第三十一話
そうして、次の日-。
「オズワルド、今朝方でさっそくで悪いのだが、なんだアレは?」
明らかに機嫌の悪いレフィーユに、周囲が凍りついていた。
「キミもしつこい、私はキミを守ろうとしたのだよ。婚約者を守ろうとして何が悪い?」
「そうではない!!」
『バンッ』と治安部室内に設けられた、会議室にいたオズワルドの机を思い切り叩いてレフィーユは言った。
「あのカリフに襲い掛かった組織の事を聞いているのだ!!」
「何を今さら…過ぎた事だろう?」
「私は昨日、聞こうとした。
だが、お前は『疲れたから、明日にしてくれ』と言った。だから、今朝方まで休ませてやった。
オズワルド、あれはお前が私に提供した情報にはなかったぞ?
納得の出来る説明をしてもらおうか!?」
「キミこそ納得出来る説明をしてもらいたいものだ。どうして一人で捜査をしようと外出したんだ?」
「それが私のやり方だからだ」
「それこそ自覚が足らないというのではないかね。
キミはレフィーユ・アルマフィであるように、七色同盟の一人でもあるのだ。
下のものを使うという事をしたらどうだ?
高貴なモノに使われる事は平民にとって光栄な事だと言うのを知らないのかな?」
立ち上がりレフィーユに肩を回そうとするが、彼女はそれを手で弾いて少し切れ目気味の目でオズワルドを睨みつける。
「私はお前のように、部下の目から物事を判断したくないだけだ。
その証拠に今、お前は『カリフを襲った、あの集団が何者か?』という質問に答えられないのではないのか?」
視線でたじろいだのか、それとも彼女の質問に答えられないのか、しばらく黙ったオズワルドは思いついて言う。
「あ、あれはきっと漆黒の魔道士を快く思わない組織の仕業だ。
いや、違うな、あれは我ら七色同盟に協力しようとした自警団か何かだ。
頼もしいじゃないか、よし、その人らを発見したら警備員に加えようではないか」
「いい加減にしろっ!!」
さらなる怒声で、部室が凍りつく、そのおかげで立ち聞きする周囲が覗き見に発展していた。
「レフィーユ、外の人間が見ているぞ、落ち着きたまえ、キミは漆黒の魔道士が盗んだ『日記帳』を取り返せばいいじゃないか?」
レフィーユは舌打ちをして、冷静になった。
そして…。
「…オズワルド、よく聞け。今回の事件は『盗難』ではなく『殺人』なんだぞ?」
「レフィーユ、落ち着けと言ってるんだ」
「七色同盟のミン・チョンワは、殺害されているのだぞ?」
「外部に漏らすなと言っている」
「だが、いずれわかる事だ!!」
『殺人』という言葉に、何より驚いたのは治安部員というまでもない。
オズワルドは、静かに見つめて答えた。
「…キミは事の重大さをわかっているのか?」
「ふっ、その人物を殺害した組織相手に『盗難事件』で対応する危うさくらいはな。
怪我、拉致、今までだってそうだ。
下手をすれば死ぬ可能性だってあるのだぞ、そんな不足の事態を想定した指示を出していたのがわからないのか?
それは確かに私が一人で行動していた理由には物足りないだろう。
だが、一方的に情報を制限された状態では捜査は困難、いや無理だ。
これ以上、治安部を危険な目にあわせるワケにはいかん」
そう言って、一人部室を出て行った。
そんな事をイワト経由ではあるが聞いたが、その事がきっかけで治安部と警備員の中が悪くなったというのは言うまでも無く。
オズワルドも警備員の増員を決定した。
「ふう…」
避難施設の役割をすることもある学園寮の一室を警備員が宿泊施設に使うと言う事で、一応、一室を掃除し終えると、レフィーユが2つ離れた部屋の前に立っていた。
腕組みをしたままただ『じっ』と下を見ていたので、何をしているのだろうと思い近寄るとレフィーユは聞いてきた。
「何か忘れ物でもしたのですか?」
そう聞いたのには、今この部屋に、害虫駆除剤が巻いている最中だったからなのだが。
「いや、そういうワケではないのだがな」
なおも扉の隙間から煙は出ている。しかし、煙くも匂いもない。そんな中を構わず、レフィーユはドアの下の辺りを見るので、気になって仕方がない。
「新手のトレーニングですか?」
「一度、どうやったらそう見えるのか教えてほしいな。まあいい、私が気になっているのは、この煙だ」
「バルカンですか?」
「そうだ、全部を否定するワケではないが、私はそもそもバルカンというのが嫌いでな」
「もしかして、ゴキブリ嫌いなんですか?」
「ふっ、私を誰だと思っている。ゴキブリなど驚くワケがないだろう。
私が言いたいのは、この駆除剤の効能が気に食わんのだ」
「効能?」
「そうだ、例えば私の部屋は清潔を保っている。
しかし、あのゴキブリと言うのは、不潔なのはとにかく、建物の築年月によっても、どこからともなくやって来る。
そして、中には隠れて居座るヤツもいるだろう?
それを踏まえれば、それが私の目にも届かない場所で、隠れて生き続けるというのもあり得ない話ではない。
ここで問題になって来るのは、このバルカンだ」
「それはおかしい話ですね、隠れたゴキブリを駆除するための煙なワケですから、問題になるのはおかしいのでは?
問題ではなく、活躍の間違いじゃないのでしょう?」
「いや、そこが問題なんだ。
いいか、『目の届かない場所に隠れたゴキブリを駆除する』ワケだろう。死骸はどうなる?」
「…その場や、ある程度逃げた場所に転がってるという事になりますね」
「そうだ、さらにここが問題なんだ。CMでやっていたのだがヤツらは仲間の死骸すら食べるらしい。
という事は『自分の目の届かないゴキブリの隠れえる場所』に『餌がおいた』という事にならないか?」
「ああ、なるほど、それでレフィーユさんは、逃げてくるゴキブリを自慢のサーベルで…」
「やめてほしいな。それはお前が西方術者だから言えるジョークだ。
セルフィも含めて、おそらく私の知っている女子の中で、東方術を要して、ゴキブリを駆除した事はないと思うぞ?」
「そうなんですか?」
そういえば、自分も知っている東方術者でもそんな事に斧やら剣を使っているトコロは見た事はなかった。
イワトにしても、ゴキブリを雑誌やスリッパで叩くくらいなので、普段はそんな事に魔力を使うほどじゃないのだろうと思っていた事もあり、とても気になったので聞くとレフィーユは答えた。
「どうも自分が汚れてしまうような気がしてな。どうしても出来ないんだ」
「そ、そんなに顔を曇らせないでくださいよ」
「ふっ、だがな。私からしてみれば、西方術者の方がこういったゴキブリ退治に適していると思うぞ?」
「レフィーユさん、一応、西方術者だから言っておきますけど、炎なんか出して駆除すると火災警報がなるのですよ?
だいたい、校則の寮内の項目で確か『寮の個室は自分のだけのものではありません、西方術者のみなさんは大切に扱え』って感じの校則があるの覚えてます?」
「ああ、妙に西方術者の行動を制限するような事が事細かに書かれていたな」
「建物を破壊に適しているのは西方術者ですからね、こういう意味を踏まえて言っているのですよ」
「なるほど、あれは、そういう意味だったのか、道理で前のリスティアの時も事細かに書かれているなと思ったモノだ」
そう微笑みながら、ゆっくりとレフィーユは改めて聞いて来た。
「何か状況はつかめたか?」