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第6話 課長、陰口をどうどうと叩かれて咽び泣く

 日が傾き始めた城の大広間、焚火代わりの簡素なランタンを囲んで俺たちは4人で座っていた。レオンとカレン、それにボスくんと俺。


 課長は少し離れた場所で、例によってパソコンを開いてカタカタやっている。


 夕方の空気と、火の揺らめきと、妙に居心地のいい沈黙があった。


「うちの女騎士様はとにかく人使いが荒い」


 唐突に口を開いたのは、レオンだった。


「朝から晩まで働かせて、終わったら終わったで“訓練が足りん”だの“二頭筋が情けない”だの文句ばっかりだ。あれは絶対に半分楽しんでいる、間違いない」


「……またクッコロ様の陰口? 懲りないわね」


 隣でカレンが呆れ顔を向ける。


「カレン、お前だって文句言ってんだろ。昨日だって“訓練で殺されそうになった”とか言ってたじゃねぇか」


「い、今は私の話は関係ないわ。話をすり替えないで」


「俺が言いたいのはな、命の保証もない訓練に“愛情指導”とか名前つけて正当化してくるとこが怖いんだよ。あと、たまに目が笑ってない」


「あるある……」


「“一度やられた技を二度喰らうな”って、こっちまだ一発目の衝撃で痺れてるんだけどな?」


「“騎士は痛みに耐えられて一人前”って言葉、現場で聞くたびに気持ちが冷える」


 ふたりの遠慮のないやり取りを聞きながら、俺はつい吹き出しそうになった。


「私は……そうですね、四天王のバルド様の顔がちょっと怖くて。話しかけようとしても、いつも威圧感に負けてしまいます」


 ボスくんが控えめに口を挟んだ。


「それは……想像つくかも。一度戦場で見かけたことあるけどあれは確かに怖い」


「うん、あれは絶対プレッシャーでかい」


「──うちの課長はですね」


 俺も日頃言えない文句を同じ境遇の人間に愚痴る。


「田中も溜まっているのか、どんどん吐き出せ!」


「言ってることが毎回正論なんですよ。しかも筋が通ってるから、何も言い返せない。逃げ道がないんです。どこまでも詰めてくる。あれはもうただの鬼ですね」


「それ一番キツいやつだろ……」


 レオンがわかるわと同意してくれるのが嬉しい。


「あと、ミスを指摘されて謝ると“謝罪ではなく原因と対策を求めています”って返してくるんですよ」


「クッコロ様も“一度起きたことは必ず二度起きる”って、絶対に対策を求めてくるわ」


「“反対するのならまず代案を出しなさい”って、それ正論だけど心が折れるんだよな……」


 どうやらレオンとカレンの上司とうちの課長の指導はかなり似ているようだ。共感しかないわ。


 タガが外れたように次から次へと上司の悪口が出て来る俺たちにボスくんがソワソワしている。ボスくんに視線が集まるとジェスチャーで課長を指差す。


 やべぇ完全に忘れてた。


 そっと目線を向けると──


 課長がひとり、パソコンに向かって黙々と作業していた。けれど……


 肩が小刻みに震えていた。


「おい、田中…さすがに言い過ぎだぞ? お前に人の心はないのか!?」


「…………」


 なんてことでしょう…心の友だと思った男に速攻裏切られた。


「……まあ、でも、あれなんですよ」


 少し間を空けて、課長に聞こえるように俺はぼそっと口を開いた。


「うちの課長って、俺がどんなにヘマしても、絶対に放り出さないんです。俺が逃げ出さない限り、必ず最後まで付き合ってくれる。……それが逆に、ずるいんですよね」


「……うちの上官もそうよ。めっちゃ厳しいけど、いざって時には絶対後ろにいる。……ほんと、ずるいわ」


 カレンがぽつりと呟くと、レオンも肩をすくめて笑う。


「確かにな。“信頼してる”なんて一度も言わねぇけど、絶対見捨てねぇ。くそ、腹立つけどありがたいんだよな、そういうの」


「私は……」


 ボスくんが控えめに手を挙げる。


「そういう関係、まだ経験ないんです。だから……課長と田中先輩を見てると、なんだか羨ましいなって」


 言われてみれば、俺たちはいつの間にか肩の力が抜けた顔で火を囲んでいた。


「……って、課長。聞こえてますよね?」


 ちらっと視線を向けると、課長は眼鏡を拭くふりをしながらそっぽを向いていた。


「……作業に集中しています」


 わかりやすく照れている課長が少し可愛い。こういう人間臭いところもこの人のズルい所だと思う。



「……そろそろ、戻るか」


 それからしばし談笑が続いたが、ふいにレオンが立ち上がる。


「……え? もう帰るんですか?」


 俺が思わず尋ねると、カレンが肩をすくめた。


「遊びに来たわけじゃないからね。偵察任務、報告があるの」


「いや、でも……なんの成果もなく帰ったら怒られません? そっちの上官」


「確実に怒られるな」


 レオンはあっさり断言して苦笑した。


「でもな、会話が通じる相手を問答無用で切り捨てたら、それこそもうクッコロ様に俺の声は届かなくなるだろう」


「……レオンにしては、ちゃんとしたこと言うのね」


「誰が“にしては”だコラ」


 小突き合うふたりを見て、俺はちょっと笑ってしまった。


「最後は……たぶん、私たちの言い分も聞き入れてくれると思う」


 カレンがぽつりと呟く。


 そのタイミングで、ずっと黙っていた課長が静かに立ち上がり、レオンに歩み寄る。


「レオンさん。そちらの上官の方に、お手数ですがこれをお渡し願えますか」


 そう言って、課長は一通の封筒を差し出した。


「内容は……失礼のない程度に、こちらの意思を伝えたつもりです。中身を確認いただいても構いませんよ」


「……いや、無粋な真似はしないさ」


 レオンは封筒を受け取り、俺と課長を交互に見た。


「田中が信頼してる相手なら、俺もそれだけで十分信頼に値する」


 その言葉を聞いて、課長は一瞬目を見開いたようだったが、すぐに軽く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 そうして、ふたりは俺たちに手を振りながらもと来た道のほうへと歩いていった。


 この世界で出会った初めての“話せる人間”との別れは、意外なほど静かで、でもどこか温かかった。



 レオンとカレンが去っていった後、俺と課長、それにボスくんの三人だけが静かに残った。


「課長……あの手紙、何て書いたんですか?」


 火の揺らめき越しに問いかけると、課長は椅子に深く座り直して答えた。


「こちらに敵意はないこと。可能であれば戦いではなく対話を選びたいこと。そして、許されるなら一度、直接ご挨拶に伺いたい──そう書きました」


 課長の文章はいつも慎重で丁寧すぎるくらいだが、今回はその丁寧さがむしろ安心感を与える気がした。


「部外者の立場で勝手な真似をして、すまなかったですね」


 課長は向かいのボスくんに深く頭を下げた。


「いえ、課長の行動は、私たちのことを考えてくださっていると伝わってきます。謝らないでください」


 ボスくんがまっすぐな声で答える。


「そもそも、課長や田中先輩に出会えなければ……私たち全員、今日の時点でレオンさんたちに殺されてた可能性すら普通にあったと思います」


 淡々と告げられたその言葉に、俺は言葉が出なかった。


 課長も、しばらく何も言わず、ただ火を見つめていた。


「…………」


 その空気を切るように、課長が眼鏡を直しながら立ち上がった。


「さて、気持ちを切り替えましょう。やるべきことは山積みです。さっきネットで調べたところによると、このあたりはあと二ヶ月ほどで雪に閉ざされるそうです」


「雪……か」


「ええ。なのでそれまでに、冬を越すための準備を急ぎましょう。まずは、寒さをしのげる建物を複数棟建てたい。これは現在動いている工事班で何とかします」


「俺たち食料調達班は?」


「引き続き、魚の調達を。あとはそれを燻製にして保存できるようにしましょう。冬の間、川が凍るかもしれませんからね」


「了解っす」


 そのとき、ボスくんがぽんと手を挙げた。


「課長、虫は……召し上がりませんか?」


「……冬は虫も冬眠しますからね。そもそも見つけるのが難しくなると思います」


「なるほど、そうなんですね。私たちは……一番ナガイキしてる自分でも、まだ生まれてから三ヶ月程度しか経ってないので、季節感とかもあまりなくて」


 あまりにさらりとした口ぶりで言われて、返す言葉に困る。


 そんな空気をまた切り替えるように、課長が真顔で言った。


「それとは別に、ボスくんにはもうひとつお願いがあります。この集落に、水を引き込む仕組みを作りたいんです。地形を見て、実現可能かどうか調べてもらえますか?」


「了解です。水の通り道──設計してみますね」


 頷くボスくんの表情は頼もしく、そして、少しだけ誇らしそうだった。


「……………」


 ……いやちょっと待てと自分に問いたい。


 異世界に来てゴブリンに殺されそうになって、その後仲良くなって釣りを一緒に楽しんで。人間の友達になれそうな奴にも出会って別れを惜しみ、ゴブリンと越冬の打ち合わせを真剣にする。


 慣れちゃだめだ慣れちゃだめだ慣れちゃだめだ………


 そうして俺は、某海賊漫画のエンディングを想像し、地球への想いを忘れないようにあらためて誓うのであった。

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