消したい2文字
自分は、弱い男です。自分は自分の事が嫌いです。でも。
「あんな女辞めとけ。」
幼馴染の琴音にそう言われました。
「俺の事が好きだから早く別れて欲しいんだろ?」
こう言うと、大抵の女性は顔を赤らめて、だんまりしてしまうものだと思っていました。でも、琴音は違いました。
顔を赤らめるどころか、さらに声を張り。
「わざわざ警告してやってんだ。」
俺を見下ろし、高圧的に距離を詰めてきます。
そう、俺は琴音より身長が小さいのです。俺が特別小さいというわけではなく、むしろ平均より高いレベルです。そう、琴音が大きすぎるのです。スタイルが大変よろしいのです。おまけに、その整った顔つきから、男子たちからは大変な人気を博しています。
「そんなに俺の事が好きか。」
完全に調子に乗ってしまって。
「仕方ない、キスしてやるぜ。」
自分には彼女がいます。それは琴音も知っています。
「最低。」
冗談のつもりだったのですが、意外にも間に受けてしまったようで、その日、琴音は一直線に家まで帰ってしまいました。
その日、自分は彼女の家に行きました。
玄関を空けます。
バタン、というドアを開ける音とともに玄関から出てきて。
「金、出せ」
そう言って、俺を殴ります。
彼女の文香です。
そう、俺は俗に言う、DVというのをされているそうです。でも不思議と、嫌と思ったことは、一度たりともないのです。だって俺は、文香が好きだから。
「はい、お金。」
いつもよりも多い額のお金をみて文香は。
「偉いね。」
優しく俺の頭を撫でます。その優しさがとても嬉しいのです。
そんな生活を続けて1ヶ月。お金が底を尽きました。
もう、文香に渡すお金は、ありません。
別れられるのかな、そんなことを考えながら文香の家に向かいます。
ドアを開けると。
「金。」
いつもの声です。
「ごめん、お金なくなっちゃった。」
本当のことを言いました。言わなければ、嫌われちゃうから。
別れられても仕方ないよな、そう思っていました。
けれど、意外にも文香は。
「あっそ。」
許してくれたのです。
「まあ、上がりな」
やっぱり俺は文香が好きです。
その夜、文香が風呂に入っているとき、文香のスマホから通知が鳴ります。
気になります。
見ました。
画面には
雄馬
早く会いたい
そう、綴られていました。
絶望。この2文字は今この瞬間を表すための言葉と言っても過言ではない。そのぐらい、絶望しました。
風呂から上がる文香を問い詰めます。としたいところでした。俺にはそんな勇気がないのです。
つま先から指先まで、全身が震えます。
文香はそんな自分をみるなり。
「なによ、寒いの?」
そんな訳はありません。暖房の温度は、28度なのですから。
「あ、あの。」
勇気を振り絞って言葉を発します。でも、俺にはこれ以上勇気を出せそうにありません。
「何。」
苛ついている。見るだけで分かります。でも、不思議と怯えません。なぜでしょう。自分には、見当つきません。
「スマホ、雄馬って誰。」
言えました。今度こそ言えました。
「めんどくさ」
果たして、文香は本当に面倒くさいと思っているのか、自分には、そうには見えませんでした。もう、自分は捨てられたのかもしれません、いや、きっとそうなのです。
「めんどくさいって、何が。」
スラスラと言葉が出てきます。
「はぁ、浮気、浮気、浮気ですよ」
文香の口からこぼれる、浮気の2文字、それを3回。
俺は確信しました。
今この瞬間初めてです。俺は文香に愛されて居ないのです。
「 」
だめだ、何も言いたくありません。
「バレたんだったらあんたは用済み、さよなら」
呆然と立ち尽くす俺を前にして、淡々と俺の荷物をまとめる文香。
「じゃあ、帰ってね」
文香と付き合ってきて、今この瞬間が、一番、本音を話してくれている気がします。
その後のことは、覚えていません、いや、思い出したくありません。
文香と別れました。
まず、一番に琴音にその報告をしに行きました。
「別れた。」
「嘘?」
「本当。」
琴音は俺を抱きしめます。
温かい。
久しぶりに、人のぬくもりを感じました。
「急に抱きつくな」
照れ隠し、というやつでしょうか、反射的に出ました。
ですが、ドキドキはしません。
文香に抱きしめられたときはドキドキしていたのに。
何故か。
答えは簡単です、俺は琴音が好きではないのです。
それから1年間。
俺は琴音から毎日のように猛アピールを受けました。ですが、好きになれません。
1年間もアピールされ、好きになれないのは何故だ。
俺は、その答えを知っています。
俺は、文香のことが、まだ好きなのです。
そのとき思いました。
俺は俺が嫌いだ。
俺は弱い男だ。
でも、クズだ。
そこから何年経ったのかもわかりませんが。頭の片隅には、いや、頭の大部分が文香でいっぱいです。
そして、スマホのトーク履歴にも、「文香。」の2文字が綴られています。
消したい。消したい。消せない。
俺の心は、文香に殺されたのです。
いや、もしくは、俺が俺を殺したのかも知れません。




