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第8話 部下、吹っ切れる

 川のせせらぎと、鳥のさえずり。


 のどかな風景の中、俺は美女三人と並んで釣りをしていた。


「…………」


「「「…………」」」


 何なんだこの状況は。


 左に一人、右に二人。どの角度から見ても超絶美人──なのだが、彼女たちはついさっきまでゴブリンだった。


 進化して、言葉も流暢になって、礼儀正しくなって、さらには妊娠していた。


 いやいやいや。冷静に考えて、こんな状況ある?


 そんな俺の心情を知ってか知らずか、三人は黙々と釣り糸を垂らしている。時折、優雅に笑ったり、エサを丁寧に付け直したり──まるで休日のマダムだ。


 俺と課長が転生した直後は、粗末な槍を持ち有無も言わせず襲い掛かってきたお世辞にも知能が高いとは言えない魔物たち。


 それが今や、かまどができて、家が建ち、水路が掘られて、農地まで整備されている。まるで人間のように。


「あ、あの…ちょっといいっすかね…」


 俺は意を決して声をかけた。


「説明が難しいっすけど…正直言って、俺と課長がやってることが正しいのか、よく分からないっす」


 三人の手が止まり、”浮き”からこちらに視線を移す。


「皆さんにとって、これは本当に良いことなんすかね。進化とか、言葉とか、道具とか……。急激に生活環境が変わったりして迷惑だったりしないのかな…て…。」


 俺は思わず遠くを見た。好きだった生物観察系の動画配信者が、外来種に対しての扱いだけは異常なまでに慎重だったのを思い出す。在来種の生態系を壊す、と。


「もしかしたら、俺らのせいで……世界の均衡とか、壊してるんじゃないか、とか……」


「……」


 そのとき、一番左の彼女──姐さん感漂うゴブリン美女が口を開いた。


「おかしなことを言いますねぇ、田中の兄さん」


 その声は、妙に落ち着きがあり、どこか艶やかだった。


「兄さんはアタシらの敵ですか? アタシらに酷いことするつもりなんですか?」


「そ、そんなことする訳ありません!」


 思わず立ち上がりそうになる俺に、姐さんは静かに頷いた。


「わかっていますよそんなもん。進化するまでのアタシらはね、自我なんてほとんどなかったんです。ただ本能のままに縄張りを守って、侵入者を襲って……でも今は違う」


 その目には、しっかりと意志が宿っていた。人間と何も変わらない。


「今は自分で考えて、自分で動いて、仲間のために何かしたいって思える。……この気持ちは果たして偽物ですか?」


「……ちが……違う、違います……」


「じゃあ、もっと胸張ってくださいよ。アタシらは、課長と田中の兄さんのおかげで、今こうしていられるんです」


「……ね、姐さん……」


 思わず目頭が熱くなった。


 言葉を覚えたばかりのはずの相手に、こんなにも強く励まされるとは。


「……ありがとう、ございます……」


 俺は目を伏せて、そっと糸を垂れ直した。


 川の水音だけが、優しく響いていた。


 この世界の常識なんて、たぶん俺には一生わからない。 でも、それでも──この村の行く末を見守りたい、心からそう思うのであった。


 *


 村に戻った瞬間、俺の思考は一時停止した。


 釣りに出かける直前まで更地だった土地に、見事に整った三軒の小屋が並び、その隣には水路が流れており、意外と早く村の行く末を見届けた終わった。


「……は?」


 あまりの出来栄えとスピードに、しばらく声が出なかった。いや、なんだこれ。物理的に可能なのか?


 混乱する俺の横で、ゴブ姐さんたちは微笑みながら


「あらいやだわ」

「素敵な住まいですわ」


 などと感嘆している。いや、俺も感嘆してるよ…でも意味わからんわ!!


 これは絶対課長の仕業だ。間違いない、絶対だ。現場監督よろしく、進捗管理してどこかで人知を超えた指示を飛ばしていたに違いない。


「課長! ……課長どこっすか!?」


 俺は課長を創作するのに小走りで村の中をうろつきはじめた。


「田中さん、お疲れさまです」

「うちの妻がいつもお世話になっています」

「課長ならあちらに──」


 次々と声をかけてくるゴブリンたち、少し緑っぽい肌を除けばもうほとんど人間だ。朝までは絶対にあんな方々はいなかったはずだ。

 

 ———これが原因か…あの野郎。


 明らかに進化してやがる。今度は何をしでかしたことやら……。


「お、お疲れっす……」


 自然と返している自分が恐ろしい。

 もう嫌だ…。“ゴブリン”という種族の概念が分からなくなってきた。


 そのとき──

 視線の先で、こちらを見た課長とバッチリ目が合った。


 ……そして次の瞬間、課長はくるりと踵を返し、全力で逃走を開始した。


「おい待てやあああああああああ!!!」


 俺は即座に全力疾走。手に持っていた釣り竿を投げ縄のように振り回し──


 シュッ!


 軽やかな音とともに、課長の足首を絡めて引っ張る。


「うわあああ!? 違うんです違うんです田中くん!!」


 ずざざっと砂利を巻き上げて引きずられた課長を捕獲し、そのまま地面に正座させた。


「言い訳は後だ……まずは状況説明を求める。なぜ小屋が建ってて、水路まで出来てんすか?」


「は、はい……実はですね……」


 課長は観念したように咳払いをひとつすると、ぽつぽつと語り始めた。


「ゴブリンさんたちがですね……予想以上に勤勉だったんです。こちらが指示を出さなくても、自発的に作業を進めてくれるので、正直驚きました」


「まあ、確かに想像以上によく働いてますよね……」


「それで、あまりに頑張りすぎていたので、“働きすぎると効率が落ちますよ”って注意したんです」


「うん、それは正論っすね」


「そしたら、“あとちょっとだけ”って言いながら、全然休まないんですよ。延々と、延々と作業を続けて……」


 課長はどこか遠い目をした。


「で、ついに痺れを切らした私は、言ったんです。“あなたたちはもう立派な社畜です”と──」


 その瞬間、全てのゴブリンが光に包まれたらしい。


「進化しました」


 これで15名すべてのゴブリンが進化したことになる。


「なんてこった………」


 俺は天を仰いだ。何がトリガーなんだよ。なぜそんなワードで進化するんだ。


「ゴブリンの社畜、つまりゴブリンのサラリーマン。私は今回の進化後の姿をゴブリーマンと名付けることにしました」


「あんま調子乗んなよ」


「はいすみません」


 自主的に正座する課長。反省しているようなので不問にする。


「しかも進化した結果、勤勉さと基礎体力が爆増しまして。一気に工事が加速し、小屋が建ったんです」


「で、水路はなぜ?」


「ボスくんが“じゃあ次は水路ですね”って。自発的にやってくれました」


「三か月かけてやる予定の作業を……」


「一日で終わりました」


 今回の件は課長を責めても仕方ないか。


 ゴブ姐さんら三人が出産を控え新たに仲間が増える予定なので、彼らに家を用意してやるのもいいかもしれない。ゴブリンさんたちに”家族”という概念があるのかは知らんけど、進化した彼らを見ている限りもう人間と変わらん気がする。


 他にも食糧庫や畑の開拓、魚の養殖などやるべきことは山ほどある。

 ゴブ姐さんにお墨付きも貰ったことだし、もう小さなことを気にして自らブレーキを踏むことはやめにしよう。


 万が一問題が起きたら課長に任せよう。

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