。」
「良かった。心配したよ。」
「明日は大丈夫かな。」
「今日はいつもより疲れたから早く寝るね。」
「うん。」
そして秋江が眠ると、蓮斗は浮気をしてしまった罪の意識から逃れるためオーバードーズをした。そして左腕にリストカットをした。いつもより傷は深かったが、痛みはほとんどなかった。
翌朝、蓮斗がリストカットをしたことに気付いた秋江は蓮斗にこう言った。
「どうして?折角良くなってきているのに…」
「ごめん…」
「これじゃあ、私が今までしてきたことの意味がなくなるじゃん!」
秋江は怒っていた。当然だった。
「もうしないって約束してくれる?」
「…」
「どうして何も言わないの?」
「正直、約束出来る自信がないんだ。」
「そう…」
「どうしても苦しい時だけは許して。」
「そんなのは絶対にダメだよ。」
「お互いに良いことなんてないんだから。」
「わかったよ。」
蓮斗は頼りなく約束をした。しかし、蓮斗はどうせ約束なんて破ってしまうものだと思った。春子が何度も約束を破ったように…
そしてふたりは仕事へ行った。蓮斗は何食わぬ顔をしてユキに仕事を教えた。ユキも何事もなかったかのように振る舞っていた。するとユキがこう言った。
「昨日、大丈夫でしたか?」
「うん。ただ…」
「ただ?」
「罪悪感がすごくてオーバードーズとリストカットしちゃった…」
「すみませんでした…私のせいで。」
「ううん。悪いのは僕だから。」
「いいえ、私が無理矢理行ったせいです…」
「そんなことないよ。」
「そうですか?」
「うん。来てくれて嬉しかったよ。」
そうこうしているうちに休憩時間に入りユキと昼食を取った。この日、昨日の気まずさのせいかふたりの間にほとんど会話はなかった。休憩時間も終わり仕事へ戻ってからもふたりの間に会話はほとんどなかった。しかし、ふたりは途中まで一緒に帰った。電車の中でユキはこう言った。
「やっぱり私負けません!」
「え?」
そしてユキは新百合ヶ丘へ着くと降りて行った。
「ちょっと待って!」
蓮斗はユキと同じ新百合ヶ丘で降りた。
「蓮斗さん…?」
「少しお茶でもしない?」
「はい!」
するとふたりは駅から近い喫茶店に入った。ふたりはコーヒーを注文した。蓮斗はブラックで、ユキはクリームと砂糖を少しずつ入れていた。春子と同じ光景に、ふたりは似ていないものの、どこか重ねて見ていた。
「ねぇ、ユキちゃん…」
「今の仕事はどう?」
「蓮斗さんのお陰で楽しくやれてます。」
「それなら良かったよ。」
「僕としか話さないから少し心配だったんだ。」
「ありがとうございます。」
「僕には気を遣わなくていいからね。」
「はい。」
「あのさ…」
「何ですか?」
「こんなこと聞きづらいんだけど…」
「負けません…て…」
「私は負けませんということです。」
「誰に?」
蓮斗は答えはわかっていたが聞いてみた。
「蓮斗さんの彼女さんにです。」
「そっか。」
「はい。負けません。」
「…」
「いつか私だけのものにしてみせます。」
「…」
蓮斗は返す言葉に困って何も言えなかった。そうするとふたりはコーヒーを飲み終え、喫茶店を後にしたのだった。
蓮斗が家へ着くとその日は秋江はもう帰っていた。
「ただいま。」
「おかえり。お疲れ様。」
いつもと逆の立場だったが、それが新鮮だった。帰った時に誰かが待って居てくれる、蓮斗にはこれが物凄く嬉しかった。
「ねぇ、僕より早く帰ってるなんて珍しいね。」
「そうだね。今日はたまたまだよ。」
その夜、秋江は蓮斗にこう言った。
「昨日、何かあった?」
「何もないよ。」
「じゃあ、どうしてあんなことしたの?今まではちゃんと治療してたのに…」
「…」
蓮斗は何も返せなかった。ユキと浮気したことは絶対にバレないようにしなければと思っていたのだ。
「蓮斗、何かあったでしょ?」
「だから何もないってば。」
「嘘。何もなければあんなことしないでしょ?」
「あんなこと?」
「そう…あんなこと。」
「あんなことって言うけど、あんなことではないんだよ。」
「そう…かな…」
「そうだよ。病気の人にしかわからない。」
「私ね、これでもわかろうとしてるんだよ?」
「わかってる。」
「でも伝わってなかったんだね。」
「そうじゃないよ。」
「もう蓮斗とは一緒に居られない…」
「…」
「ごめんね。限界だよ。」
秋江の目には涙が浮かんでいた。そんな蓮斗は何も言えなかった。
「…」
「もう別れよう…」
「え?」
「勝手かもしれないけど、支え切れない。」
「支えて欲しいだなんて思ってないよ。」
「私は支えてあげたかったんだよ。」
「僕はそんな風には思ってなかった。」
「私の気持ちはどうなるの?」
「…」
「なんか言ってよ。」
「わかったよ。」
「何がわかったの?」
「別れること…」
そうして蓮斗と秋江は別れることになった。ふたりがヨリを戻した期間はごくわずかな時間だった。




