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イーロン谷の財宝

鉄の樽亭、二階の安宿部屋。

朝の光が差し込み、ベッドの上でガルドが半身を起こし、情けない声を漏らした。


「なあ、リシュア。お願いだ、帰りたくないんだ。連れて帰らないでくれ」


椅子に座って弓の弦を調整していたリシュアは、呆れ顔で彼を見下ろす。

「またそれ? “王子を連れ戻せば一万ゴールド”なんだけど」

「俺が払う!」

「は?」

「俺が一万ゴールド払うから、連れて帰らないで!」

「……あんた、本当に払えるの?」

「払う! だから報酬は六対四でいいよ」

「八対二」

「七対三!」

「……交渉成立」


リシュアは深いため息をつき、弓を置いた。

「まったく……この男は」


その時、階下の酒場から女将の怒鳴り声が突き上げてきた。

「ガルドォ! ツケ、溜まってんだからね!」


ガルドは枕に顔を押しつけて呻いた。

「ツケが……おっと」


リシュアは額を押さえてため息を重ねた。

「ほんと、働きなさいよ」

「働く? 俺が?」

「他に手があるの?」

「……ない。めーんどくさいよー」


それでも腹は減る。二人は固いパンをかじりながら階段を降り、一階の酒場へ。

梁に染み付いた酒と油と獣脂の匂いが、胃より先に脳を叩く。

カウンターでは女将がジョッキを拭きながら二人を睨みつけた。


「おはよう、借金王子」

「ただいま、女将。今日は仕事を探しに来ました!」

「言うと思った。壁を見な」


壁の張り紙には「迷い猫(噛む)」「柵の修理(材料は自前)」「市場で呼び込み(低賃金)」など、気持ちが下がる依頼ばかり。

ガルドは肩を落とす。


その時、隅のテーブルから掠れた声が響いた。

「……イーロン谷に、財宝が出たってよ」


声の主は痩せぎすの中年冒険者。一本だけ残った前歯を見せ、にやりと笑った。

「昨夜の地鳴りで祠の封印が緩んだってな。金銀ざっくざく、だとさ」


酒場の空気が、一瞬で熱を帯びる。

「女将。この話の信頼度は?」

「最低」

「よし行こう!」


リシュアがすぐに腕を掴む。

「待って! こういう噂は大体、誰かの財布と喧嘩するのよ」

「だから行くんだろ! 夢は追わなきゃ叶わない!」

「現実は追わなくても追いかけてくるの。借金って名前で」


カウンター奥で女将が肩をすくめた。

「どうせ行くんでしょ? 行くなら行っといで。ただし帰ってきたら“ツケが減るくらい”の話を持ってきな」

「任せろ!」


そのとき、刺青だらけの大男が立ち上がった。

「おい兄ちゃん、賭けるか?」

「おうとも!」


テーブルに銅貨が転がり、笑いと野次が飛ぶ。

「イーロン谷に財宝があったら、俺の奢り。なかったら倍払え」

「受けて立つ!」

「……あんた、ほんと学習しない」リシュアはこめかみに手を当てた。



モナークの城門を抜け、街道へ。

ガルドは胸を張り、剣を肩に担いだ。

「よし、こっちが東だ!」

リシュアが半眼で睨む。

「だから今、南を向いてる」

「えっ」


分岐で右、川を越え、丘を三つ。気づけば太陽は西へ傾き、草原の影が長く伸びていた。


リシュアが冷静に告げる。

「影の伸び方的に……北に進んでる」

「なぜだぁぁぁ!」


鳥が一斉に飛び立ち、ガルドは頭を抱えた。

「最初の分岐で“右へ”行ったからよ。あんた、南を向いてたの」

「じゃあ今度は左だ!」

「今、北を向いてる」

「……めーんどくさいよー」


やがて二人が踏み込んだ谷底。焚き火の匂い、鉄のきしみ、下卑た笑い声。

木柵と見張り台、十数人の盗賊たち。そして中央に――黒マントの美女。


「お客さん?」


艶やかな黒髪を揺らし、腰に曲刀を佩いたその女は、妖艶に笑った。

「私はイリヤ。世間じゃ“大盗賊イリヤ”なんて呼ばれてるわ。観光?」


「イーロン谷に行くつもりが、うっかり」

「方向音痴の王子って噂は本当なのね」


イリヤが指を鳴らす。盗賊たちが一斉に立ち上がり、武器を構えた。


「お客さん。入場料代わりに、命ちょうだい」

「やなこった!」


ガルドはバスタードソードを引き抜き、構えた瞬間に空気が変わった。

最初の盗賊が棍棒を振り下ろす。ガルドは剣を横に薙ぎ、棍棒を真っ二つに割る。

続けざまに二人目の剣を叩き落とし、蹴り飛ばす。


「次!」


リシュアの矢が背後の敵を射抜き、二人が悲鳴をあげて崩れる。

「……ほんと、戦う時だけは頼りになるんだから」

「戦う時“だけ”って言うな!」


しかし盗賊の数は多い。ガルドの鎧がかすめられ、リシュアの矢筒も残りわずか。


「数が多い!」

「めーんどくさいよー!」

「遊んでる場合! 本気でやりなさい!」


イリヤが曲刀を抜き、にやりと笑った。

「へえ……王子様は口ほどに剣が立つのね。でも――」


一閃。

ガルドの剣とイリヤの曲刀がぶつかり、火花が散る。

重く鋭い斬撃。ガルドは踏ん張りながらも、押し返される。


「くっ、速い……!」

「男に速いなんて言われたくないわね」


しなやかな動きでガルドをいなし、リシュアの矢も紙一重でかわす。

その身のこなしは盗賊頭領というより、歴戦の剣士だ。


やがてイリヤは大きく距離を取り、曲刀を回した。

「楽しかったわ。でも――ここまで」


背後に積まれた木箱を顎で示す。

「祠の財宝? 確かにあったわよ。噂は本物だった。

 でも残念――もう全部、私がいただいた。金も宝石も、箱ごとね」


ガルドが目をむく。

「な、なんだと!?」

「財宝は“あった”。でもあなたたちの手には“無い”。

 そういうことよ、王子様」


煙幕が弾け、視界が白く染まる。

次の瞬間、谷には灰と残り火だけが揺れていた。



夕暮れ、鉄の樽亭。

リシュアが木札を差し出す。

「大盗賊イリヤの盗品、証拠。兵に渡して」

女将は笑みを浮かべる。「助かるよ」


ガルドは胸を張った。

「命を張って情報を持ち帰った! ツケの――」

「増えるね」

「なんでだ!」


刺青男が立ち上がる。

「賭けは俺だ。財宝はなかった、払え」

「いや、あった! 盗品だけど!」

「手元になきゃ“無い”だ!」

「理屈が汚い!」

「お前のが甘い!」


二人の額がぶつかり、

「あった!」

「なかった!」


リシュアがこめかみに手を当て、低く呟いた。

「……いい加減にしなさいよ、あんたら」


スゴゴゴゴ――


精霊の暴走。酒場の梁が割れ、酒樽が爆ぜる。


女将は冷たい声で言い放った。

「――倍」


ガルドは崩れ落ちた。

「なんでツケが倍になってるの?」

「被害額と掃除代と、私の心の傷」

「心の傷は見積もりに入れないでぇぇ!」


リシュアは耳をつねり、冷たく笑った。

「払うって言ったわよね?」

「わ、分かった……働く……」


女将は樽を見上げ、肩で笑った。

「いい子だね。明日は樽運びと柵修理。報酬はツケから相殺」


ガルドは天井の裂け目を見上げて呻く。

「めーんどくさいよー」


――迷走は続く。


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