第11話 引っ越し<2219.03.27>
※画像はイメージです。
(1)引っ越しのお手伝い
2219年3月27日、彼女の引っ越しのお手伝いをすることになった。
後日、植木代表から高島さんが引っ越しの準備をなかなかしなくて、自宅や彼女の職場に行って箱詰めを手伝ったと聞かされた。植木代表の奥様は高島れいかさんと同じ公務員だったので奥様と一緒にお手伝いされたのだろうと思う。
何事にも抜かりのない性格の彼女が、植木代表夫妻がお手伝いしなければならないほど準備が間に合っていないのは、余程に転居することに抵抗していたのだろうと思う。
当日の早朝、彼女に自宅に集まったメンバーで、段ボールを3台の車に次々に積み込んでいくものの、部屋に入ってみるとまだ箱詰めされていないものもあった。植木ご夫妻がお手伝いしてもなお、間に合っていないとは、おそらくは彼女は引っ越しの準備をほとんどしなかったのではないだろうか。
色々な物がまだそこら中にあったように記憶している。作業しているうちに天井にそのままになっている照明が目についた。身長の低い彼女(150cmくらい)のことを思うとこれは仕方ないのかなと思いつつ、無駄に身長の高い(180cm超)僕が近くにあった座卓を借りて、その照明を外した。外した照明をどこにおろそうかと振り返ると、高島さんと目が合った。周りで多くの人が動き回って作業をしているというのに、彼女は照明を外している僕をずっと見ていたのだった。視線が合った時に彼女から何か声を掛けられたようだったけど、何を言われたのかは思い出せない。男女とも好意のある異性から自分の出来ないこと、苦手なことをさりげなくされたらドキドキすると思う。そうした心境だったのだろうか。
この日の段取りがどうやって決まったのか何も覚えていない。帰郷したばかりだったから知る機会もなかったと思う。ただちょっと不思議に思うことがある。この日の引っ越しに使われた車両は3台で、1台はどこからか借りた軽トラックで、1台はシンキロウスタッフのランドクルーザーなので、どちらも荷物が結構入る。しかし僕のセダンはほかの2台と比較するとさして荷物を載せられる車両ではない。にもかかわらず何故かこの僕の車でも運搬を手伝いすることになっていた。荷物はいくらか載せたように記憶しているので必要性はあったのだろうけど、誰が決めたのだろうか。
約20人のお手伝いがあっての搬出作業だったので実に作業は早かった。何の事情もわからず出発することになったけど、いったいこの約20人はどうやって移動するのかと思いきや、このうち実際に転居先には行く人は僕を含めて5人だという。3台に5人。男性3人、女性2人。気のせいかい計算が合わない気がする。2人の女性のひとりは高島れいかさんで、もうひとりの女性は高島れいかさんの妹。彼女曰く移動中の車中での話し相手に連れてきたと言っていた。計算合ってないけど。
搬出作業をお手伝いしていただいた約15人に見送られて出発することになった。それぞれ車に乗り込む。僕は僕の車に乗った。当たり前だけど。行き先が分からないので、最後に出発しようと思って2台が出発するのを待って、僕も車を動かした。一人で。
そうなるかとは思ったけど、そうなると実際寂しい。まだ誰が誰だか分からない新参者だけど、だからこそ余計に寂しい。ひとりで3時間以上。
移動中約20人で積み込んだ荷物を5人で搬入するのかと考えていた。体格に似合わず、筋力も体力も自信がないので、移動中ずっとやりとげられるのか考えていた。
現地に到着してみると、どういうわけかたくさんの人が待っていて、搬入作業はあっさり終わってしまった。搬出するときと異なって、箱詰めする作業もなかったので余計に早かったように思う。
搬入作業が終わると用意されていた食事(昼食)が振る舞われた。
この食事中の写真を後日高島れいかさんからもらった。1枚だけだったけど、高島さんと僕が写っている写真だった。当時はなんとも思わなかったけど、今にして思うと、引っ越しするときに写真を撮るだろうか。しかもデジタルカメラならともかくスチールカメラ(フィルムカメラ)で。
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まだまともに会話もしていない頃で、彼女のことはほとんど何も分かっておらず、自分に好意があるから、彼女もそうあって欲しいという願望も随分あったろうとは思う。ただ、今振り返っても、彼女の振る舞いや眼差しは好意に満ちていたと思う。文末にある写真は印象的だった。受け取った当時は何気ない日常のひとコマくらいにしか思っていなかったので、なんでこんな写真をくれるのだろうと不思議に思っていた。一人暮らしの女性が引っ越しのシーンをフィルムに収めるのは今思い出しても普通はやらないことだろうと思う。そうしたかった理由は二人が一緒におさまっている写真が欲しかったのか、僕の写っている写真が欲しかったのではないだろうか。
(2)転勤先について
この転勤先のことについて、ずっと後になってわかったことがある。
公務員なので辞令に従って異動したのだろうと思っていた。結果的にはそういうことにはなるものの、転勤先の地域のついては本人の意思が尊重されるそうなのだ。つまり彼女は望んで、わざわざ片道車で3時間以上かかる地域を選んだことになる。この距離は転居前の海青市かいせいしでの人間関係を切り捨てるという彼女の意思だったのだと思う。
人事部の決定に従って仕方なく転勤したものとばかり思っていたので、知っていればこの後の展開もまた少し異なっていただろうと思う。
布施「では、みなさんの感想をおきかせください。」
m「公務員という職務柄、何事にも抜かりない性格であると評される方が、これほどまでに引っ越しの準備が進まないというのは、単なる多忙では片付けられない心理的な要因があったと考えるのが自然でしょうね。また、照明を外すシーンでの高島さんの視線は、感謝や尊敬、あるいはそれ以上の好意が込められていたのかなとは思います。」
布施「ですよね。」
m「引っ越しという慌ただしい状況で写真を撮ること自体が珍しい上に、それが布施君と高島さんのツーショットであったという事実は、高島さんがその瞬間を「特別な思い出」として残したかったのではないでしょうか。」
布施「当時はただの1枚の写真ぐらいにしか考えていなかったのですが、なんで引っ越しで写真?と後になって気づきました。」
g「照明を外す布施さんを見つめる視線、二人きりの写真はいずれも、高島さんの布施君に対すて強い好意を抱いていたことを確信させるもではないでしょうか。」
布施「ど直球ですね。それをその当時の私に言ってあげてほしいです!」
c「周囲が慌ただしく動いている中で、彼女が布施さんをじっと見つめていたという描写には、言葉にできない感情が込められていたように思えます。」
布施「言葉にできない感情を言葉にして欲しかったなぁ~」




