第一章2 『おたのしみの時間♡』
黄いろい歓声を浴びせられる職業というとアーティスト、アイドル、パフォーマー、ミュージシャン、コメディアン等があげられる。それに就く人々は人間関係や仕事のいざこざにより募るアテルを多種多様に吐き出す。だが一人の華のある女の子はどうやら普通ではなかった。
「ねーねー、おにぃ〜さん。いまひま?」
オレはごく普通の会社で働く20歳のフリーター。ぼさぼさの不潔な髪、常に半目でどこが生気や信念を感じられない凡庸の男。よく仕事帰りにブランコとトイレしか見当たらない質素な公園でそのブランコに座り込むことが日課になっていた。そんなオレにどこか憎い明るい声が耳に入った。
「え、あ、えっっと、は、はい?」
いきなり声をかけられたもんだからどこかギコちない陰キャくさい返事を返してしまった。声の出所を辿ってみれば既視感のあるサラサラの黒髪、高価そうな茶色のファーを着込んだ女の子が立っていた。その子は何か卑しさを隠すような笑顔でこちらを見下げている。
「おにぃさんお暇なのかをきーてるんだけどぉ...?」
「あぁ、ごめん、いきなりなもんだからレスポンスに遅れちゃった。うん、暇っちゃ暇だね...」
「なぁらよかった!ねね、今からあたしと遊ばない?♡」
「え?....」
彼女の発言に戸惑いが隠せず思わずに声が出てしまった。先程スマホで時間を確認したところ9時を下回っていたからだ。それもそうだが何よりも驚くのは鬼ごっこを提案してきたこと。こんな煌びやかな女の子がオレに声をかけることすらおかしなことなのだが内心ドキらせながら彼女の目をみる。エメラルドのように輝き、悩みが一つもないようなうるさい目をしている。半信半疑で彼女の既視感の正体を探る。
「違ってたらごめんだけど、キミ『ミナ』?」
「なぁんだぁ....知っちゃってるんだね。じゃ話はやいよね!」
最近話題で持ちきりのアイドルグループ『ルーベル』のメンバーの一人『ミナ』。
彼女はこんなところで何をしている?何故オレに声をかける?
何故鬼ごっこなんぞをしたがっている?ただでさえ仕事で疲労しているというのに悩ましく鬱陶しい事に巻き込まれたかもしれない。ミナは隣のブランコに座ってこちらを見つめて話を続けた。
「どお?どお?ひまならあたしと付き合ってよー!」
「いや...ごめんだけど今日仕事でとても疲れてんだよ...鬼ごっこだなんてできる訳ないって。」
「ねぇーおにぃ〜さんノリわる〜い。てかあたしミナだよ?今大人気アイドルグループの!そんなあたしが鬼ごっこやろって誘ってんのに何で断れるのぉ??」
と高らかにトーンを上げて言う。
最近の流行り物には特段に食指がそそられない。
特にアイドルだとかなんて。イヤというほどに耳にするから名前と存在を知っている程度。オレは女と違って有名人ブランドに興味がない。そいつのファンとかでもない限り有名人とつるんだところで何も得られない。それどころか劣等感をつのらせるだけ。オレは大学を中退して入社してそんでその先これからもその会社に首輪をつけられ続ける事になる。それに比べて有名人、こういったアイドルだとかは華のある人生が遅れて楽しさと意義を見つけだけでただただ羨ましい。そう思えるとこの女の子もただ疎ましいだけの存在。
「悪いけど一人にしてくれない?....ホントに疲れたんだよ。」
押し除けるようにそう呟くとミナは眉をつらせて甲高くこう返す。
「もぅ!相手してよぉ!あたしもさっきライブしてきたんだよ?それもお仕事!ちがう?」
「ならなんで鬼ごっこなんて提案するの?疲れてないの?」
「疲れてるよ!当然!当たり前でしょ!」
彼女の首筋がうっすらキラめいているのが見えた。どうやらライブだとかをしたのは本当らしい。彼女は卑しい表情をしながらサラサラ髪の毛先をいじって続け様にこう言う。
「ね?しよーよ♡」
「わかったまけるよ。相手すればいいんだろ?」
「ノリ気になったねぇ〜♡よぉし、じゃあたしが鬼するね。おにぃさん疲れてるって言ってたし。」
「オレに鬼させてもつまらんだろ。」
「ふふっ!確かにー?じゃあこの公園内で鬼ごっこね!1分待ったげるから。そこら辺逃げといて!」
―はぁめんどくさい。
何故こんな事に付き合わされなきゃいけないのか、そう胸にきかせながら彼女から離れる。小さい一歩を重ねて地面の砂を蹴り上げる。自分より華やかな人生を送っている人間に遊び相手に選ばれるなんて。しかもこんな幼稚なガキの遊びに。透明な不信感を抱いて彼女からまた目を離す。俯きながらやる気のない小走りをして適当な声で彼女に声をかけようとした。だがそこのブランコに1分待っていたはずの女の子は輪郭も残さず消えていた。1分経つにしては早いような気がするが。1分経った確証がない。以外とこんなものなのかもしれない。公園あたり一面は9時を回っていた事から闇夜の一色で視認がし辛い。彼女が鬼をすると言うなら追っかけてくるはずだ。彼女が隠れてしまうとこの遊びは破綻してしまう。彼女の言う鬼ごっことは何なんだ?
「おい、どこにいるんだ?キミが隠れてどうするんだよ。」
頭を回して全方向に向けてそう呼びかける。返事もなければ彼女の気配すら感じられなかった。本当にさっきまで喋っていた女の子が存在していたのか疑わしくなるほどに。何度もそう叫んでみたが、結果は同じ。終いにミナの名を呼ぶと
「はぁ〜い♡」
彼女がそう応えると同時に風のように右頬に鋭いなにかが微かに擦れる。
――シュ!!!
「ッ!」
―痛い...なんだこれ、なにかが右頬に?でも何が?
右頬に触れると左手の人差し指と中指が思ったよりも健康的な色の血で染まっていた。
....痛い..何だ?何が起こった?何をしてきた?彼女はオレに一体なにを引き起こした?....そう困惑した束の間彼女が口角を上げてこちらへ歩み寄る。
「も〜おにぃ〜さん敵から目をはなしちゃダメだよぉ?」
彼女の左手の隙間が微かに煌めく。
小型のナイフのようなものが握りしめられていて刃先にはハートの刻印が押されている。
ヤバイ。この女なにかがおかしい。こいつの遊びってのは只事ではないことが今ので十分に伝わっていた。
一体どう言うつもりだ?彼女は何故こんなことをする?色々と考える事ができてしまったが、今はただ『逃げろ』と言うことに理解を置いた。さっきまでのだらしないやる気のない小走りから全力を注ぎ込んだ走りにシフトチェンジしていた。彼女もそれに続いて線をなぞるように後に続いて追いかけて来た。単なる子ども遊びの鬼ごっこのはずが、天敵から逃げ惑う獲物の図に変わっていた。
――はぁはぁはぁ...
普段から運動を怠っていたツケが回るのはそう遅くはなかった。既に限界が顔を覗かせている。だが彼女は疲労するどころか遊びに全力な無邪気な子どもそのものの形相でこちらを追い続けている。方向転換をしてトイレの方へ足を回した。気づけば彼女が追ってくる気配は消えていた。
............
静寂と野鳥の囀りがトイレの個室に篭る成人男性の背中を摩る。息を殺してスマホの電源入れて助けを呼ぼうとするも粗悪な扱いによって劣化したバッテリーの関係ですで電源が切れていた。に暫くしていると再び静寂に物音が走る。あの女が頭をよぎった。また何かしてくるもしれない、まだいるかもしれないという恐怖で胸元が騒ぎ立てる。そうして音の正体が姿を現した。
――チュチュ チュ
単なるネズミだった。ふざけやがってと唾をペッと吐き捨てたくなるような相手に恐怖したことを小っ恥ずかしくなった。そして今のこの状況もまた恥ずかしいと思えて来た。ただでさえつまらない人生を送ってきたというのにここで殺されやがれとでもいうのか。しかも華のある気狂いのアイドルに。
――ふざけやがってッ!!クソッ!!
相手は女だ。冷静にいけばうまくいくはず。潜り抜けて生き続けたい。『生きる意義』を探し出すまで死ねない!決死の覚悟で個室から飛び出す。だがあたりは人気どころか生き物の気配すら感じられなかった。鳴いていたはずの野鳥の声も聞こえない。あの女は.....
――――グサっ
い、いたい。なにが?どこが?ナニカが痛い....この痛覚信号はどこから来ている?
イタイ...イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
このイタミは腹?.....オレの腹に突き刺さってる?...
目線を上げると彼女がいた。満面の笑みで彼女は先程握っていたナイフよりもひとまわり大きナイフを腹に深々と突き刺していた。彼女は満足気にこちらを見て
「みぃ〜つけた♡」
恍惚とした甘い声で呟いた。
オレは....なにも成し遂げらずに朽ち果ててしまうのか....
こんなクソなことあっていいのか.....
もっと有意義と思える人生が見たかった。
なんでオレこんなんになっちゃたんだろ....やっぱり人生って賭博と一緒だよな。オレは運に恵まれなかっただけだろ。ごめんなさいお父さんお母さん
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。今は胸と腹部がとても苦しくてあぁ...今すぐに落ちていきたいです。
ピ...ピ...




