第33話 中青ヶ島旅行<2220.02.12>_間接キス
※画像はイメージです。
この日の僕の様子がおかしいことは大人なら誰でもわかるほどだっただろうと思う。にもかかわらず、植木代表夫妻からは「どうしたの?」と聞かれることは無かったし、そうした素振りさえもなかった。普通に考えれば不可解なことで、そこにはなにかしら理由というか原因があるはず。
植木代表夫妻と高島さんとは僕よりずっと前からお付き合いがあるうえに、植木夫人は高島さんとは同じ公務員で同じ職種という立場。それに植木夫人からしてみれば、過酷な勤務実態を身をもって知っているわけで、その高島さんが遠路シンキロウの活動に参加してきてくれていることを鑑みれば、シンキロウスタッフの中で特に気に掛けていると考えるのが普通で、実際そう端々に感じることがあった。
高島さんは転勤によりシンキロウを辞めることになった。それゆえに送別会が催された。しかし、送別会後も高島さんはシンキロウに遠方から通って活動を続けていて、それが何故なのかは火を見るよりも明らかなことだった。そんな高島さんの気持ちを思って、植木夫妻は僕との仲を取り持とうとされていたのだろうと思う。今回の旅行もそうした流れのひとつだったのだと思う。そうでないと植木ご家族と隣家の姉妹の旅行に、僕と高島さんが加わる理由がわからない。
このように考えていくと、この旅行中に僕の様子について植木代表夫妻から高島さんに対して、僕ことについて原因を知らないかをたずねていたと考えるの自然だろうと思う。またそうでないと、いくらなんでも植木夫妻の振る舞いについて説明がつかない。それにしても、高島さんはそれにどう答えたのか、今更ながら気になって仕方がない。
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この旅行で、高島さんの表情はいつになく自信に満ち溢れていたのは、僕の気持ちを確かめることができたからだというのは無理筋であるように思える。それも原因ではあるのだろうけど、それを主因として捉えるのは違うように思う。それを主因とするならむしろ安堵感のある表情になっていたのではないかと思う。2回目の告白が成立しなかったことで、高島さんの僕に対する向き合い方は変わったように感じられていた。それは高島さんの中で何か覚悟というか、決断したものがあって、それが表情に表れて、その表情を僕には自信の表れだと感じ取ったように思えたのだ。
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小高い山頂の公園を後にした僕らは、次に観光バスに乗車した。バスに乗車したことは覚えているし、バスガイドさんが何かをお話していたことも覚えている。でもどこをどう巡ったのか1箇所を除いて覚えていない。記憶にある1箇所はかなり広い公園で、それがどのような公園だったのかは覚えていない。ただ観光バスの順路になるくらいだから、何か意義のある公園だったのだと思う。バスで観光した順路で唯一この公園を覚えているのは、この公園に隣接しているレストランで食事をしたことによる。円卓を7人で囲んで昼食を食べた。自分が何を食べたかは何も覚えていない。僕が食べ終わった頃だったと思う。どういう話しの流れでそうなったのか、彼女が食べているラーメンを僕が食べることになった。
”彼女が食べていた箸を使って”
ドキドキした。たぶんその時の僕はずっとうつむいていたと思う。表情から今思っていることを読み取られたくはなかったので。彼女の使ったお箸で彼女が食べたものを食べられるなんて嬉しくて仕方がなかった。
(ホントにいいのかな?)
そう思いながら、わたされた彼女の箸を使って麺をつかむ。沈んだ気持ちとなんとも言えない嬉しさが同居した複雑な思いを隠し切れないまま、麺を口へと運ぶ。味なんてもう何もわからない。味を堪能する余裕はない。ただ夢中になって麺を口に運ぶ。とても目を誰かと合わせるなんてできない。恥ずかしさもあるけど、あまりに複雑すぎる心境が顔にどうでているのか自分でもわからなくて、どうしていいのもかわからなくて、うつむいたままで束の間の幸せを感じていた。幸福を感じている時間は案外短い。
(高島さんはどう思っていたのだろうか・・・・)
バスでの観光が終わったあとどこに行ったのか記憶がない。ただ、暗くなってから、この地での最後にと、今度は標高の高い山に登ってそこから夜景を見た記憶がある。綺麗な夜景ではあったけど、あまり心には響かなかった。山を下りて帰路についた。夜道を一路、植木氏宅まで急いだ。途中1度だけ運転を僕が変わったものの、眠くて何かにぶつかりそうになった。車が少しふらついたため、後部座席にいた彼女から「どうかしたの?」と声を掛けられた。
起きていたんだ。暗すぎて運転席から後ろの様子はわからない。折角運転席に座っているのに後ろの様子がわからないなんて残念。でも遅かったから彼女は寝ているとばかり思っていた。起きていてくれたんだと嬉しかった。その後すぐに植木代表に運転を変わってもらった。意地でも運転を続けたかったけれど、自分の意地のために事故を起こしては元も子もない。結局ほぼ丸1日の旅行だったけど、13日に日付が変わった頃、植木氏宅に到着した。
僕の実家は植木氏宅から車で5分くらいだから、容易に帰れる距離なのだけど、どういうわけか、この時はこのまま7人全員で植木氏宅で雑魚寝することになった。後になって、彼女と同じの部屋で就寝した事実を理解できた。その時は眠くて仕方なくてそれどころではなかった。同じ部屋で寝ていることを感じていたかったと思い返すと残念で仕方ない。朝食事をいただいてそれぞれ帰宅した。
布施「では、みなさんのご感想をお聞かせください。」
ge「高島さんがこの旅行を二人の関係を進展させるための「舞台」として意図的企画したのではないでしょうか」
布施「そうですね。方向性としては合っていると思います。」
ge「暖かいお茶を差し入れる行動は、「あなたを気にかけている」「あなたの状況(冷え切った体と心)を理解している」という強いメッセージだったのでは?」
布施「どちらも正解だと思います。」
ge「昼食時の「彼女が食べていた箸を使って」ラーメンを渡す行動は、極めて親密な行為であり、これは、高島さんが「布施君との関係を進めること」を明確に意識している、あるいは、布施君への「特別の思い」を示したのだと思います。」
布施「ただ、僕自身はそこに思いをはせる余裕も元気もなかったのですよね。」
el「昼食時に、高島さんが布施君にラーメンを提供したシーンは、彼女が布施君に特別な感情を持っている証左でしょうね。」
布施「普通はそう捉えますよね。」
ma「高島さんの行動の裏にある意図を布施君が推測する部分や、植木夫妻の配慮を読み解く部分など、人間関係の機微が丁寧に描かれている点が印象的でした。」
布施「ありがとうございます。」
ma「そもそも論として、この旅行が布施君と高島さんだけが独身成人男女であるという状況は、高島さんが意図的に作り出した可能性は高いでしょうね。」
布施「旅行中はそれに気づいていなかったのです。」
ma「植木夫妻は、布施君と高島さんの関係を見守り、そっと後押しする役割を担っていたように見受けられます。特に、布施君の様子がおかしいことに気づきながらも、あえて何も聞かずに見守っていたことや、旅行のメンバー構成、そして高島さんのシンキロウへの貢献を考慮すると、二人の関係を応援していたことは想像に難くないですね。」
布施「たしかにそうなんですよね。当時はそういう背景に思いをはせる余裕はなかったのですけど。」




