分岐点
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「くぁ……ぁ」
カーテンの隙間から差し込む日差しで、俺は目を覚ました。
ベッドサイドの時計を見ると、もうお昼近い。
──あの日から、既に一週間が経過している。
家族を喪い、友達を喪い、世界すら無くなった俺は……正直、元の世界よりよっぽどダラダラした生活を送っていた。
なにせこの世界、ターミナルでは俺は高校に行く必要がない。
さらに働く必要もなく、生活費なども他人に払ってもらっている。
つまりそう。いわゆるヒモだ。ニートだ。
「うーん……俺ってクズだ」
ぽつりと呟きながら、俺はリゼにもらったスマホを取る。
メッセージが届いた。
『今日も本部に行くから、食事は適当によろしく』
「……こいつ、本当に俺の監視人なんだよな?」
メッセージはリゼからだった。
あいつは今、俺の監視人兼保護者になっている。
というのも、このターミナルに来た直後の検査やら手続きやらが終わった後、案内されたのがリゼの家だった。
てっきりどこかの密室に拘束でもされるのかと身構えていたら、普通に住宅街の一軒家に連れてこられたわけだ。
てっきりリゼが1日中監視できるからなのか、なんて思ってたけど、あいつは毎日朝早くに家を出て夜遅くに帰ってくる。
聞けばまだ18歳らしいけど、もう立派に社畜らしい。
まぁ、それもこれも厄災の獣とかいうやつが出現したからなんだろうけど。
「……適当にって言ってもな」
どうやらリゼは食事にこだわりがないらしく、基本的に冷凍食品オンリーだ。
別に嫌いじゃないしまずくもないけど、いかんせんレパートリーが少なすぎる。
飽きた。さすがに。
「適当に買ってくるか」
ウーハーイーツみたいな出前系のサービスもあるみたいだけど、アカウントがない。
お金についてはリゼがある程度くれたし、これでなんとかなる。
「……マジでクズだな俺。死んだほうがいいとされている、これは」
親も友達も殺されて、ひとりのうのうと生き延びてやることがこれ。
ヒモのクズのニートな現状に自己嫌悪を抱かないわけじゃないけど、だからって死のうとする度胸もないし、多分リゼに止められる。
本当に監視人かよなんて言ったけど、多分能力の類で見張ってるんだろう。
そんなことを考えると気恥ずかしくなるけど、俺は着替えて外へ出る。
「別世界は別世界、か。俺の世界、あの箱の中で結構バラエティに富んでたんだな」
石畳の地面に、古めかしい街灯、連立するクリーム色のアパート。
遠く向こう、街の中心部に顔を向ければ、とてつもなく大きな白亜の塔が嫌でも目につく。
俺のいた世界で例えるなら、ヨーロッパ諸国の街並みが近いか。
スケール観はかなり違うし、それっぽいのは見た目だけで、どの建物も街灯も俺のいた世界のものよりハイテクだけど。
ターミナルの中心都市らしいここは「シーズ」という名前の街らしく、中心部にあの塔があり、そこから円形に街が広がっているらしい。
「たしかリゼは向こうに飲食店街があるみたいなこと言ってたな」
さっそくそっちの方へ歩いていこうとしたところで、道路を挟んだ向こうから誰かが近づいてきた。
リゼのそれに似た軍服っぽい服装の若い男だ。
──俺がターミナルに着いたとき、銃を向けてきた連中を仕切ってた男じゃね?
そう気づいて、わずかに体が強張った。
俺を殺そうとした男が、何の用だ?
「1週間ぶりだな、杠葉蒼斗」
「ども……って、そういや名前知らないんだけど」
俺が警戒しながら聞き返すと、男は立ち止った。
オレンジの髪に、同じような色の瞳をした、ちょっとチャラそうな男だ。
「キオル。キオル・プロテオ。剪定士さ」
リゼの同僚なのは分かってたけど、こいつも能力持ちってことか。
なんかますますきな臭いっていうか、嫌な予感。
俺を殺そうとした能力持ちの男が、リゼのいないタイミングで俺に会いに来てたのか?
「その剪定士さんが、俺に何の用? アンタら、今忙しんだろ?」
「ああ。お前のせいでな」
「は? 俺のせい?」
刺してくるような悪意を感じて、思わず顔をしかめた。
「そうだろう? 火種。お前が俺たちに情報を提供しないせいで、こっちの作業は山積みなんだ」
「お生憎。お前らに話すことなんてねーよ」
「話せない、の間違いじゃないのか?」
「はー?」
図星ではある。けど、はいそうですと認めるのは癪だ。
このキオルとかいう男、とにかくうざい。コイツに下に見られるのだけは死んでも嫌だと、俺は強く感じた。
「まったく、リゼさんも不運だな。こんな奴を拾ったばかりに、上から圧力をかけられて」
「……なんだその話」
「知らないのか? ま、のうのうとだらけた顔をして生きているような奴が、知る由もないか」
とことん馬鹿にしたようにキオルは言う。
だけどそれに対する苛立ちより、今は僅かにリーゼリットに対する思案が勝った。
圧力をかけられていると奴は言った。
アイツは今、俺を守るために立場を悪くしているのか?
……なんでだ?
俺とあいつは出会ったばかりで、あいつが俺を気に掛ける理由なんてどこにもないのに。
「ちょっと詳しく聞かせろよ」
「お生憎。キミに話すことなんてなにもないさ」
「うわ出た。相手の言葉を真似て皮肉ってるつもりの奴。寒いから死んどけよ」
嘲笑と共に吐き捨てれば、キオルは目を鋭くして睨んできた。
「あんまり調子に乗らない方がいい。今はリゼさんもいない。お前を解剖室送りにしたって止めてくれる人間はいないんだ」
「はっ。本気かよ」
──マジか?
いや、けど多分リゼが俺のことを見張ってるはずだから、すぐに連絡なりなんなりして止めてくれる……よな?
「本気さ。調子に乗らない方がいいとは言ったが、そもそも僕はそのつもりでここに来たんだからな」
「なっ、てめッ!」
本気かよ!
嫌な予感が的中しやがった!
「おいリゼ! リゼー!」
方法はわかんないけど監視してるんだよな!?
とっとと止めにきてくれよ!
「無駄だ。遠見は封じてある。僕がなんの対策もせず、お前を殺しに来ると思ったか?」
一気に冷えたその口調に、俺は思わず息をのんだ。
こいつ、本当の本当に本気だ。
生き延びるには、どうにか撒いてリゼのいるところ──いや、一旦リゼじゃなくてもいいか。
とにかく人目につくところに行かなくちゃ。
──いや、おかしいよな?
冷静になって気が付いた。
なんで住宅街なのに、俺たち以外の気配がないんだ?
「人払いは済ませてあるに決まってるだろ。とことん馬鹿なんだな、お前」
「マジかよ……じゃあ逃げれもしないってわけか」
「当たり前だろ?」
逃げられないなら、戦うしかないってか……!
そう覚悟を決めた瞬間、ドクンと体の内でなにかが跳ねたような感じがした。
緊張、不安、恐怖?
いや違う。
これは──。
その正体を確かめる間もなく、キオルが動く。
「くそっ、もうどうとでもなりやがれ!」
さて前回リゼの言葉で事なきを得たかと思っていた蒼斗。
ただはいそうですかと引き下がってもらえるわけもなく、剪定士も一枚岩ではないようで……。




