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第7話 ゴブリン、懐妊する

 少し肌寒い空気の中で、拠点の広場には工事班のゴブリンたちがずらりと集まっていた。


 課長はパソコンを開いたまま、地面に枝で何やら図面のようなものを描いている。隣にはボスくん、完全に“大工の親方”の雰囲気だった。


「では、昨日は資材を皆さんに用意して貰いましたので、本日はいよいよ住居建築に入ります」


 課長が立ち上がって声を張ると、ゴブリンたちが姿勢を正した。完全に朝礼の雰囲気である。


「まずは、これまで集めた資材──木材、ツタ、そして泥。これらを組み合わせて、最低限の断熱性と強度を確保した住居を建てます」


 課長が描いた図面を指し示しながら説明していく。


「木材を骨格に、ツタを縄代わりにして固定、そして泥で隙間を埋める。乾燥と補強を繰り返せば、十分に冬を越せるはずです」


 さらに課長は図の隣に別の構造を描き足す。


「加えて、各住居には簡易な“かまど”を設置し、室内でも安全に火を扱えるようにします。熱を逃さない構造にすることで、内部の保温効率が飛躍的に上がるはずです」


 ゴブリンたちが「カマド……?」「アッタカイ?」とざわめく中、課長はさらに話を続ける。


「そして、このかまどの熱と煙を効率よく処理するために、屋根の一部に“煙抜きのトンネル”を設けます。これは暖気を室内全体に巡らせると同時に、雪の重みによる倒壊を防ぐ目的も兼ねています。屋根に熱を通すことで雪が自然に溶けやすくなる構造です」


 話しながら、課長とボスくんがその場で一部の木材を組み始める。見ていたゴブリンたちがざわめいた。


「カチョウ、スゴイ!」「ボス、カッコイイ!」「ナルホドワカラン、スゴイ」


 わずか数十分の作業で簡素な壁面ができあがると、感嘆の声が次々と上がった。わかってねぇ奴もいるようだけど、


「パソコンチート過ぎるっしょw……でもまぁそれを実行できる課長もやば過ぎっすね…」


 俺は隅のほうでぼそっと呟く。流石俺の尊敬する男。


 その後、かまど以外の建物の大枠が完成したあと、建物の増設や食料生産についてなど、越冬後の予定が課長から語られる。


 課長は地面に新たな図を描きながら、真剣な顔で言った。


「この集落を維持し、さらに発展させていくには、今のままではいずれ限界が来ます。今後、個体数の増加は避けられません。となれば、当然それに対応する住居の増設と、安定した食料供給体制が不可欠です」


 俺は思わずゴブリンたちの顔を見渡した。ゴブリンの性別の区別はつかないけど、最近やたら二人組のペアを目にする気がするがもしかして……。


「そのために、畑や水源の整備、貯蔵庫の建設も同時進行で行います。あくまで“持続可能な生活基盤”を目指すことが大前提です」


 課長の言葉に、ゴブリンたちはやたら真面目な顔で頷いていたが、正直どこまで分かっているのかは怪しい。そもそも俺が雰囲気で頷いているのは内緒にしておこう。











「………………って違うだろっ!」


 危ねぇ危ねぇ…油断するとこの環境を受け入れ始めている自分がいる。なんならプロジェクトが動きだして充実感すら感じているわっ!ちくしょうめ。


 ゴブリンと一緒に家建てたり魚釣ったりすんのは当たり前じゃねぇからな!! 忘れんなよ俺っ!!



「田中君、少しよろしいですか」


 建築班と工事班がそれぞれの持ち場に散っていく中、課長が俺のもとに歩いてきた。


「食料調達班について、少し作戦を立てたいと思いまして」


 おっ、ついに俺たちの出番か。肩の力を抜きながら返事をする。


「了解っす。釣りの件ですかね?」


「ええ、それも含みますが……本日は“罠”の導入を提案したいと思います」


「……わな……ですか?」


 首をかしげる俺に、課長はパソコンをこちらに向けた。そこには、竹やペットボトルのような筒を使って作る、水中用の簡易罠の図がいくつか表示されていた。


「水流のある場所にこのような筒状の罠を設置し、魚を誘い込む形式です。入り口をすぼめることで内部に入るのは簡単ですが、逆流しにくくなっている構造ですね」


「……ああ、昔見たことあります。ペットボトルで作る魚捕りみたいなやつっすね」


「はい。流れが緩やかで、かつ餌となる物を仕込める環境があれば非常に有効です。ボスくんの水路計画が進めば、将来的には養殖にも応用できるでしょう」


 養殖。言葉としては馴染みがあるが、それをここで本気でやろうとしている人間が目の前にいる。


「もちろん釣りも継続していただきますが、並行してこういった罠漁の準備にも着手をお願いします。狙いは“安定した水産資源の確保”です」


 課長の語気は穏やかだが、目は真剣だった。食糧調達班の俺たちが、この村の生命線を握っていると言っても過言ではない。


 気づけば、俺も背筋を伸ばしていた。

 

そんな俺の様子を確認した課長は、少しだけ柔らかい口調で続けた。


「田中君、調達班の皆さん。調達班の働きは、この集落の生存に直結しています。だからこそ、あなたたちにはた自分達一人ひとりが”リーダー”だという意識で臨んでもらいたい。頑張りましょう!」


 ゴブリンたちにも聞こえるような声量で、課長ははっきりとそう言った。


 その瞬間、調達班のゴブリン3人の身体がふわりと白い光に包まれ──


「……え?」


 俺の言葉が終わる前に、光の中から現れたのは──まるで人間の女性のような、整った顔立ちとしなやかな肢体を持つゴブリンたちだった。


 肌の色も明らかに薄くなり、姿勢もどこか優雅さすら漂っている。


「田中様、準備は整っておりますわ」

「今日も釣果に恵まれるよう、全力で尽くしますね」

「さぁ、ご指示を」


 何が起きている一体?少しでいいから俺の心が安らぐ時間が欲しい。


「………………」


 言葉を失っていた俺だったが、ふと全員の腹部がぽこんと前に張り出していることに気づく。痩せた体に不自然な丸み──これは……明らかに妊娠している腹だ。


「いやいやいや、待て待て待て……何がどうなってる!?」


 慌てて周囲を見回すと、工事班のゴブリンたちがあからさまに目をそらし、口笛なんか吹き始めている。


こいつらの仕業か…リア充どもめ……


 完全に意識が切り替わった俺は、スッと目を細める。


 その横で、さも何もなかったかのようにくるりと背を向ける課長の姿が見えた。


「……おい、課長」


「……はい」


ぎくりと一瞬身体を震わして課長が答える。


「お前、今“リーダー”って言ったよな?」


「ええ、激励のつもりで……」


「確かボスくんが進化した時も”リーダー”に任命したよな?」


「……はい」


「で、今回も“リーダー”って言ったら三人同時に進化。……いや、課長、それはもうトリガーってことでいいんじゃないすか?」


「偶然かもしれませんが、可能性は否定できませんね」


「ただでさえ課長のせいで文明レベルが一気に跳ね上がってるのに、生態まで狂ったらどうすんだ……!」


 俺が頭を抱えてうめいていると、進化した三人が優雅に微笑んだ。


「田中様、ご安心を。妊娠は進化の影響ではなく、私たちが自主的に──」


「言わなくていいからっ!」


 その一言で、俺のHPはゼロになった。


「もう……“リーダー”って言葉、今後禁止ワードにしましょう……」


「承知しました……ごめんなさい」


 課長はしょんぼりとうなだれた。

 

 まあ、わざとではないのでこれで課長を責めるのも酷か。悪気はないようだし。


 ……問題は、だ。


 視線を移すと、工事班のゴブリンたちがさっきからそわそわと落ち着きがない。目をそらしたり、頭を掻いたり、口笛吹いたり……バレバレなんだよっ!


「問題は…お前らだぁぁぁぁあああ!!!」


 俺の怒鳴り声が集落中に響き渡った。


 美女化したゴブリンたちはくすくすと笑い、工事班の美女ゴブリンのお相手であろう連中が一斉に土下座(っぽい体勢)になった。


「……リア充爆ぜろ……ほんと、頼むから爆ぜてくれ……」


 空を仰いでため息をつく俺の横で、課長が静かに呟いた。


「では、田中君。お気をつけて」


「ええい、もう行くっ!釣りと罠と養殖だろ!?やってやるよこのやろう!!」


 こうして、俺は美女(ご懐妊)に囲まれて釣りに赴くのであった。

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