第三十六話
「おや、白鳳学園の生徒は待ち合わせの時間くらい、ちゃんと守れないのかな、先生は悲しいよ」
「いつ私が、貴女の生徒になったのですか?」
そう言いながら、自分は先ほど携帯に出ていた相手、アルマが指定した場所に出向いていた。
「すいませんね、こんな見晴らしの良い場所を指定してくれるから、警戒して周囲を回ってやって来たので思ったより時間が掛かったのですよ」
「相変わらず用心深い男だね。だけど今回は、その様子だと尾行もされてないようだから、安心したな」
そういうアルマも物陰から『ぬっ』と出てきた。
まだ昼さがりで明るいというのに、完全に物陰から出てきた様は、多分黙っていれば気付かないくらいだったので、一応警戒はしていたのだろう。
「まだ、煙が上がってるねえ」
見晴らしのいい場所を選んだのはこのためだったのだろうか、そのままアルマは、じっと煙の出ていたビルをしばらく見つめて答えた。
「あのビルは実はね、緊急事態に遭遇して散開した時にみんな集まる場所でもあったんだよ。『そのビルが燃えている』意味がわかるかい?」
少し急にそんな事を聞いたのだが、整理するまでもない。
「全滅ですか…?」
「ボクが着いた時には、凄く血の臭いがしてたけど、一人瀕死の子がいてね。その子がそう言ってた。
最初にキミを尾行させた子だよ。
カリフの中でも優秀だったんだけど、ちょっと欠点があってね」
「欠点?」
「カリフの中に付き合ってる男がいたんだ。それがあの時、最悪の展開を生んだんだよ」
ビルの煙を見送るアルマは複雑な顔をしたまま、大きくため息をついてゆっくり言う。
あの時、取り囲まれ返された、カリフの部下達は二人一組で行動していたようだ。
だから、逃げる事は容易だったらしいのだが、その時、恋人同士の二人が逃げていた。そこで捕まるとなると話は別だろう。
人間とは、どんなに耐える訓練をしてても、脆いトコロは脆い。それはどんなに訓練を積んでもどうにもならない、その片方の男はとても『脆かった』らしい。
「でも、よく無事でしたね。私でしたら、貴女がその子を介抱している瞬間は見逃しませんよ?」
「見逃してくれはしなかったさ、あの後、カギを掛けられてあの部屋を爆破させられた。僕の付加能力は逃げる事、潜入する事には特化していたのは幸いだったけど、あの子は…ね。冷たいと思うかい?」
仕方がないだろう、彼女の付加能力はわからないが、その付加能力は他人に与える事は出来ないのは知っていた。
「大丈夫なのですか?」
「何がだい?」
だが、彼女は自分で気付いてないのだろうか。
「何か辛そうです」
「そうかい、でも、こっちはこれでキミに支援する事が出来なくなってすまないと思ってるんだけど?」
「…人間、こういう時、黙ってた方がいいですよ?」
思わず睨みつけられたが、アルマは肩をすくめしばらくビルを見ていた。
『すまないが、来てくれないか?』
そう携帯電話で言われたので、色々と聞きたい事があった。
でも彼女は失ったモノを考えると、それを聞くのは今回は無粋だと思った。
「これから、どうするのですか?」
「本国に帰れば、まだ人手はあるとはいえ今までのように動けないだろうね」
「無茶しないでくださいよ?」
「大丈夫、ボクが個人で動く事になるけど、ここで死んだらカリフは意味がなくなるからね。
でもさ…」
そう言って、アルマは抱きついてきた。
「ボクは首領になる運命を背負わされたとはいえ、しばらく…このままで居させてほしいんだ」