第六十四話
その頃、私はシャンテを見つけていた。
大きく広い部屋ではあったが、窓をずっと眺め、彼女は動かないままなので、ここからでは何をしているのだろうかわからない。
だが、ドアを少し開けてその光景を眺めている自分くらいは気付いているのだろう、後ろは向いてはいたが『見られている』という感覚が本能的に察知できた。
なので遠慮なくドアを音を立てて開けてさらに近づくと、シャンテは振り返りもせずに冷徹に聞いてきた。
「部下に足止めを頼んだつもりだが、随分と役に立たないものだな…」
「ふっ、部下をうまく指示するのも、自身の能力と思うがな?」
「…オズワルドはどうした?」
不機嫌にしたまま不意に近いタイミングだったが、やはりあの会見の時、自分が日本刀を突きつけ、そのまま逃走したのだから、気にはなっていたのだろう。
「その場でヘタれ込んでいる」
「そうか、それがいいのかも知れないな。
ところでお前はこの日記帳に何が書かれているのか知っていたのか?」
「いや、知らん。
だが、お前が逃げたという事はおおよそ『都合の良く無い事』が書かれているのだろう。
例えばあの核テロの本当の実行犯は誰であるとかな?」
「そこまで知っていて…」
「ああ、オズワルドがあまりにもしつこかったから、そう教えてもやったが?」
「お前…」
私に対して憎悪が膨れあがっていくのがわかった、今にも飛び掛って来そうな雰囲気をだったが、辛うじて理性が『コレは挑発だ』と教えてくれているのか、こちらを睨みつけたままだった。
「私は何が間違っていた?」
冷静さを取り戻そうと必死なのだろう、状況を整理するように呟き始める。
オズワルドと同じように、ただ性質は違っている。
「血、肉、骨、私は全てこの同盟に捧げて来た、この名誉のために、それを守るために私はどんな汚い事もやった。
何が間違っていた?
私の意図も知らず、ミンもチェンバも裏切り、挙句にレフィーユ、お前まで…。
この名誉は、大事ではないのか?」
「いつまでもそれにすがり続ける、まるで『墓守り』だな」
「カリフと一緒にするな!!
何が間違っている、確かにオズワルドは自分の抱えている事業に失敗した。だが、それを助けようとするのは間違いか?
チェンバは私の元を離れ、ミンに至っては、オズワルドがそんな事のために、名誉を盾にするようなら、『自分の事業の資金をまかなう為に、レフィーユと結婚しようとしている』とマスコミに公表するなどと…。
何故、みんな助けてやらない!!
同盟とはそういうモノか!?」
「それがミンを殺した理由か?」
「当然だ、私はあの名誉を守るためなら、どんな事でもやる!!」
「ふっ、『どんな事でも』か…、それで殺人が許されるのであるなら、所詮は他人の作った名誉だ。
そんな名誉、私はいらん、捨てたほうがマシだ」
「貴様…なんて事を…」
確かにチェンバレンの言うとおり、今の彼女はこの名に『執着』していて、今だからだろうか、その様は『異常』だった。
今にも彼女が飛び掛かってきそうな雰囲気。
だが、防御する気など、どこにもわかなかった。おそらく、今の自分は、今の彼女より冷静なのだろう。
それに…
「私はお前を責める事は出来ん…」
「なに…」
サーベルを消して、椅子を取り出して手袋をすると、シャンテは驚いてずっと自分の方を見ていた。
「私は事件を解決する事で有名にはなれはした。だが、もし、私がそうしなかったら、お前はどうしていたのだろうな?」
「お前の家系は代々の名家だ、そんな事があるのか?」
「ふっ、仮定の話だ。
だが、そんな状況下で私の家が破産の危機に瀕したとしても、お前なら…助けようとするだろうな」
「当然だ、それなのに何故…」
そう、全ては七色同盟のために…。
たった一つの思いだけでどれだけ、ここまで進めるのだ。
「…みんな裏切る」
「誰も裏切ってなどいない」
「私は、七色同盟のため…」
「確かにお前は全てを捧げている、それは責める事が出来ん」
「オズワルドの事業を助けようとしたのだ」
「だが、誰を助けるのが大事なのかを間違えた」
何も言わず、シャンテは私の方をずっと見ていた。
この様子なら、誰の事を言っているのかわからないのだろう。
「どうして、エドワードを守ってやれなかった?」
するとシャンテは半ば笑いながら言った。
「物事の大事を見間違えてもらっては困るな。オズワルドは生計に関わる失敗をしたのだぞ?
お前だって知っているだろう、それにエドワードは『特別な人間』だ。
これからも生きていける」
「わからんのか、特別であっても、このままでは人としての尊厳すら失いそうなのが…。
エドワードはいつもそれに足掻いていたのだぞ?
…いつも歯がゆかった、下らん同盟であったが、私は、こんなに足掻いて、頑張っている男すら助けられんのかとな。
何が『名誉』だ。
何が『選ばれた人間』だ。
そんな私は、お前を責められないだろう。
だが、貴様は何を守っていた!?」
シャンテに抱えられていた日記帳が驚いた拍子で、床に落ちる。
私は睨みつけたまま、シャンテに近寄ると向かってくるとでも思ったのだろうか、距離をとったが目的は違う。
日記帳を拾い上げ、読んでいない調子でパラパラと捲りながら窓を開けながら答えた。
「そして、先祖もこんな事のために日記帳を残したワケではないだろうよ」
…日記帳を放り投げた。
「貴様ぁぁ!!」
慌てて追いかけるように窓を見るが、幸い日記帳は甲板の上に落ちていた。
シャンテは睨みつけるように私を見たが、恐怖は無かった。
「これで先祖も関係ない、掛かって来い!!」