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悪役令嬢の取り巻き令嬢は平和に暮らしたい

作者: とこ

よろしくお願いします。

 その()が頭に浮かんだ時、グレース・リード男爵令嬢は赤色の髪をふわりと揺らし、赤い瞳をゆっくりと閉じた。


 グレースは十五歳。王都にある貴族学園に入学した日。グレースは貴族学園に通う三年間、王都のタウンハウスで使用人達と暮らしていく。明日には王都を出て領地へ帰る両親と別れを惜しみながら夕食を食べていた。


「あんなに小さかったグレースが一人暮らしだなんて」


 母がしみじみと言ったので、グレースは思わずこう答えた。


「そんな、一人暮らしだなんて。使用人達もいるし、一人じゃないわ」

「グレース、あなたはそういう少しずれたところがあるから心配なのよ」


 昔からそうだった。グレースはリード男爵家で生まれ育ったのに、家族とちょっとしたことで感覚が違うところがある。

 そして今も、この王都での一人暮らしについて少し引っかかった。ふと頭に浮かんだ言葉が口から出る。


「まあ、上京ってやつ……上京?」


 頭の中で、ぱちんと何かが弾けた。


 名前も顔も知らないのに、誰か分かっている人の記憶が見えてきた。

 今いる場所と全く違う国……いや、違う世界で生まれ育ち、学校に通って就職して、年を取って……これは私だけど今の私ではない人の記憶。前世の記憶、といったところだろうか。

 前世の私が見てきたことが流れていくだけで、理解できないことも多い。


 そして、まるでそれを見せつけるようにゆっくりと流れる一冊の本を読む記憶。悪役令嬢が主人公の物語で、婚約者の第二王子をピンク髪の男爵令嬢に取られてしまう。卒業パーティーで婚約破棄を宣言、さらには国外追放となり国を去る。しかし婚約者には愛想を尽かしていたこともあって、悪役令嬢は自身の教養をフル活用して外国でのびのびと留学生活を送ることに。その留学先で王子妃教育をしていた頃に面識のあった、外国駐在の文官と再会。最後はその文官と恋愛結婚するハッピーエンドのお話だ。

 ちなみにピンクの髪、というより色々な意味を込めてピンク頭の男爵令嬢は、一応第二王子妃の座は手に入れられる。でも第二王子は王位継承権を放棄して田舎の領地に飛ばされ社交も禁止され、生活には困らないけど王子妃とは?という所に落ち着く。



 グレースは目を覚ました。急に倒れたらしく随分と心配されたが、特に体に異常は無く、医者は疲れが出たのでしょうと告げた。

 前世の記憶を見たとは言えず、入学式に緊張したと言うと両親も納得したようだ。


 気絶していたのはほんの一時間程度だったそうで、グレースはふうと息をついてベッドから体を起こした。

 こんなふわふわなベッドじゃなくていいのにと思ったりしていたのも多分あの記憶のせいだろう。


 グレースは本の内容を思い返す。あれは今グレースが生きている世界の話だ。同級生に第二王子のアーサーがいて、ピンク頭の男爵令嬢フェデリカ。アーサーの婚約者であり悪役令嬢の主人公、スザンナがいた。

 グレースはモブもモブだが、序盤のスザンナが悪役令嬢らしくピンク頭に文句を言ったり嫌がらせをしている時。ピンク頭に嫌がらせをする筆頭、スザンナの女子学生集団、所謂取り巻きの中にグレースという赤い瞳と髪をした男爵令嬢が……


 悪役令嬢サイドじゃん!確か、スザンナの断罪で取り巻き令嬢達もそれぞれ婚約破棄される……主人公はハッピーエンドだけど取り巻き令嬢は!?それぞれ婚約破棄されたという情報以降、最後まで登場しない。だってスザンナは国を出て舞台が変わるから。

 グレースは自身の行く末を考え、もう一度倒れた。



 物語の中と言えど、朝は来る。そして、物語が止まらないようにグレースの日常も流れていく。


 物語の強制力というものか、グレースはスザンナ直々に取り巻きになるよう言われ……いや取り巻きになれなんて言われ方はしていない。グレースの実家、リード男爵領は広くはないが海辺の領地で漁業や船での運輸業が盛んで、美しい砂浜も観光地としてそこそこ有名。スザンナの実家、マーレー公爵家が王都に持つ高級レストランで新鮮な魚を使いたいから取引きしよう、あとヴァカンスにも行きたいと声を掛けられ、両親は喜び、男爵令嬢という低い立場なのにスザンナと共に行動するという身に余る栄誉をいただいているのである。


 予定通りに取り巻きも一人、また一人と増え、メンバーが揃い、案の定ピンク頭がアーサーに擦り寄り始め、スザンナが切れかけている。

 色々試そうとしたが物語の大まかな流れは変えられず、グレースはどうにか平和にやり過ごせないかを思案する毎日だ。


 今もまた、ピンク頭が擦り寄っている。そしてスザンナが淑女の微笑みを消して睨み付けている。

 もしかして、ここでグレースが動いたら少しは何か変わらないだろうか。これまでは物語が始まるまでの土台だったために何も変えられなかったが、ここからが始まりだ。何か変化を起こせるのなら今かもしれない。


「スザンナ様、()()は如何なものかと私は考えておりますの」


 これまで誰もあのピンク頭のことは話題に出さなかった。本にも、スザンナが行動を起こすまでは皆一様に黙っていたと書かれていた。少しずつ少しずーつ、物語をずらしてグレースは平和に過ごしたい。まず、何か変えていかなくてはと、敢えて口にしてみる。


「スザンナ様、私もグレースのように考えておりましたの。淑女として、また家門の階級から口にしてはならないと思っておりましたが……」

「私もです。発言をお許しください。婚約者のいる男性、それも王族である殿下へあの態度。淑女に有るまじき行為だと思います」


 グレースの発言を皮切りに、なんだか皆が加勢してくれた。やっぱり皆気になってたよね。身分的に言えなかっただけで。それを男爵令嬢のグレースが言っちゃったからこの際便乗して言っちゃえってなるよね。


 そして肝心のスザンナはと言うと、少し浮かない顔をして、私達に言い聞かせるように話し始めた。


「そうね。皆そう思っているのね。私は公爵家の生まれだけれど、これは幼い頃から決まった婚約で、お相手は王族。こちらが何かしてどうかなるものでもないのよ」


 グレースは頭を猛回転させる。そして思い出した。()()()を意識してもらえたら、少しは違うのでは。


「スザンナ様、そうですわね。きっと、()()()()()は見てくださっているでしょうから、そうする他ありませんわね」


 王族の近辺には側近や近衛騎士といった目に見える護衛の他にも、影と呼ばれる人達がいる。一般人に交じっていたり、貴族の中にもいたりして、王宮に情報を上げる人達のことだ。アーサーがいるのだから教員達の中にも王族と繋がっている誰かが居るはず。婚約破棄後に、王宮の影は何をしていたのだろうかとスザンナが呟くシーンがあったから、その存在を知らないはずは無い。

 その影がこの有り様を見ていたら、王宮へ報告が上がる筈である。スザンナはそうね、とだけ言ったが、その表情には何か確信のようなものも見えた。


 本来ならこれからグレース達取り巻きはスザンナが頼んでもないのにピンク頭に嫌がらせを始める。だけど、ここで一旦男爵令嬢であるグレースが釘を刺しておけば、そうはならないはず。

 だって、スザンナの言動に感化されて真っ先に嫌がらせを始めたのはグレース。取り巻き令嬢達の嫌がらせ筆頭は、グレース・リード男爵令嬢だ。



 グレースがピンク頭を視界に入れないようにしていると、他の取り巻き令嬢達もそうすることに決めたらしい。

 そして、グレースは誰かは分からないが王族の影にピンク頭の所業を見せようと策を練った。


 まずはピンク頭がアーサーを捕まえる場所。ピンク頭もピンクなりに考えているのか、アーサーが通りがかり、かつ人通りの少ない場所を狙っている。

 それが図書室前の廊下だ。近くにアーサーのような王族が在学中に与えられる部屋があり、図書室に用がないのにこの周囲を散策する学生はいない。普通の貴族としての教養があれば不用意に王族へ近寄ることはしないからだ。


 グレースは図書室のスタッフに立候補した。


「グレースは本が好きなの?」


 確実にスタッフになれるようにと、推薦状をスザンナに書いてもらった時、そんな事を聞かれた。


「嫌いではないですが、領地には無いので……」

「ああ、いつかあなたの領地にも図書館を造りたいのね。その時は出資させてね」


 興味がある言い訳をスザンナからは志高く評価されて背筋が凍った。


 スザンナの推薦のおかげで図書室のスタッフに無事就任し、放課後には本の整理や掃除、受付カウンターでの対応をする。

 そうすると、ピンク頭が図書室を彷徨い始めるのが見えた。ピンク頭は図書室の中をうろうろして、廊下から足音が聞こえてくると図書室から出て行った。

 こっそり後を付けると、アーサーとその側近や近衛騎士達が王族の部屋へと向かっている所にバッティングした。


「アーサー様あ!今図書室を利用していたところなんですう。その、歴史のお勉強がしたくってえ」


 ピンク頭が両手を合わせて頭をこてんと傾けた。何のお祈りだよと思いながらグレースは歩を進める。

 アーサーも勉強をするつもりの割に手ぶらのピンク頭のピンク頭しか見えていないのか勉強熱心だなんて言っている。


「ピ、じゃない、フェデリカさん?ちょっと失礼しても?」


 勇気を出して一言。危ない、ピンク頭って呼ぶ所だった。王族に話し掛けるなんて出来ないが、あくまで図書室のスタッフとして、男爵令嬢のピンク頭に対して声を掛けた。

 振り返ったピンク頭はすごく嫌な顔をしている。淑女らしからぬ顔面。


「本をお探しでしたよね。何も持たずに出ていってしまったので、気になっていたんです。歴史の本、ちょっと分かりにくい場所にあるので案内しますね」


 ピンク頭は舌打ちでもしそうな顔をしているが、自分で歴史のお勉強とか言った手前、仕方なくグレースに従うことにしたらしい。そしてアーサー達も付いてきた。

 グレースが歴史の本棚まで案内すると、アーサーが意気揚々とピンク頭に解説を始めた。


 よっしゃ、と思いながらグレースはその場を離れた。そして、職員室に向かった。


「副学園長先生。図書室をアーサー第二王子殿下とフェデリカさんが使っているのですが、こういった場合何か特別なことはしなくても良いですか?使用人数に制限をするとか……」


 王族が急に図書室を使い始めて困ってる風を装った。王族は必要な本があれば側近が探し出して、王族の部屋で読むものである。でなければ、王族の部屋の意味が無い。王族だからこそ、貴族しかいないと言えど、学園内でも大変気を遣うのである。


「アーサー殿下が?そうだな、君のすることは無いが、報告したという判断は良かった。仕事に戻りなさい」


 グレースは職員室を出て図書室に戻った。

 図書館ではピンク頭に歴史のお勉強を教えてあげるアーサー、そして周りには側近と近衛騎士。こんなに大所帯で図書室を利用する人なんていないんだよなと横目に見ていると、教員が三人続けて、図書室に入ってきた。  

 一人が、カウンターにいるグレースの方に来た。


「すまないが、返却忘れがないか見てくれないか?このクラスだ」


 メモを受け取り、グレースは本の貸出し帳簿を見た。


「四人いますね。ここに何の本か書いても良いですか?」


 顔を上げ、教員の方を見ながらその向こう側に視線をずらす。他の教員は本を見るふりをしながらピンク頭達の方をちらちらと見ている。


「ああ、そうして欲しい。借りた日付も」


 グレースは帳簿を見ながら間違えないようにゆっくりと書いた。


「はい、出来ました」


 書き上げたメモを渡すと、他の教員のうち一人は図書室を出ていた。


「ありがとう」

「早めの返却を心掛けるようお伝え下さい」


 残ったもう一人の教員は読書を始めていた。

 グレースも普段通りの動きをする。


「失礼、グレース・リード」


 名前を呼ばれて顔を上げると、見知った顔があった。明るい茶髪に、ゴールドの瞳。身長の高い彼はグレースが立っても見下ろしたままだ。


「今日は何時まで?」

「閉校時間までいますよ」

「そうか。じゃあ次の休日は?」

「二日後ですが、午前中はここに」

「では昼食とその後の時間は?」

「空いていますよ」

「迎えに来るから、空けたままにしてくれるか?予約はしておく」

「分かりました。ありがとうございます」


 機械のようなやり取りを終えると、彼は図書室を出て行った。


 忘れかけていたが、グレースにも婚約者がいる。

 たった今、図書室から出て行った彼、フィンレー・ケリー男爵令息だ。騎士の家系で領地は持たず、代々男女問わず騎士団やその関係機関へ入って騎士団長も輩出したことがある。

 もちろん、政略結婚ですとも。ケリー男爵は王宮騎士団長の補佐官。グレースの実家、リード男爵領の港から海を渡った先の無人島で騎士の訓練をしたいんだって。島と港の使用料のグレースですよ。まあ、騎士が行き来する分、領地にお金も落とすし治安も良くなるだろうね。それでも物語上は破棄される婚約ですよ。


 年齢は一つ上で、学園にはいるけど騎士志望だから訓練だとかでそんなにしょっちゅう顔を合わせはしない。グレースが王都に来てからはこうやってたまにデートのお誘いがある。


 それに、とグレースはあまり考えたくなかったことが頭を過る。ティーパーティーの準備をしなければならない。

 貴族の子供は十八歳の貴族学園卒業で成人したと認められ、そこから社交界デビューになる。けれど、学園にいる間に小規模なティーパーティーを催したりと、本格的に社交界に出る前に練習をするのである。

 ピンク頭とアーサー、スザンナの動きも気になるが、グレースは貴族令嬢として最低限しなくてはならないリストもこなさなければならないのだ。




 約束の日、フィンレー・ケリーはきっちりグレースの時間に合わせて迎えに来た。


「お待たせいたしました」

「いや、ちょうど来たところだ」


 こんなにもお互いに社交辞令だと分かる会話で良いのだろうか。そんなことを考えながら二人で学園を出た。

 予約はしているとだけ言われていたが、ちょっと高級そうなレストランに入った。


 待て、ここは……本で見た。


 下品にならない程度に見渡すと、居た。ピンク頭。

 そのテーブルにはアーサーと側近達と……もちろんスザンナもいる。


「友人か?」


 フィンレーがグレースに聞いた。グレースの視線を追うな。騎士の洞察力をここに使うな。


「ええ、団体で来ているようですけど」


 多分だがアーサーとスザンナのデートにピンク頭が割り込んだのだろう。ほら、側近の一人が近衛騎士と一緒に立ってるから、予約人数からはみ出た証拠だ。


「……ああ、第二王子殿下か。スザンナ嬢と親しかったと聞いているけど、近くの席にしてもらおうか?」


 案外、彼は気を遣うタイプらしい。


「いいえ、護衛の方たちもいらっしゃるから困らせてしまうわ」


 フィンレーと予約席に座って食事を食べていると、嫌でも甲高いピンク頭の声が聞こえてくる。スザンナは沈黙を貫いているようだった。


「アーサー様は本当に賢くてえ、この前も歴史のお勉強を教えてもらったんだけどお、すっごい分かりやすかったのお。家庭教師や先生達よりもずうっとねえ」


 語尾を伸ばすのちょっと耳障りだなと思っていると、フィンレーが給仕の人を呼んだ。


「すみません、あのように大きな声でお話になると、こちらの会話ができないのですが……」


 給仕の人はアーサーの近くの側近に耳打ちして、それからすぐに一行はレストランを出る準備を始めた。

 確か、スザンナはレストランを出る時にアーサーとピンク頭に毅然とした態度で言い放つ。これは何の時間でしたか?と。スザンナの表情を見ると、何か言おうとしているようにも見える。これは危ない。


 グレースは給仕を呼んだ。


「はい、いかがされましたか?」

「あちらの、スザンナ嬢、分かります?あの綺麗な金髪に青い瞳の。彼女に、お菓子を包んでくださる?こちらでお任せでいいから」


 鞄からなけなしのお小遣いを掴んで給仕に渡した。ついでにチップを服にねじ込んでやると、給仕は早足にキッチンの方へ行って、包みを持ってスザンナへ渡した。


 スザンナは驚いたような顔をしたが、少し笑みを浮かべてグレースの方を見た。

 グレースは少しだけ手を挙げて、また食事に集中することにした。


「グレースは王都に来て早速世渡り術を学んでいるのか?」

「え?」


 フィンレーにそう言われて、フィンレーの存在を思い出した。


「給仕にチップを渡したり、心配な学友へ手土産を持たせたり、なんだか大人びたね」

「……高貴な方に囲まれていると、そういう気遣いが必要だということを知ってきたというだけかしら」


 フィンレーはふうんと言って、食事を進める。会話が広がらない。これは巻き込まれ婚約破棄されても仕方無い好感度かもしれない。


「図書室のスタッフなんて、興味があるとは思っていなかった。王都での学生生活は、もっと学友との交流に費やすと思っていたから」


 そう言われてみれば確かにそう。でも平和に過ごすという目標を考えたらこれが最適解だと思う。なんて言えないけど。


「意外と楽しくしておりますのよ。暇な時は勉強するしかありませんから、成績も落とさずにいますし。そうだ、そろそろティーパーティーの準備をしたいのですが、来てくださいますか?」


 フィンレーはぴくりと、食事の手を止めた。先日、同じく取り巻きの一人、キアラ・ウッズ子爵令嬢は多忙を理由に婚約者からエスコートを断られたところだ。取り巻き達もそれぞれ、婚約破棄に至る何らかの事情を抱えている可能性もちらつく。


「もちろん。一年生のうちからするとは思っていなかったから少し驚いた。そうだね、再来年には僕は卒業してしまっているから、今年と来年を中心に催しを開いてくれると調整しやすい」


 どこの騎士になるのかは知らないけど、配属先は色々ありますからね。国境に配置されたりでもしたら暫くサヨナラですよ。


 食べ終えると、次はデザートだ。


「お飲み物は?」

「コーヒーはありますか?」

「ございますよ。最近入りました。ミルクや砂糖は?」

「ミルクを付けてください」

「かしこまりました」


 コーヒーはあの記憶から読み取れたことの一つだ。この世界では最近、南方の国から流通し始めたらしい。

 フィンレーがまた驚いた顔をしている。


「ああ、コーヒーという飲み物が美味しいと聞いたんです。実家の港から大量に仕入れられたら、金額も下がってその辺のカフェでも飲めるようになりますかね……」


 確か、南方から果物を仕入れていたはず。その線からいけないかな。帰ったら手紙を出そう。


 飲んでみる。うん、よく分からない味。けど、飲んでいると美味しい気がしてくる。


 フィンレーとデザートを食べながら学園の話をして、タウンハウスまで送ってもらった。甘い雰囲気なんて欠片も無かったしそもそも話も盛り上がりはしなかったけど、意思疎通はできるし、交流を重ねていけば問題ない気がしてきた。とりあえずフィンレーとの婚約破棄対策は、普通の仲を保っていくこと。間違っても不仲とかいう噂が立てられないようにはしないといけない。



「グレース、あの時はありがとう。何だか嫌な感じになっていたけれど、あなたが贈ってくれたお菓子を見て落ち着いたわ。何かお礼がしたいのだけれど」


 スザンナからは良いリアクションがもらえた。そしてお礼。これはもしお礼を聞かれたら申し出るリストを使う時が来た。


「今度ティーパーティーを催すのですが、初めてなのでご指導いただければ……」

「ああ、そんな事。そうね、あなたは領地で暮らしていたから初めてなのね。では準備品のリストと当日の流れについての草案を持ってきたら見てあげるわ」


 スザンナは幼い頃から王都に住んでいるため、規模は小さくとも既にパーティーを開いた経験もあるし、公爵家の夜会には王族も顔を出すと聞いたことがある。グレースが学友を招くティーパーティーなんて片手で出来るような内容だろう。



 その後も放課後にピンク頭を見かけたら図書室に引き込み職員室に行き、本で読んだ場面に居合わせるとスザンナを励まし、ティーパーティーの準備を進めた。


「……疲れた」


 気付けば学年末。これがあと二年だ。


「お嬢様、お届け物ですよ」


 自室でゴロゴロしていたら使用人が箱を持ってきた。


「フィンレー様からですよ」


 もしかして。明後日のティーパーティーに来ないからゴメンのプレゼントか!?

 使用人が箱を開けると。


「……ドレス?」

「まあ!ティーパーティーに向けてですね!」


 怖い怖い怖い。何も言ってなかったじゃん!ドレスコードとかあったらどうしてくれてたの。いや、ドレスコードは聞かれたか。


「似合うんだろうか」


 グレースは赤の髪と目をしているから、落ち着いた色を選んで来たが……これは黄色だ。


「お嬢様、フィンレー様の瞳に合わせたのでは?」


 ひっ!確かに!!フィンレーは髪こそ茶色だが、瞳はゴールドだ。貴族っぽい目してるねとしか思わなかった。


「そう……明後日はせっかくくれたんだしこれを着るわ」


 少し寒気がしたが、忘れる事にした。



 ティーパーティー当日。スザンナはアドバイスをくれたため個人として招待したが、一応予定をアーサーに伝えたら来ると言い出し、側近や近衛騎士まで自動的に付いてきた。


 そして、案の定と言うか。


「アーサー様が来られると聞いてえ」


 お前はアーサーの付属品じゃないだろう。これは大変なことになってしまった。招待客以外が押しかけた場合、断るのが常識……常識があればそもそも来ないが、とにかく呼ばれてないんだから入れないが当たり前。だが、王族が呼び込んでしまえばこちらとしては受け入れざるを得ない。アーサーに気付かれる前に対処しなくては。


 タウンハウスの門の前でピンク頭と向かい合ったグレースはどうしたものかと困惑した。


「フェデリカさん、あなたは招待しておりませんが、なぜ来たのですか?」

「だってえ、アーサー様がスザンナも来るって聞いたからあ、学友は皆行くのかと思ってえ」


 しかもアーサーの瞳と同じ色のグリーンのドレスを着て、ここに来たのか。


「ティーパーティーには親しい友人のみ呼んでいるんです。例え、私の友人のスザンナ様の婚約者である殿下のお友達だったとしても、来る資格はありませんよ。お引き取りください」


 とにかく早くグレースが追い出すしかない。


「グレース、困りごとかな?」


 忘れていたが一番に来たフィンレーが隣に並んだ。赤のラインが入った衣装付きで。ドレスとセットで誂えたようで、デザインに統一感がありますね。なんか胸がざわざわしたよ。いや今はそんなことより助けてくれ。


「彼女、招待していないの」

「招待していないのがこんな所にへばり付いているのか」


 フィンレーはピンク頭の上から下まで、汚い物を見るように見た。そんな顔するんだ。


「アーサー様に言ってみてよお。きっと良いって言ってくれるからあ」

「アーサー様?ああ、第二王子殿下か。頭の足りないお嬢さん、私もグレースも男爵家の出身ですから、こちらから殿下に声を掛ける等出来ませんよ。ほら、招待客達がグレースを待っているから、ここは閉めよう」


 フィンレーが重たい門をガラガラと閉めた。グレース一人ではびくともしないのに。筋肉がこんなに役に立つなんて。力こそパワーだ。


「さあ、グレース。皆が待っているよ。行こう」


 フィンレーが得意気に笑ってグレースの手を取った。なんかかっこいい。いや見惚れてる場合じゃない。これからティーパーティーの挨拶だ。


 ティーパーティーは無事に和やかな雰囲気で行われた。何とか実家の伝手で取り寄せたコーヒーも出してみたりして、これは十人十色のリアクションだったけれど、珍しいものが飲めたと好感触だった。


 スザンナがグレースに声を掛けに来た。


「今日は本当に楽しかったわ」

「嬉しいです。スザンナ様のお力添えのおかげです」

「そんな事無いわ。初めてのティーパーティーで王族を迎えることになって申し訳無かったけど、これだけ出来れば十分よ。それに、久しぶりに穏やかな休日を過ごせたわ」


 穏やかな休日。だいたいの休日はあのピンク頭が割り込んで来るんだろうな。

 そう思っていたらアーサーも来た。いや普通は婚約者なんだから最初から二人セットでいるものでしょ。


「今日はありがとう。あのコーヒーも、興味深かった。今後も国外へ目を向けることを忘れぬように」

「ありがたいお言葉でございます」


 グレースは深々と頭を下げた。最初から最後まで隣にいてくれるフィンレーも同じようにしている。


「……交流が無いのではなかったか……」


 何かアーサーが言った気がした。しかし、アーサーはすぐにその場を離れたため、気の所為だったようだ。


 取り巻き令嬢御一行もそれぞれと挨拶をして、帰ってゆく。見送りの時はお菓子と男爵領の特産品や小物を纏めた手土産を渡した。数に余裕があったため、アーサーの側近達にも渡すことが出来た。王宮関係者に男爵領の宣伝も出来て何だか嬉しい。


 やっと終わった。そう思っていると。


「ええー。皆プレゼントもらっててずるーい」


 嘘だろ。ピンク頭の妖怪が壁にじっとりと貼り付いていた。ホラーだ。

 何かの勘が働いたのか、フィンレーがさっと前に出てくれた。フィンレーが騎士で良かった。


「あなたは……何をしているんですか?あなたは招待客ではありませんから。お引き取りください」


 フィンレーがまた力こそパワーで門を閉めてくれた。助かった。


「あれはいつも?」

「ええ、皆困っているけれど、殿下の側にいる以上何も出来なくて」

「へえ。まあ、()()()()()は見ているから心配はないけどね」


 何だか聞いたことのあるような事を言っているが、フィンレーの家系を考えればその辺のことは共通認識の範囲なのかもしれない。



 同じ様な出来事はちょくちょくあったが、慣れれば慣れるもので、それはスザンナや取り巻き令嬢達も同じようだった。


 卒業する前にはアーサーにどれだけピンク頭がくっついていようと、スザンナは視界に入れずグレース達と流行りのドレスやお菓子の話で盛り上がった。

 こちらがそんな話で盛り上がると、決まってピンク頭は貧乏で新しい物ばかり買えないのと言ってアーサーが色々与えているらしい。こちらも流行りだからと言ってすぐに買っている訳では無い。ドレスだって流行に近付けるようにリメイクしたり、流行りの刺繍柄なんてハンカチに自分で刺したりする。上手く何枚か出来れば売ってお小遣いにすることだってあるのだ。ピンク頭の方がよっぽど良いものを持っている。


 ちなみにフィンレーは王宮の騎士試験に合格したが国境の関所へ配属になり、現在は手紙のやりとりだけになっている。しかし、仲は良好だ。お互いの誕生日と、季節毎に贈り物をして、少し寂しさもあるがこれはこれでプレゼント選びが楽しいと思うことにした。



 そして迎えた卒業パーティー。フィンレーもエスコートに来てくれたし、両親も娘の晴れ舞台だと言って参加してくれている。


 しかし。しかしだ。まあ、ピンク頭とアーサーはそうなるよね。あんなにくっついていたもんね。


「スザンナ・マーレーとの婚約を破棄する!!!」


 一騒動、というか大騒動だが、これは避けられなかった。


「帰ろう」


 フィンレーに手を引かれてタウンハウスに帰った。これは、取り巻き達も何かしらあるかもしれない。


「グレースはよく頑張ったから、何も心配はいらないよ」


 フィンレーは穏やかにそう言ったが、心配しかない。グレースは、スザンナとアーサーは婚約を解消し、ピンク頭に相手が代わるだけ。そうなるだろうと思っていた。だって嫌がらせだってしていないし、スザンナも厳しく咎めることはしていなかった。それがあんなに堂々と婚約破棄だと言うことは、スザンナに非があるということにしたのだ。スザンナに非があるということは、取り巻き達もそれぞれ何かの落ち度を指摘されてもおかしくない。

 もっとピンク頭の行動に介入してスザンナとアーサーの間を取り持つよう働きかけた方が良かったのかもしれない。あの時は、この時は……


 今更考えても仕方のない事だが、夜も眠れなかった。


 そして翌日、寝不足で過ごすグレースの元へ届いた、王宮からの報せ。


一、スザンナ・マーレーは政治的指示に反し外交に影響を与えた責任は重いとし、第二王子アーサーとの婚約は破棄とする。

二、スザンナ・マーレーは三年間の入国を禁ずる。

三、スザンナ・マーレーの言動を助長した以下の者は各家門で再教育をすること。また教育へ専念させるため三年間王都へ入ることを禁ずる。現在の婚約については全員一度白紙とし、家門当主の判断により再考すること。

 メリッサ、キャリー、ポーラ、キアラ、グレース


 スザンナはあの物語のように外国で活躍するんだろう。そしてハッピーエンドを迎えるはず。

 グレースは、婚約白紙で入都も禁止。


 自室で領地へ帰る支度をする。居間では駆け付けたフィンレーが両親と何やら話し合っている。たまにフィンレーが声を荒げているようだ。いつも穏やかな彼があんな声で話すことがあるなんて知らなかった。そりゃ怒りますよね、婚約者がこんなことになって。

 本来なら、グレースは卒業後も暫くの間はタウンハウスにいる予定だった。スザンナが王宮に上がる予定で、その話し相手になって欲しいと言われていたからだ。数年社交に専念してフィンレーと結婚、という流れになると言われていたため、領地に帰る予定はなかった。

 よいしょと大きな鞄を出して服を入れていく。


「フィンレーのこと、けっこうちゃんと好きだったのになあ」


 最初はどうとも思っていなかったが、何かと気に掛けてくれて贈り物も欠かさない彼のことがいつの間にか好きになっていた。いや、ティーパーティーの都度、ピンク頭に絡まれたけどあんなに頼りになることをされていたら嫌でも好きになるに決まっている。


「人のこと好きにさせといて酷い」


 半ば八つ当たりの事を呟きながら荷造りをしていると、何か視線を感じた。ぎぎぎ、と顔を動かすと。

 いた。フィンレーが。


「……いつから?」

「その鞄に服を詰め始めたときから」

「聞いたの?」

「何を?嬉しいひとり言は聞いたけど」


 髪と目だけでなく顔まで赤くなるが、そもそも淑女の部屋に勝手に入るとは如何なものか。


 しかし、先程の様子からすると、お別れの挨拶に来たのかもしれない。


「えっと……さようなら?なの?」

「は?」


 え、違うの?フィンレーがつかつかとグレースに寄ってきて、手を差し出した。


「行こう。一緒に」

「どこに?」

「国境の街にある僕の家。大丈夫、ちゃんと綺麗にしているし、お手伝いも雇った。さっきグレースの両親も快く許してくれたからさ」

「快くなんて許してない!」


 フィンレーの後ろから両親も顔を出した。グレースは何が何だか分からない。


「婚約だってさっき結び直す書類を作ったからね。でも王都にはいられないから、僕の家に住もう。国境の街にはこの辺に無い珍しい物がたくさんあって、グレースはきっと気に入る」


 確か婚約は家門当主の判断により再考するって。早すぎないかしら。それでも。


「フィンレーと一緒に居られるの?」

「ああ、もちろん」

「本当に?ずっと?」

「そう。ずっと。だけどプロポーズはカッコつけたいから、取っておいてもいい?」

「ええ。期待してる」


 グレースは思いきってフィンレーに飛びついた。フィンレーは難なく抱き上げる。流石騎士。

 そのままフィンレーが手配した馬車に乗って国境の街へ向かうことになった。タウンハウスを出る時に居間のテーブルが大きくへこんでいたのは見なかったことにした。



 国境の街は色んな国の人が住んでいて、色んな言語も聞こえてくる。毎日新鮮な話題や物が出てきて街を歩くだけでも楽しい。


 フィンレーは一軒家を借りていた。


「元々、家族やグレースが遊びに来れるようにと思ってて、広めの家にしたんだ」


 お手伝いの人もいるが、グレースには時間があるから料理を手伝ったり刺繍もしている。刺繍をお店に持っていくと、この辺では珍しいらしく高値で売れた。


「フィン、家賃やお手伝いさんを雇うのにかなりお金が掛かっているんじゃないの?」


 食事中、すっかり愛称で呼ぶことに慣れたグレースは、ふとした疑問を投げかけた。フィンレーは何ともないような顔をして答える。


「それなりに収入があるからね。騎士としての給料って言っても、僕は近衛騎士だから高い方だよ」

「え?そうだったの?」

「うん。いきなり受かっちゃったから、騎士として現場を知るために、とりあえずこっちの配属にしてもらったんだ。最初は一年か二年の予定が四年になっただけだよ」


 それはグレースのせいですね。あれ?でも別に私が領地に帰ってフィンレーは王都に戻っても良かったのでは。


「グレースのせいとは思わないで良いよ。ここに近衛騎士がいることにメリットも多いからね。他の騎士は気が引き締まるし、国境の情勢をすぐに王宮へ報告できる。グレースだってここで伝手とか作っておけば後々強みになるだろうから」


 なるほどと思う反面、何だか都合の良い話だなあとも感じる。しかし、考えていても仕方がない。貴族の結婚は本人が王宮に行って手続きしなくてはならない。グレースは王都に入れないため三年間は結婚出来ない。


「三年間、ここで頑張ったらいいのね。そういえば、刺繍を売ってる店のおじさんが、安い変なお酒が出回ってるって言ってたから、フィンもいただいたお酒にすぐ口を付けたらだめよ」

「……そうだね、知らない銘柄には気をつけるよ。そうだ、国境を越えて取引をする貴族も多いから、声を掛けられそうな家門があればここに呼んだらいいよ」

「本当?キアラさんのお兄様が通るはずよ。秋には留学先から卒業して帰ってくると。キアラさんは卒業した時くらいは迎えに行きたいってお話してたわ」

「ああ、手続きしておけば関所の中で出迎えられるよ。優しい妹さんだね」


 フィンレーと談笑する時間はとても穏やかだ。結婚までの期間を社交に騒々しい王都でなく、国境の街で過ごすのは悪くない、むしろ心地よいくらいだとグレースは考えている。

 明日は刺繍をして、お手伝いさんの料理を少し勉強して、フィンレーの帰りを待って。

 穏やかな日々でも明日が楽しみでフィンレーもそう思っていて欲しい。そんなことを考えていると、フィンレーは何か察してくれたのか、グレースの手を取ってキスを落とした。




***おまけのフィンレー視点***



 フィンレーは驚いた。王宮に忠実な影でもあるケリー男爵家の嫡男として、婚約者の様子もよく観察しているつもりだった。

 ある日、アーサーの近辺で良くない動きがあると知らされた。女性絡みだそうだ。アーサー王子だって年頃の男子であることには変わりない。少し他の女性に目移りする程度のことはあるだろう。休日にアーサーと婚約者スザンナがレストランで食事をとるため、その場に居合わせ、報告を上げるよう指示があった。

 婚約者グレースを誘う事にした。学生がレストランで食事をするのだから、一人だと悪目立ちする。婚約者との交流であればおかしくない。


 学園内でグレースを探す。教室に行くと、もう図書室に行ったのだという。

 どちらかと言えば勉強は苦手で本を読む方でもなかったのに。学友達の話によるとわざわざ公爵令嬢に図書室のスタッフになる為の推薦状を書いてもらったのだという。婚約者の行動に疑問を抱きながら図書室に行くと、まず目に付いたのはアーサーだ。

 なぜ王族が他の学生も利用する場所にいるのだろうか。王族が使用する部屋でもないためか、護衛達も少しピリついた雰囲気だ。気配を消して少し様子を見ると、ピンク色の髪をした令嬢に勉強を教えている。あれが例の女性だろう。

 しかし驚くことに、他の影が既に見ているではないか。誰か勘付いたのか、指示があったのか。

 フィンレーが見ておく必要は無さそうだと思い、グレースに声を掛け、休日の約束を取り付けた。


 レストランに行くと、案の定アーサーは例の女性を連れている。婚約者スザンナもいるのに、どういう事だろう。グレースも気付いているらしい。会話が聞こえるように近くの席へ誘ったが、グレースはあっさりと断った。

 フィンレーの心配は杞憂に終わり、例の女性はとても大きな声で話していた。頭が痛くなるような声と内容の浅さに、他の客も苛立っているようだった。

 給仕に注意するよう伝えると、食事も終わっていたようで王子一行は席を立った。

 その時、グレースは驚くべき早さで給仕に指示を出した。スザンナに手土産を渡すよう伝え、鞄から雑にお金を掴んで握らせている。それに、給仕を急かすようにチップをねじ込んでいるではないか。

 あまりに必死な顔に少し笑いそうになる。赤い瞳は怒りに燃えているようだ。

 フィンレーが話し掛けると、まるでフィンレーの存在を忘れていたようにお上品な言葉で返答する。瞳の炎も鎮火したようで面白い。

 ティーパーティーも催すことにしたと話し、さらにフィンレーを驚かせてくれる。領地から出てきた令嬢だ。一年は遊んで過ごすのかと思っていた。何を生き急ぐことがあるのだろう。


 デートを重ねる度に、グレースは楽しませてくれる。デートの場所にはアーサー達が居合わせるよう指示があることが多いが、その都度グレースはそれとなく介入してスザンナを落ち着かせている。

 スザンナもグレースの気遣いに感謝し、卒業後王宮に上がった時には話し相手となるよう頼まれていた。


 ティーパーティーのドレスは何となく、街を歩いている時に目に留った。グレースはいつも派手な髪色を気にして暗い色しか纏わない。明るい色は自分が選んでやりたいと思った。そう思う自分にも驚いたが、後回しにすることでもないからドレスを贈った。ドレスショップの店員から、せっかくなら二人でデザインを合わせると良いと言われ、それならと自分の分まで用意した。


「お前がそんなことに金をかけるだなんてな」


 父はそう言っていたが、これは必要経費だと答えた。

 ティーパーティーでも例の女性はしつこく現れたが、無事に追い出すことに成功するとグレースは嬉しそうな目で見てくるようになった。頭のおかしい女だが、そのおかげでグレースの中でフィンレーの存在感が増しているのなら、毛ほどの感謝はした方が良いかもしれない。


 人目につかないところでは恐ろしいくらい雑で大胆なことをするグレースからは目が離せない。

 フィンレーは卒業後のことを考えた時、それだけを念頭に置いていた。騎士と言っても王族を守る近衛騎士、王宮の警護をする騎士、王宮所有の騎士団、他にも家門で独自に騎士団を持つこともある。

 スザンナの話し相手になるグレースの近くにいるなら近衛騎士だ。そう思って試験を受けると合格がもらえた。学園卒業と共に近衛騎士へなれるのは何例目だとかで珍しがられたが、合格するよう勉強したのだからそうなるだろう。

 現場を知れと言われて国境の街へ飛ばされたが、一年で戻れるらしい。


 しかしその間に婚約が白紙になってしまった。スザンナが婚約破棄を望んで水面下で動きがあったらしい。それならとフィンレーは王宮へ戻るのはグレースが王都に入れるようになる時だと伝えた。他の家門の騎士団へ入り直すこともできるが、王宮も国境の情勢が気に掛かるらしく、もう数年は戻らなくて良いことになった。


 グレースの父に、グレースを連れて行くことを伝えると難色を示されたが、男爵領の警備を強化してやることを約束して強引に約束を取り付けた。


「結婚するまで手を出すなよ」


 それは心配ない。グレースにはウエディングドレスを着せたいし、憧れだと言っていた王都の教会で式を挙げたい。

 しかしグレースを迎えに行くとフィンレーのことが好きだとかひとり言を割と大きな声でしていた。

 飛びついてきたグレースを抱きとめた時、もう離してやるものかと思ったし、一年王都を離れたことを後悔した。約束はしたが、三年も耐えられるだろうか。


 国境の街をグレースも気に入ったらしい。貴族令嬢なんだし、家でじっとしていたって良いはずだが、刺繍を売ってみたり使用人と買い出しや料理をしたりと、活動的な一面も愛らしい。

 勘が良いのか鈍いのか、彼女が街で手に入れてくる話には密輸摘発のきっかけになったこともあり、国に貢献していることもある。

 フィンレーといる時には分かりやすく顔色が変わり、瞳は燃えることもあれば夕日のように凪いだりと飽きることがない。知り合いから、令嬢達の入都許可を早める動きがあると聞き、協力は惜しまないことを約束した。

ありがとうございました。

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凄く楽しくて好きです!! グレースのファインプレーと、それに和むスザンナの良い友情、力こそパワー(フィンレーからの憎からず想われてるプレゼントに何でそんなリアクションなの)!!の部分が特に好きです~(…
裏事情が表にも読者にも出ていないせいで、すっきりしない終わりでした。 主人公は救ってくれる人物がいましたし、それぞれもその役割を担う家族か誰かがいるのでしょうが、王家の面子の為に臣下は蔑ろにします姿勢…
これ王家への忠誠心が貴族から減ったんじゃ・・・普通に八つ当たりで婚約白紙にしてるし
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