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第1話

 此処は東京。廻る廻るメランコリー…


 サディスティックな交差点。

行き交うスリル。

泳ぎ疲れたヘッドライト。

照らされるロンリーガール。

カオスティックな導火線。

飛び散るアイロニー。

光り輝くサタデーナイト。

爆発カウントダウン。

午前零時のモーニングコール。

闇に紛れたジャンクポップ。

悦楽主義的モラリスト。

ロマンティックな下心。

憂鬱ランデブー。

好いた惚れたは罰当たり。

感情ハウマッチ。

安売り中のプライド。

猫を被ったアンチテーゼ。

暇を手にいれワーカホリック。

博愛主義的テロリスト。

メランコリックな幸福論。

メランコリックな平成の世。

メランコリックなラブソング。

 

 そんな街の片隅で蓮斗は暮らしていた。蓮斗は二十八歳の青年で、定職に就くこともなく毎日のように東京の街をふらふらと歩いていた。昼間はワーカホリックたちの雑踏に揉まれ、夜は時に不穏なネオンに照らされて…それでもそんな東京の街が好きだった。幼い頃に育った田舎町とは違う空気、違う色、違う香り、違う顔がそこにはあったからだ。

 

 蓮斗は幼い頃に両親を亡くし孤児院で育った。両親を亡くすと非行に走る人間も多いというイメージが強いかもしれないが、蓮斗はそうなることもなく大人しく育っていた。両親を亡くしたのは蓮斗が小学校一年生の時だった。蓮斗は父と母とドライブをしている途中に交通事故に遭ったのだ。それで父と母を亡くしてしまった。幸か不幸か蓮斗だけがこの世に取り残されたのだった。


 学校の成績は中の上といったところだろうか。特別勉強に力を入れていた訳でもなかった。そして高校を卒業をした蓮斗は単身上京してきたのだ。上京した理由もなんとなく…そんな感じだった。心のどこかで上京すれば何かが変わるかもしれない、何かが見つかるかもしれない、そんな気持ちが少しはあったのだろう。成績も悪くもなかった蓮斗はそう思っていたのだ。

 

 蓮斗にはこれと言った趣味や特技もなかった。唯一の趣味と言えばニルバーナの音楽を聴くこと。それでも趣味と呼べるほどのものではなかった。特技と呼べるものは本当にこれひとつと言っていいぐらい何もなかった。


 ニルバーナとは1990年前半頃に活躍していたバンドで、ギターボーカルを務めるカート・コバーンが異常なまでに人気を博していた。カートはドラッグに手を出していたという説がある。そして1994年に自殺をしたと言われている。カートの死後もニルバーナの人気は落ちるどころか、むしろ人気が増していったと言っても過言ではない。ニルバーナに憧れて音楽を始める人も多かった。それぐらい人気のあるバンドだったと言える。蓮斗はカートに憧れ、少しギターを弾いてみたこともあったが、すぐに挫折をしてしまったため、ずっと聴き手としてニルバーナに憧れていた。


 それは春の天気の良い昼間のことだった。春風も心地良く散歩日和とも言える日だった。そんなある日、蓮斗は東京の街をふらふらと歩いていた。すると蓮斗の少し前を歩いていた、カーキのモッズコートにデニムのショートパンツに黒いタイツ、そして赤いヒールを履いていた女性が携帯電話を落とした。女性はそれに気付いていない様子だった。蓮斗はその携帯電話を拾い、女性に声をかけた。

「あの…これ、携帯電話落としましたよ。」

「あ、どうもすみません。ありがとうございます。」

「いいえ。」

「助かりました。」

「携帯電話無くすと大変ですからね。」

「あのお礼にお茶でも御馳走させてください。あ、お時間があれば…」

「僕は大丈夫ですよ。でもこの程度でお茶なんて…」

「いいんです。助かりましたから。」

「ではお言葉に甘えさせてもらいますね。」


 所持金も大して持っていない蓮斗は女性の誘いに乗った。ただ街をふらふらするだけの蓮斗にはそれが刺激にもなると思ったからだ。ふたりは少し歩くとある喫茶店が見えてきた。

「この喫茶店にしましょうか?」

「はい。僕はどこでも結構ですよ。」

「ではここにしましょう。」

そうするとふたりは喫茶店に入っていった。ふたりはコーヒーを注文した。

「あの、お名前聞いてもいいですか?」

女性は聞いた。

「僕は蓮斗と言います。二十八歳です。」

「蓮斗さんですね。素敵な名前ですね。私は春子と言います。二十三歳です。」

「お仕事は何をしているんですか?」

「私はレストランのホールのアルバイトをしています。蓮斗さんは?」

「僕は今は仕事していないんですよ。」

「あ、すみません…」

「いいえ。謝ることなんてないですよ。」

「変なことを聞いてしまったなと思いまして。」

「いいえ。事実ですから。」

「そうですか?」

「お仕事を探されている最中ですか?」

「はい…」

蓮斗は特に仕事を探していた訳ではなかったが、とりあえずそう答えた。

「…そうなんですね。どんなお仕事を探されているのですか?」

「何か自分に合うことがあればいいなと…」

「そうですか。合う仕事があるといいですね。」

そうこう話しているうちに注文したコーヒーが運ばれてきた。蓮斗はブラックで、春子はクリームと砂糖を大量に入れていた。

「そんなに入れるんですか?」

「ええ。私、苦いコーヒーは苦手なんです。」

「そうですか…僕は甘いコーヒーが苦手なんですよ。」

「大人ですね。」

「そうですか?でもコーヒー苦手なら他の物を注文すれば…」

「いえ、それでもコーヒーが好きなんです。甘いコーヒーが…」

そんな会話をしながらふたりはコーヒーを飲んだ。

「良かったらメールアドレス交換しませんか?」

春子はそう蓮斗に言った。

「はい。もちろんいいですよ。」

「私のアドレスは…」

「ではあとでメールを送りますね。」

そしてふたりは電話番号とメールアドレスを交換して喫茶店を後にした。


 蓮斗は春子の誠実なところに少なからず惹かれていた。喫茶店を後にした春子は家路へと着いたが、蓮斗は帰らずに東京の街をふらふらと歩いていた。特に行く当てもなくただただ歩いていた。すると蓮斗の携帯電話が鳴った。春子からだった。蓮斗は電話を取った。

「もしもし蓮斗さん?」

「はい。蓮斗です。」

「今日はどうもありがとうございました。またご一緒してくださいね。」

「はい。是非。」

「あ、私、年下ですし敬語とか使わなくていいですよ。」

「はい。じゃあ、そうするね。春子さんも気にしなくていいよ。」

「ではお言葉に甘えて…」

「もう家には着いた?」

「うん。家に居るよ。」

「早いね。東京の街まで近いんだね。」

「そうね。結構近いかな。蓮斗さんは?」

「うちも近いかな。東京の片隅だけどね。」

「今度遊びに行ってもいい?」

「うん。散らかってるけど。片付けておくよ。」

「そんなに気を遣わなくていいよ。」

「いや、でも…」

「私なんかですから…ね。」

「そんな私なんか…なんて言わないで。」

「うん。でもなんか申し訳なくて…」

「だって春子さんだって、もし自分の家に誰かを呼ぶなら片付けるでしょ?」

「そうかも…でもやっぱり申し訳ない。」

「じゃあ、気が向いたら片付けておくよ。」

「うん。じゃあ、今日はこれで。」

「ではまた。」

そう言うと電話を切った。


 蓮斗は嬉しさ半分、不安半分だった。今までに女性は愚か、男性さえもほとんど家に入れたことがなかったからだ。でも蓮斗は楽しみで仕方がなかった。そしてその日、蓮斗は家路へと着いた。


 蓮斗は早速部屋を片付けた。と言っても、そんなに片付けるまでもなかった。物という物がほとんどなかったのだ。それにそれほど広い部屋でもないので片付けは早く終わった。それでも春子がいつ来てもいいようにと思っていた。一通り片付けた蓮斗は春子に電話をかけた。

「もしもし。」

「はい。」

「いつ来る?一通り片付けたからいつでもいいよ。」

「じゃあ…明日はバイトがあるのでその後でもいい?」

「うん。じゃあ、バイト後に。」

「そういえばどこに住んでるの?」

「町田なんだけど。わかる?」

「うん。よく遊びに行くから知ってるよ。」

「春子さんはどこに住んでるの?」

「私は代々木上原…知ってる?」

「うん。小田急線沿いだから。」

「そうだね。」

「あ、バイトは何時まで?」

「十八時までだから、十九時には町田に着くよ。」

「じゃあ、十九時に町田の北口でいいかな?」

「うん。じゃあ十九時に町田の北口で。」

「じゃあ、待ってるね。また明日。」

「うん。おやすみ。」

「おやすみ。」

そう言って電話を切った。


 そして翌日、蓮斗は待ち合わせの十九時に町田駅の北口に居た。少しすると春子がやって来た。淡いピンクのワンピースに黒いカーディガンを羽織っていた。

「お待たせ。」

「僕も今来たばかりだから大丈夫だよ。」

「あ、コンビニ寄ってもいい?」

「うん。いいよ。うち、飲み物もないから…」

「じゃあ、買っていくね。」

そう言ってふたりはコンビニで買い物をして蓮斗の家へ向かった。



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