第四十八話
「彼女を知る上で、キミの登場は仕方がない事だった。
だけど、ボクは彼女以上に、キミが正義の味方だというのを知っていたのは、数年前だった」
「どう言う事でしょうか?」
「ボクは、昔からキミのファンだったんだよ。
自分の信じた行動、行為を全うし、様々な事件に取り掛くむ姿勢。
否定されるのがわかっていても、邪魔をされるのがわかっていても情報を提供する、その様。
結果はともかく…、まさにキミはあの七色同盟より、おとぎ話に出てくるような人物。
そのキミの姿は、七色同盟をずっと守っていた影の集団『カリフ』の学ぶべき姿勢だったからね。
…だけど。
その活動はある事件で、休止を迎える事になる」
アルマは、腹部にあるキズを撫でて、まるで血がまだ付いているかの様に指先を見つめてさらに聞いてきた。
「どうして『また』戦おうとしたんだい。ましてや、今度はレフィーユと一緒にだよ。普通じゃ考えられないよ?」
「考えられませんか?」
「ボクだったら、絶対に許さないね。もっとも、適わなかったけど。
でも、それが普通じゃないかな?
特にキミには彼女を恨んでいい権利と、何をされても仕方が無い権利だってあるのに、でもそうしない。
その証拠にボクはキミに『全て』を教えたのに、キミは優位にも立とうともしないじゃないか?
教えてほしいね、どうして、そこまで抑えていられるんだい?」
月明かりで彼女の耳にあるピアスに気付くが、一旦、視界から彼女を外した。
「抑えられていませんでしたよ…」
そして、彼女を通り過ぎ空を見上げるとここから月が良く見えた。
「どんなにキズを負っても、どんなに罵られようとも学園に登校する。
あの時の私には、これが自慢でしてね」
「随分と小さい自慢だね」
「お笑いになって結構ですよ。
ですけど、いつも挨拶をしてくれるイワトさん、いつものように冷やかしてくるサイトさん、あの双子にレオナさん。
いつも出来る事が、どれだけ私の励みになった事か。
ですけど、貴女の言った『あの事件』の後、さすがにそれが出来ませんでした」
『何もしたくない』
その心境で見上げた月と、この月はよく似ていた。
「ずる休みもしました。打ちのめされたように倒れ、あの時ほど、もうやめようと思った事はなかったでしょうね」
「でも数日後、またキミは…」
「『立ち上がるしかなかった』と言えば格好が付くでしょうか、私は様々な事件に関わって、様々な人に出会いました。
どの様な人が強いというのを知りました。逆に弱いというのも見ました。
復讐とは報復とは、虚しい事だとも知ってました。
そこで出てきた回答は、そのまま倒れて楽になるか…」
「その逆の二択目、キミは戦う方を選んだ」
「…逃げたくなかっただけ、結局、私にはそれしかなかったのでしょうね」
「だけど彼女は、キミを認めなかったじゃないか?」
「そうですね、あの時の彼女は敵意を持ってました。
ですけど、その時だけ、彼女の敵意に煽られて抑えていたのが、ふき出しました。
攻撃するたびに、私も、言いたい事を言いました。
彼女も同じように、言い返し、今、考えても、子供のような言い争いですがね。
だんだん、攻撃が出来なくなったのですよ」
「どっちがだい?」
「私の方ですよ…。
彼女の方が正しい事を言っていました。正しかった、彼女の言う事が、間違いなんかじゃありませんでした」
そして、最後の時、自分が何を言ったのか覚えてない。
ただ、あの時『覚悟』だけがあった。
「あの後は、幸い『運が良かった』と言いましょう」
「だけどキミは悪く思う必要なんてどこにもないじゃないか?」
「あの時、私は彼女に何もしてやれなかった。
何かやらなければ、ただ『覚悟』があるだけでは、いけなかったのですよ。
その『何か』を私は持ち合わせてなくて、悔しくて。
だから環境を変えようと思った時、彼女がここにやって来ました」
そう言って、月が雲に隠れるとアルマは言った。
「ショックだよ」
「どうしてですか?」
「ボクは、キミに会おうとした時、心が躍ったんだよ。
そんなボクの気持ちなんてキミにはわからないだろう…」
そう言って、アルマはいつもの調子に戻るが仕切りなおすように仕立て直した拘束着を着て言った。
「さて、そろそろお暇させてもらおうかな」
「おや、もう帰るのですか?
参りましたね、情報を聞き出せと言われたのですがね」
大げさにそう言って、肩を竦めるとアルマは笑っていった。
「おや、キミはボクがどうやってはぐらかすか知らないと言わせないよ?」
『くくっ』と笑いながら、鉄格子に手を掛け、アルマは片手にカタールを身につけて言った。
「でも、特別にボクの付加能力がどんなモノか、見せてあげよう。
これがキミにとって、ボクが日記帳を盗み出す事が出来ないという証明だと言う事になる」
影で真っ黒になったアルマは、鉄格子に向かって身体を埋めた。
アルマの付加能力は『柔軟』
おそらく外から見れば、サナギが羽化する蝶のように身体を起こし、自分の後方で数人が走りこむような音が聞こえるなか、完全に鉄格子を抜けだしたアルマは答えた。
「後は『全部』キミに教えたんだ。
『どうやって、日記帳を盗み出した』『その人物が誰か?』
なんて答えは、もう出ているだろう?」
電灯がついて、少し目がくらむ中、はっきりと映し出されたアルマはニコリと笑い、そこから飛び降りた。