第十四話
「ふっ、無視してしまえばよかったものを…」
『キミにレフィーユを守る力があるのか疑問だがね』
あの後、オズワルドがこんな事を言って来た。
確かに彼女の言うとおり気にしなければいいのだろうが、ただあの瞬間、オズワルドがどういう人間なのかわかった。
典型的なお金持ちというのは、どうも自分の神経というの逆撫でたがるらしい。
「聞くところによるとキミは西方術者と聞く、さぞ東方術者である彼女が先頭に立って維持している日常をのうのうと過ごしているのだろうな」
こんな感じで、だから一応言い返す。
「確かに私は人を守るというのには不向きな人間です。ですが私は、情報収集など別の分野で役に立ちたいとこれでも日々努力はしているのですよ?」
「戦えないから…だから、別の分野で役に立ちたいか?
これだから西方術者というのは嫌いなんだ。結局、現場で行動しているのは東方術者じゃないか?」
このオズワルドという男は、さらに東方術至上主義者だったらしく、マスコミの中にも西方術者がいるのか、周囲が静かになりだしたので咎めるように。
「それは言いすぎ…っ!?」
マスコミに見えないように腹を殴られ、顔が歪んだ。
「おや、調子が悪いのかね?」
そう笑いながら握手を求めてきたので、さすが先制攻撃を食らったせいだろうか…。
「…ふむ、しかし闇を使わずして、あの男を膝まづいた『あれ』はどうやったのだ?」
「関節を極めただけですよ…」
「関節…手首を極めただけで、ああも人間が膝まづくのか?」
「ええ、数千年前の合気道という体術らしいのですが、結構、面白いですよ」
「ほう、アイキ…ドゥ、素晴らしいな。映像でしか見た事がなかったが、お前の言う通りなら、力のない人間でも犯人を捕まえる事が出来るというか、今度訓練にでも取り入れてみるか?」
「あの時は、握手をするという体制だけでしたから、簡単に技を掛けることが出来ただけです。タイミングも重視するところもありますので、あまり信用しない方がいいでしょう。
それより、あの後の後始末、ありがとうございました」
「ふっ、礼にはおよばん」
そうして腹部を診るという名目で、高級ホテルにある簡易的な治療室にて、しばらく談笑しているとノックがした。
「はい?」
「ええと、大丈夫でしたか…?」
入ってきたのは、少し線の細く気の弱そうな男だった。するとレフィーユは珍しく、自分からこう言った。
「ああ、紹介しよう。彼はエドワード・F・ボルテだ」
「気軽にエドワードと呼んでください」
そう言って、握手を求めてきたので応じていると、先ほどのような事をすると思ったのだろうか、彼女は笑いながら付け足した。
「彼も七色同盟の一人だ」
「そうなんですか?」
「はい、でもスカーフを巻いてないとわかりませんよね。
ですがオズワルドが腹部に一撃を加えたのが見えましたので、一言お詫びをと思いまして…すいません、ホントは本人にやらせるべきなのでしょうが…」
「いえ、気にしないでください。ところで他にも七色同盟の方がいるのですか?」
「はい、緑が私で、青のアイーシャ、オレンジ色のチェンバレン、そして、藍色のシャンテさんですね」
「凄いですね、五人もこの街にいらっしゃるとは、今回の記念日の祭典にしては随分と大がかりじゃないですか?」
「そうですね、先ほどの公表もありますが、今回は、日記帳の朗読が行われるらしいです」
「なんだと!?」
知らなかったのか先にレフィーユが驚いたように、その日記は確かに重要な意味を持っていた。
誰が書いたのかはわからない、だが、しかし、同盟の七人がこう言って、その時いた、屋敷の執事の前で金庫に預けたモノとされていた。
『この日記は、今から私が金庫にしまうが、私のモノではない。
だが、この七人の内の誰かが書いた日記だ。
これには真実が書かれている。
だが、お前たちに私たちの正しさを判断するのは難しいだろう。
判断するのは、何世紀先の私たちの子孫に任せる。
そのために、この日記は誰にも読まれてはならない。
軽率に読もうとする事を禁ずる』
そう言われて、今に至るまで、読まれなかった日記帳であった。
「お土産屋さんでよく見かけるのですが、ホントにあったのですね」
「ああ、だから、日記帳の事を知っていたのか…」
「だから今日は、このホテルは日記帳もあるので厳重警戒態勢なんですよ」
「へえ、日記帳が…」
思わず目が細くなるが、エドワードは気づかず時計を見た。
「あっ、もうこんな時間だ」
「もう帰るのですか?」
「はい、家内を待たせるとうるさいから」
「えっ、結婚してるのですか!?」
自分と同い年に見えたので、少し驚いたがレフィーユは知っていたらしく。
「ふっ、結婚に年など関係ないだろう?」
すると送るつもりで、彼女も席を立ち、二人は出て行った。
そして自分は腹部の事も大したダメージでもないので、さっさと立ち上がり電気を消して、ある場所に向かう。
そこには二名のヘルメットを被った警備員が厳重に守りを固めていたので、間違いはないだろうと思った。
制服のまま、じっと眺める。
おそらく監視カメラもこの階を中心に動いているのだろう。
「すう…」
大きく息を吸い込んで、経験上、そのカメラが異常に気付いてから、他の警備員が駆けつけてくるまでの時間を計算する。
「はあ…」
どちらにしても、わかる事は時間がないという事だけ、その深呼吸はため息なのかわからなかったが、いずれにせよ『しなければ』ならなかった。
法衣を纏った男が、もう一度、監視カメラ動きに合わせて警備員を確認して走り出す。
「お、おい!?」
自分に近い警備員が後ろを向いていたのは運が良かった。
おかげで先に気付いた、警備員のヘルメット目掛けて闇の腕を伸ばし、そこから闇を注入して窒息させる出来たからだ。
もう一人も、驚いて後ろを振り向いたヘルメットに手を当てて隙間から、もう一度、闇の進入を開始する。
監視カメラも気付いただろうか、そんな事も気になったが…。
「動くな」
見慣れたサーベルを突きつけられた。
「ふっ、随分と強引な手ではないか?
本来ならお前にも理由があるのだろうから見逃してやっていたが、今回は国宝だ。
お前は自分がやろうとしている事が、わかってやっているのか?」
「やはり怪しんでいましたか?」
ただ今回はゆっくりとドアに背中を当て、ため息をついた事で抵抗しないのが何か理由があるのがわかったのか、ただ彼女は言った。
「だが残念だったな、この警備員を倒したトコロで、あの部屋には気圧が一定に保たれてあって、お前が侵入した途端、それこそ警報が鳴って、脱出が困難に鳴るぞ?」
「やはりそうでしたか…」
自分とて、その可能性はあると考えていた。
そして彼女の言うとおり。
「お前にしては随分と軽率じゃないか、どうやって日記を手に入れるつもりだった?」
「そうですね、まあ、その気圧の警報装置のほかに色々と問題はあるのでしょうが、私は一つ、問題を解決をしてましてね…」
「ほう、それは何だ?」
さすがに興味があったのか聞く態度を見せていたレフィーユであったのだが…。
「どうした?」
対照的に自分は困惑していたので、少し言葉を出すのに手間取る。
そう…。
『しなければ』ならない理由があったのだ。
「…レフィーユさん、コレ、なんだかわかります?」
「随分古びた日記帳だな?」
「…ええ、日記帳です」
「日記帳か…」
「…はい」
「お前は、ふざけてるのか?」
「やっぱり、そう思いますか…」
どうして、こんな事態になったのか再度、遡らなければならないだろう。