第10話
それから夏も終わり、季節はすっかり秋めいてきた。緑の季節も終わり、紅葉が綺麗な季節が訪れた。
蓮斗は春子のように処方された通りに薬を飲まず、調子の悪い時にだけオーバードーズをし、リストカットをする、そんな癖がついていた。春子の幻聴は少なくなったものの、それでもたまに聞こえていた。
「ねぇ、春子…どうすればまた会えるかな?なつさんも死んじゃったんだよ。春子と同じ死に方で…」
蓮斗はこのようにもうこの世には居ない春子に話しかける癖もついていた。そんなある日のこと、五年ほど前に別れた秋江から電話がきた。
「もしもし。」
「もしもし。秋江だよね?」
「うん。元気?」
「元気と言えば元気かな…」
「なにそれ…」
「どうしたの?」
「ううん。特に用事はないんだけど、元気かなと思って。」
「そっか。実は今ね、通院してるんだ。」
「どこか悪いの?」
「うん…精神科なんだけどね。」
「え?何かあったの?」
「色々あってね…」
「色々?」
「うん…」
「話してくれる?」
「春子っていう彼女が居たんだ…」
「それで?」
「自殺しちゃったんだよ…」
「え…」
秋江は聞いてはいけないことを聞いてしまったと思った。
「それで春子の幻聴が聞こえるようになって…」
「病気?」
「うん。統合失調症っていう病気になった。」
「…」
秋江は病気にはそれほど詳しい訳ではないが、統合失調症という病名は聞いたことがあった。しかし、具体的な症状や治療などは知らなかった。
「それから彼女ではないんだけど、僕に好意を寄せてくれていたなつさんっていう子が…」
「なつさんがどうしたの?」
「理由ははっきりわからないけど自殺した…」
「…」
秋江はまた聞いてはいけないことを聞いてしまった気がした。
「たぶん僕への見せしめだったのかなって。」
蓮斗は春子のこと、なつのことなど、統合失調症になったことなどを詳しく話した。
「そうだったんだ…」
「うん。」
「大変だったね。」
「うん。」
「ねぇ、今週末会えない?ちょっと急なんだけど。」
「いいよ。」
「あ、体調悪かったら無理しないでね。」
「ありがとう。」
「じゃあ、蓮斗のうちに行ってもいい?」
「いいよ。うちの場所覚えてる?」
「引っ越したりしてないよね?」
「うん。」
「それなら覚えてるよ。」
「じゃあ、お昼過ぎぐらいに来て。午前中は病院だから。」
そうして蓮斗は五年ぶりぐらいに秋江と会うことになった。
そして週末、蓮斗は病院へ行った。いつものように三番の診察室へ呼ばれると蓮斗は入っていった。
「調子はどうですか?」
「幻聴ですか?それはだいぶ少なくなった気がします。」
「薬はちゃんと飲んでますか?」
「はい。」
蓮斗は嘘をついた。
「リストカットなど自傷行為は?」
「たまに…」
蓮斗はリストカットが癖になっていることを話さなかった。この時、嘘をついたのだ。
「良くないですね…と言ってもやめられるものでもないと思いますが。」
医師にはわかっていたのだ。自傷行為が簡単にやめられるものではないと。
「あの実は…」
「何ですか?」
「春子…幻聴とみんなが言う人に僕はよく話しかけるんです。」
「それで返事は?」
「一切ありません。」
「それではやめてみましょうか?」
「返事のない会話なんて寂しいでしょう。」
「はい…」
そう返事をしたもののやめられる自信はなかった。そしてその日の診察は終わり、家へ帰った蓮斗は秋江が来るのを待っていた。ニルバーナの音楽を聴きながら。
十四時頃、蓮斗の家のインターホンが鳴った。秋江だった。秋江は五年ほど前と変わらない様子だった。
「わぁ、ひさしぶり!」
「いらっしゃい。」
「髪伸びたね。」
「そうだね。」
「ちょっとカートみたいになっててかっこいいじゃん!」
ニルバーナを聴くようになったのは秋江の影響だった。
「相変わらず音楽は聴く専門だけどね。」
「ギター弾いて歌えばいいのに。」
「無理だよ。難しそうだもん。」
「やってもいないのに…」
「一応、少しは…」
「そういえば挫折組だったね。」
「うん。」
久しぶりに会ったふたりの会話は弾んだ。
「今日はどうしたの?」
「ううん。特に何でもないよ。」
「本当に?」
「うん。」
「それなら良かった。」
「どうして?」
「悪い知らせでもあるのかと思ったよ。」
「ふふ。なにそれ。」
「ううん。何でもない。」
春子となつという親しい人間をふたりも亡くした蓮斗は少し安心した。
「病気はどう?ちゃんと治療してる?」
「うん。たぶん。」
「たぶんて…してないの?」
「調子悪い時にだけ薬飲んでる。それはダメらしいんだけど。」
秋江になら素直に話しても大丈夫な気がした蓮斗は正直に話した。
「腕見せて…」
「はい。」
袖をまくって左腕を見せた。
「うわぁ…痛そう。」
「痛みとかないよ。」
「だから癖になるんだよ。」
「そうかもね。」
「でもやっぱり良くないよ。やめなよ、もう。」
「出来ればやめたいよ。」
そんな話をしているうちに外はすっかり暗くなっていた。秋の夜は肌寒さとどこか寂しさを感じさせる、そんな風が吹いていた。




