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第31話 中青ヶ島旅行<2220.02.12>_山頂へ

挿絵(By みてみん)

※画像はイメージです。


 次の観光地は見晴らしのいい小高い山の山頂に登るらしい。山というより小高く土を盛ったというほどの高さで、山頂の小さな公園から眺望は標高とは比例せず、すばらしい。徒歩で登ることになるため、そんなところに行くにしても、僕にとっては大きな問題だった。7人でまとまって歩いていくと、歩いているうちに誰かと誰かが前後して、どこかのタイミングで彼女と隣り合って歩くことは大いにありうる。それは困る。そうなる可能性があるのであればいっそ一緒に歩かなければいいのではないかと思った。行き先は分かっているので、少し遅れていけばそれでいいだろうと。

 小高い山に登るにはなだらかな坂道を歩いて行く必要がある。その坂道には土産物屋が並んでいた。その坂道の入口脇に階段があったので、坂を上がっていくみんなに背中を向けるように腰かけた。まだ朝早い時刻で人通りもほとんどない。背中を向けたまま、坂道をあがっていく皆の足音に耳を澄ませた。足音の感じからゆっくりしかし確実に僕から皆が遠ざかっていくことがわかった。足音は少しずつ小さくなっていく。


(これでしばらくひとりになれるな)


 安堵したまま、前方に立ち並ぶ建物の隙間から僅かに覗き見れる海を眺めていた。


(今はひとりが落ち着くな・・・)


 クルージングで冷え切った体温も感覚的にはまだ元に戻っている感じはしていなかった。人気があまりないこともあったかもしれない。幸い気になるほどの風も吹かないので、ここでこうしてしばらく朝日を浴びていれば、体温も気持ちも少しは回復するだろうと思った。ただみんなと一緒に行動していないという後ろめたさはどこか残ってはいたものの、その後ろめたさとひとりでいたいという気持ちを天秤にかけたら、何も迷うようなこともなかった。


(もうどう思われていたとしても構わない。一緒に歩くなんて、申し訳ないけど今は考えられない・・・な・・・)


 さして眺めがいいわけではなかったけれど、波打つ海面にいくらか救われていた。ただ、どうせなら立ち並ぶ土産物屋を見ているほうがよかったのにとも思っていた。もちろん今はそれができないことは自分が一番よくわかってはいたのだけれど、見える海の範囲があまりに小さくて、体を動かさず見える範囲の建物に興味を引かれることもなかったので、背後にある土産物屋のある坂道の風景に好奇心を奪われたのだった。

 わずか2週間前に振られた女性と、深夜から車に乗って約7時間。それから朝食、湾内クルージングと緊張したまま。今、束の間の寛ぎの時間を得られたけれど、まだ心の傷はいささかも癒えてはいない。


(1年もたたないうちに同じ女性に2回ふられるとか。何やっているんだろ・・・俺)


 そうしているうちに後ろから近づいてくる足音が聞こえてきた。まだ遠くを歩いているけれど、その足音は明らかに坂道を下ってきている。


(・・・いや、まさかね)


 山頂の公園は有料なので開園時間が決まっている。開園時間から普通に考えると、まだ人が出てくる時刻とは思えなかった。それはつまり、そういうことなのかと思いを巡らせてみた。


(じょ、冗談だろ・・・冗談だよね・・・ね)


 間違えであって欲しいと願ってはみるものの、広い坂道の僕の座っている側を歩いて近づいてきている足音にしか聞こえなかった。もう景色なんて眺めてはいなかった。意識の全てを耳に集中させて近づいてくる足音を聞き取ることに集中していた。


(ま、まさかね、そんなことはね・・・ないよね・・・)


 もはや不安しかなかった。そもそも僕がここで佇んでいるのは彼女と距離をとりたかったからで、その彼女が僕のところに戻ってくるなんてことが現実にあるのかと、間違えであって欲しいと願っていた。そしてその足音が至近距離まできたところで止まった。わずかに時間をあけて、硬貨と硬貨がぶつかる音に続けてボタンが押される音が聞こえ、ペットボトルが自動販売機の取り出し口に落ちる音がした。


「はい、どうぞ」


 座ったまま振り返ると高島さんがお茶のペットボトルを僕に差し出しているが見えた。


「あっ・・・、ありがとう・・・」


 ペットボトルを渡し終えた彼女は、それ以上何も言葉をかけることもなく、静かに僕に背中を向けて今おりてきたばかりの坂道をふたたびのぼっていった。


(あったかい・・・な・・・)


 どうしてか涙が出そうだった。嬉しさもあったとは思う。悔しい気持ちもあった。恥ずかしさもあった。だから、なんで泣きそうなのかはよくわからない。体が冷えているのだから暖かい飲み物を飲めばという発想がこの時の僕にはまるでなかった。背中側にわずか1歩か2歩の距離に自動販売機があったのにもかかわらず、そんなことにも気づけないほど落ち込んでいたのだった。それにしても、暖かいお茶をわざわざ坂を下ってきてまで僕に提供してくれたのは、体が冷えているこを気にしてくれていたのだろうか。


(その優しさは今の僕には辛すぎるな・・・・)

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