第六十五話
サーベルが、もう何回目になるのだろう。
その形状を強調するような確かな落下音が響いていた。
「…っっっっ!?」
何を言っているのかわからないが、あれはエドワードの声だろう、何を言っているのかわからないが普段、あんな声を出す事もないので正直、驚いた。
だが、それは壁一枚を挟んでいるからといえば理由にはなるが、見下ろす先の『彼女』は耳を塞いでいたのが大きな理由だろう。
おかげで窓の隙間から気づかれる事のなく潜入できたが、言わずにいれなかった。
「酷い女…」
アイーシャは『ピクリ』と驚く様子を見せたが、すぐに取り繕う。
「どこが、あの男が勝手にやってる事じゃないの。酷いのは貴女の方だと思いますわよ?
ゴミ箱に放り込んだはずの『アレ』を回収なんかするから、あの魔道士の手に渡って騒ぎになったのでしょう?
所詮、こんな名誉なんて、騒ぎを起こすようなタネにしかなりませんのよ」
すると歓声が辺りを包んだ。
そろそろ治安部の連中もあの妹の指揮もあり、収束に向かっているのを理解しながら言った。
「キミは、向き合えもしないクセに…」
「何を言うと思えば、ワタクシはただ『人間』として生きていたかっただけですわ。
みんな名誉に振り回されてましたわ、お父様もお母様も、みんな、みんなみんなみんな…。
エドワードの結婚なんてもっと嫌だった。
だから、投げ捨ててやりましたの」
「……」
「お怒りかしら、なら、いい機会ですわ。
あの下郎に殺されるより、カリフに殺されるのなら、私も格好がつきますわ」
「……」
「出来ないでしょうね。
ほら、ごらんなさい、貴女も名誉は大切ですものね」
もう一度、サーベルを落とす音が聞こえる中、私は彼女に近づき、その腕を掴んでいた。
「ちょ、痛っ、離しなさい!!」
無理やり引っ張りドアを開けて。
「ア、アイーシャ!?」
そこにアイーシャを投げ捨てるとエドワードは驚きながらこっちを見るのでアイーシャは睨みつけていた、しかし、すぐに表情を戻して答えた。
「さすがカリフ、いい判断してますわね」
そして、こちらの返答を待たずに、アイーシャは言った。
「エドワード、この方が代わってくれるそうよ」
「ア、アイーシャ、何を?」
何度、倒され、何度、床に叩き付けられたのだろうか、エドワードの衣服や頬の辺りも少し青くなっていた。
それを見てもアイーシャは言う。
「よく戦った方じゃない、貴女もこれで格好くらいついたわ。
後は代わりなさいよ、これで誰もが証明するでしょう。
『エドワードは勇気のある人間だ』なんて、さあ、これでいいのでしょうカリフ?」
俯いたままのエドワードは、聞いてきた。
「…アイーシャは?」
「別に構わないでしょう。
どうせ貴方とは離婚するのだし、貴方の知ったことではありませんわ」
いまだにエドワードは俯き黙ったまま、天井を見上げていた。
「そんな事、言ってるけど…」
そんな彼に聞いてみた。
「まだ、戦える?」
魔法使いはサーベルをエドワードの前に軽く蹴った、今度はアイーシャが驚いていた。
「何…言ってますの…適わないのが、見て解らないの?」
それを掴み、エドワードは身構えて気配を伺う、しかし、そんな事など、させないと言わんばかりに闇の指弾の群れがエドワードの眼前に広がる。
さすがに戦闘経験の浅いエドワードも気付いたのか、魔法使いに向かって飛び掛って行く事を選んだ。
しかし、魔法使いの砲弾はマシンガンではない。
床に当たれば飛沫がまっていた、例えるなら、墨汁の砲弾。
ただ、タチが悪いのはその飛沫がエドワードに掴みかかって来て、柔道で言う『大外刈り』を完成させていた。
「うあ!!」
投げなど人間同士でやるから、どう転ぶのか何となく理解できるのだろう。
「いた…」
積み重ねてきた西方術の細部コントロール。
それはまるで車に跳ねられたようにエドワードを倒し、受身を取り損ねたのか右腕を押さえていた。
「もう適わないというのはわかったでしょう、もう、おやめなさい、エドワード」
「いい加減にしなよ」
少し感情の高まりを感じながら、制したがアイーシャは今度こそ睨みつけて答えた。
「だったら、おやめなさい。
エドワードが『特別』だという事くらい、ご存知でしょう?」
「だから?」
手を上げようかとも思った。でも、それは無駄な事くらいは目に見えていた。
するとエドワードは、もう一度、立ち向かおうとしたのだろう。
今度は懐に飛び込んだのまではよかったが、彼の手に捕まって顔面を壁に叩きつけられた。