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第1話 しかしそれは美女だった

「静まれ……静まるんだ…………オレの左手えぇぇぇ!!!」


『手動操縦モードを解除。搭載コンピュータこと私、美少女人工知能ナヴィア様による自動操縦に切り替えます』


 なんとか金髪不良モドキを振り切った後、ナヴィアはようやくあられもない格好から姿勢を正して仕事モードに戻った。光のパネルが彼女の周囲に広がり、再び幻想的な光景を見せる。

 その横でレノスは操作盤の穴に左手をかざし、念を込めつつ先の台詞を叫んでいた。

 既に自分の年齢の半分以下の年頃にかかるあの病気を再発させた訳ではない。操作盤に流し込んだ液状金属——A.P.L.を回収するためだ。

 銀色の液状金属がレノスの手に誘導されるかのように穴から出てくる。それは先端から徐々に粒子状へと分解されていき、あたかも銀色の光の風船のようになってレノスの左手へ侵入すると、数秒後跡形もなく消えた。

 体内でA.P.L.は再び液状に戻り、血液に混じってレノスの体内を巡り始める。

 自らの肉体の一部となって20年近いとはいえ、生物学的には異物であるそれが中に入っている現状に、レノスはその感覚になんともいえない感想を抱いていた。


「いやーホント慣れないっすわこれ。なんつーかアレだよ、眼鏡は体の一部だけど24時間付けてたら鼻と耳が痛くなるみたいな」


 A.P.L.——かつて地球を滅ぼした隕石に含まれる地球外物質。

 金属としてカテゴライズされたそれは、人を新人類・カインへと進化させることから『禁断の果実』と呼ばれるようになった。

 A.P.L.は進化させたカインの体内に生涯留まり続ける。カインは脳波を通してそれを自在に操ることができた。気化、液状化、固体化も自由であり、気化させる事で体から抽出できる。

 先ほどレノスが行ったブーストモードは、単純に言えばこの宇宙船の限界速度を突破させ、超スピードで直進させただけだ。

 しかしそのために彼は液状のA.P.L.を宇宙船の稼働部分へと流し込み、宇宙船全体のハッキングを行った。

 普段はナヴィアに宇宙船の操縦を任せきりにしてあるが、ハッキング中は全権限を自分で握った方がやりやすい。そのため一時的に外れてもらった。

 自分の物とはいえ、一個の宇宙船の内部を弄くるのだ。当然のごとく莫大な計算量が必要となる。かつて他のカインから教えてもらった手順を丸覚えしていなければ、特に知能が特化している訳でもないレノスには不可能だった。

 それにこんな脳を酷使する作業は後に響く。緊急事態でもない限り普段は絶対にやらない。


「熱っ……」


 数分すれば収まるだろうが、脳がオーバーヒートしたせいで彼の体温は39度程度まで上がっているだろう。逃げるのに必死こきすぎたと若干反省している。

 レノスはぼうっとする頭を押さえ、操作盤に突っ伏した。一般の宇宙船ならばボタンやらハンドルやらが大量にあるため運転手がそんな真似をする訳にはいかないが、普段はナヴィアに全部任せっきりにしているため全部取り外してあった。

 いざとなればさっきのようにA.P.L.で直接稼働部分を操れば良い。負荷を考えればやらない方がいいが。

 すでに遠目に、豆粒のようではあるが巨大船とおぼしき影が見える。あと数分程度で到着するだろう。


「やっべ……もし今ノアズ・アークが襲撃されてたらどうしよう」


 可能性はある。もしそうなった時、レノスは今の状態で即座に戦闘に入れる自信がなかった。

 だが傭兵に協力を願ってくる以上、一刻を争う状況で何らかの厄介事が起きているのは間違いないだろう。ましてや天下の宇宙軍様が手こずっているのだ、敵がいると想定した場合、相手も相当な実力を持っていると考えた方が良い。それに報酬も不自然に高かった(多分)。


――それに、根拠とか欠片もないから放置していたが、やはり嫌な予感がする。なにか普段の仕事とは違うというか、いつも以上に面倒な事が起きそうというか……


 目的地に近づく程にレノスのソレははっきりとしていった。腐っても戦士の直感とでもいうべき物だろうか。

 だが彼はあえてそれをスルーした。なぜならば依頼人の美女(多分)が彼を待っており、報酬も充分に貰えるからだ(多分)。


『マスター、右手をご覧ください』


 数分後、いつも通りの冷静な声でナヴィアが呼びかける。一応緊急時にはテレパス男の時みたいに緊張感のある素振りをするよう頼んであるため、敵襲ではないだろう。

 レノスは気怠げに首を動かし右窓を覗いた。

 そこにはポツンと、置き去りにされたかのように漂う小さな宇宙船が見えた。

 高さはそれなりにあるものの、一般的な宇宙船に比べると遥かに小型であるレノスの船よりも小さい。人一人が横たわってようやく入れるサイズから見て、緊急用の脱出艇だろう。

 まさかノアズ・アークからやって来たんじゃないだろうな、とレノスは訝しがった。もしそうだったら既にあそこは手遅れだろう。

 こんな生命維持しか機能のない脱出艇を使用する程、切羽詰まった状態で逃げ出す人間がいた。しかも自力での移動能力がないため流されてここまできた事になる。

 つまり、ノアズ・アークを脱出したのは何時間も前……本当に敵襲があったとしたら、何もかもが遅すぎる。


ーー向こうの状況を確かめたい。が、相手への連絡経路は依頼の動画の発信元のみ。それも既に消滅している。一体どうすれば……

 ……仕方ない。間違っていたら宇宙軍に睨まれる結果になるが、緊急事態の可能性があったので仕方がない。どうにか見逃してもらう事にしよう。

 うん、大丈夫だ多分。

 多分。


 そう自己完結すると、いつのまにか真横にしゃがみこんでじっとこちらを見つめているナヴィアに指示を出した。


「ナヴィア、ノアズ・アークのメインコンピュータにハッキングしてくれ」


『了解しました』


 相手は宇宙軍保有のコンピュータ。相当なセキュリティだろうが、ナヴィアなら大丈夫だろう。下手したら逮捕されるが。

 逮捕されたらナヴィアも没収されるかも知れない。そうなったら命をかけてでも取り返すが。

 とりあえずこの間にあの脱出艇を回収しよう。レノスは固定装置を外してある窓を開け、そのまま脱出艇の方向へ跳躍した。


「こ、これは……」


 レノスは驚愕する。脱出艇に横たわっていたのは、白い肌に白い髪の、細い線をした美しい女性だった。

 着ている物は医療用の、最低限肌を覆い隠せる布切れだった。筋肉も殆どついておらず痩せ細っており、到底軍人には見えない。

 美女はぐったりと目を閉じていて、ややうなされながら浅い呼吸を繰り返している。意識があるかは不明だが、脱出艇の窓に張り付いて凝視するレノスに気付く様子はない。


「ノアズ・アークから来た訳ではないのか……?」


 否、あの船は戦闘用の軍人だけを乗せている訳ではなかった筈だ。詳細は知らないが、何か大規模な研究を行っていると聞いたことがある。格好から見て、この女性はその被験者かもしれない。もしくはただの病人か。

 ふと首筋を見れば、A.P.L.が細胞を変化させる際に刻まれる独特の痣がある。これが意味する所はただ一つ。


「カイン、なのか」


 顔を僅かにしかめた。

 よく見れば美女の痩せ細り具合は普通ではなかった。飢えや疲労によるものだけではないだろう。肌は荒れ、目には深いクマがある。それでも十分綺麗なので問題はない。

 カインが大々的に人類に反旗を翻す事を恐れて大っぴらにはなっていないが、いくつかの宇宙政府が管理する公的な機関がカインを人体実験の材料にしている事をレノスは知っている。

 太陽圏内を巡回するばかりで明確な使用用途が明らかにされていないノアズ・アークもまた、その一つであった可能性もなきにしもあらずだった。

 人が罪なき同族を捕らえ、人権など無視して好き勝手に弄り回している。


――それはどうでもいい。


 カインも人間も、結局はどっちもどっちだ。手に入れた強い力を振りかざしたいがために、人間を遊び半分で殺すカインをレノスは大量に知っている。

 人間がそれを恐れるのならば仕方のない事だろう。例えそれで関係のないカインが悲惨な目に遭わされているのだとしても、それは捕われたカインが身を守れなかった結果だ。誰が悪い訳でもない、ただの自然の摂理。


――割り切れ。宇宙は広い、何もかもが思い通りにいくなんてあり得ない。


 だが。 

 しかし。


「もし、この美女があの船で過酷な実験の犠牲者となっていたのならば……俺は例え宇宙政府といえども決して許さん。例え既に全滅していようが今すぐ駆けつけて俺自らが木っ端微塵にしてくれる!」


――今この場で、身近に起こった悲劇を誰が見逃せるか―—!

 


 ただし美女限定だが。

 ともかくカインならば、このまま船から出しても問題はない。破片が美女に当たらないように注意しつつ窓を割って侵入すると、中の美女の背にそっと腕を回す。


――うひひひ……いや運ぶためだから! 別に気を失っているのを良いことにあんな所やこんな所を触ろうとなんて……触ろうとなんて…………


「ん?」


 ……感触がおかしい。いやその部分を触ろうとした訳ではない。レノスは誰にともなく言い訳する。

 とにかく、おかしかった。“たまたま”手が触れてしまったその部分は全く柔らかくなかった。ぺったんことかそういう次元ではない。なんか固いのだ。

 美女の顔を見ると、先ほどと違いどこか安らかな顔で寝息をたてている。冷えていた体を抱きしめられて人肌が恋しくなったのか、かすかにレノスの方に頬をすり寄せてきた。

 和んだ。これが癒し系か、と。

 現在最も身近な女性であるナヴィアは厳格なメイドと女王様が合わさって2で割ったようなタイプであるため、レノスにとって癒し属性持ちの女性は新鮮だった。何よりここ数ヶ月、彼は生身の女性に全く触れていなかった。

 振られたショックで二次元にハマっていたためだ。宇宙船の空きスペースには21世紀初頭のアニメ文化の名残が散らばっている。画面の向こう側の女の子達はこちらの自分がどんな人間だろうと構わず笑顔で癒してくれた。前に火星で自分を盛大にぶん殴った女とは全然違う、レノスは気持ちの悪い笑みを浮かべながら旧世代のPC画面を覗いていた。隣でナヴィアにゴミを見るような視線を向けられながら。

 いかに女好きのレノスといえども、度重なる女性遍歴の中で(主に彼の性格が原因で)散々な扱いを受けるうちに精神的なダメージは蓄積されていった。くたびれ果てたレノスは平面の彼女へと愛を語った。頭上からナヴィアにつばを吐きかけられながら。それはむしろご褒美です。当たらないけど。

 ……それでも、結局は三次元の女性の肌が恋しくなっていた。立体映像のナヴィアで慰めようとしたが、断られて避けられた。近づかれても触る事はできないが。

 しかし今、目の前にれっきとした肉を持つ女――年齢的には少女だろう――がいる。依頼人の美女(多分)に期待していたが、その前にここで補給を受けられそうだ。レノスは深い満足感を覚えた。


 しかしレノスの現実逃避はここまでだった。

 額に嫌な汗を浮かべつつ、勇気を振り絞って美女に触れている手の位置をずらしていく。どこにとは言わない。

 先ほどの『偶然』と違い、完全に意図的にソコに触れる。


――今度はたまたまではないたまだけになんつってははははは。


 そんなアホらしい思考を遮る衝撃が彼を襲った。




「……んぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」




 レノスは思った、最悪だと。何が悪いかといえば最高級性能だと思っていた自分の美女レーダーが誤作動を起こしたとか、理由があったとはいえ自分の意思で他人のアレな部分を触ってしまったこととかもあるがそれだけではない。しかし、それよりも。


――この野郎、目を覚ましていやがった!


 美女改め白髪の少年はレノスのライトハンドが少年のゴールデンボールに触れた瞬間両目を見開き、自らのライトアームを振り上げ二本のフィンガーでもってレノスの両側のアイを目潰しした上に流れるような動きで飛び上がり、自分の腰を掴んでいたアームから離れると同時にライトレッグでレノスのゴールデンボールを思いっきり上方向へとシュートした。

 何を言っているのか分からないと思う。が、自らのナニを全力で男に(女ならむしろダメージ回復)蹴り上げられたレノスは叫ぶしかなかった。


「オーu、my……ごッッッッッッとぉオおおオオオおぉおぉオオオ!!!」


「うるさいだまれ死ねこの変態が!」


 男としての尊厳を失おうとしているレノスに向かって容赦なく怒鳴りつける白髪少年。

 興奮しているためか先ほどまでの弱々しさは欠片もなく、蒼褪めていた顔を紅潮させ息を荒げてレノスを睨んでいる。しかも何かの格闘技の構えをとっていた。完全に戦闘態勢だ。

 あまりの理不尽さに、息も絶え絶えのレノスは股間を抑えながら声を振り絞った。


「な、なぜだ……お、俺が、俺がお前に一体何をした! なぜこんな仕打ちを受けねばならない!」


「死ね」


 もう一発衝撃。レノスははっきりとその蹴りを目視する。

 格闘戦に慣れているレノスにとっては容易に避けられるスピードだった。

 普段ならばの話だが。

 ……オーバーヒートで頭がくらくらしている上に、ゴールデンボールに衝撃を喰らって間もないレノスはあえなく二発目を受け入れるしかなかった。

 不意打ちでない分、先ほどより余計に痛みを覚える。

 ろくな構えも取れず、蹴りの衝撃のままに吹き飛ばされたレノスは、気を失うまでの数瞬の間に50メートル後方で軍のコンピュータに情報戦を仕掛けている己が右腕へと思考を送った。


――ナヴィアたんナヴィアたん助けてくだつぁい。


 最もテレパスの力を持たない彼にそれを届ける事は出来なかったが。








『メインコンピュータのパスコードを解析完了…………なぜ、あなたがここにいるのですか』







『お父様』

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