第5話 部下、異世界で友人が出来る
朝の光が差し込む名古屋城(風)の一室。
資材集めに出ている他のゴブリンたちの気配はなく、静けさが城内を包んでいた。
「いやぁ、初日の失礼な態度は本当に申し訳ありませんでした」
ボスくん──かつてのボスゴブリンが、ややかしこまった口調で俺に頭を下げてくる。
「いやいや、むしろあそこで捕らわれていなかったら、もっと危険な状況に巻き込まれていた可能性もありますからね。結果オーライですよ」
課長は気にも留めていないように笑い軽く返す。
「……いや、なんでこの人はこんなに順応してんだよ……」
壁際に座っていた俺は、あきれ混じりに呟いた。異世界に来て数日、ゴブリンと並んで釣りをし、今は城の中で雑談。相手は進化した元ボスゴブリンのボスくん。もう何が現実で何が現実じゃないのか、よくわからなくなってきた。
「そういえばボスくん、以前伺った進化の件──改めて整理していただけますか?」
課長が本題に入ると、ボスくんはうなずきながら指を折っていく。
「まず第1段階は、いわゆる“通常ゴブリン”です。言語も未発達で、魔法も使えません。次に第2段階、“ゴブリンスラッガー”です。筋力が強化され、集団の中でリーダー格として振る舞うようになります。ただし知能はあまり高くありません」
ということは、出会ったときはボスくんがスラッガーで他は通常ゴブリンだったのかな。
「──で、魔王軍が認識しているのはこの段階までなんですよね?」
課長が確認すると、ボスくんは頷いた。
「はい。ですが実際には、そこからさらに分岐する“派生進化”が存在します。私は、課長のご指導によりそれが引き出されたのだと思います」
そう言って、彼は続ける。
「第3段階の進化には複数の系統があります。たとえば──ゴブリンローグは敏捷や索敵能力が強化され奇襲に優れる 。とか、ゴブリンファイターは近接戦闘に特化した純粋なアタッカー、・ゴブリンメイジは魔法が得意、とかですね。私はステータスを確認すると、ゴブリンマイスターという建築に特化したゴブリンに進化したみたいです」
「ふむ……で、今回の食料調達班の者たちが“釣り”という経験を通してスラッガーに進化している可能性がある、と?」
「そのようですね。いくつかの個体を確認したところ、明らかに筋力や気迫が増しておりました。何よりも、片言ではありますが言葉を話し始めていたので間違いないかと…」
「なるほど、面白い……」
課長は目を細めながら、何かを考えているようだった。
人間とゴブリンのぶっとんだ会話の内容に一人だけおかれている。マジ何言ってんのこの人たち…。
俺はひとりごちて天井を仰いだ。あまりに当たり前かのごとく会話を続ける2人を見ていると、今まで自分だけが常識人のつもりだったが、もしかしたら俺が異常なのかもしれん。
「そういえばボスくん、一つ確認したいんですが──この場所の位置づけ、というか立場について、どう考えていますか?」
課長の問いに、ボスくんは少し考えるような仕草を見せてから静かに語り始めた。
「この村は、人間たちから見れば“魔族領への玄関口”のような場所です。人間領と魔族領の境界に位置しており、いわば門番のような役割を与えられています」
「門番、ですか」
「ええ。我々ゴブリンは繁殖力が高く、短期間で数を増やすことができます。妊娠から独り立ちまでが半月もかかりません。だから前線の消耗品として配置されるのに都合が良いんだと思います」
ボスくんの言葉に、課長が眉をひそめた。
「使い捨て……ということですか」
「はい。自分たちでも、これまではそれが“当たり前”だと思っていました。けれど……課長に指摘されて、ようやく気がついたんです。自分たちは、ただ生まれて、命令に従って、死ぬ──そんな存在だと」
ボスくんは俯きながら、ぽつりと呟いた。
「でも今は違います。課長の言葉で、目が覚めました。自分たちの未来を、自分たちで選べるのではないかと……そう思えるようになったんです」
「…………」
「課長、田中先輩──本当に、感謝しています」
ボスくんのまっすぐな視線に、俺は目を逸らしてしまいそうになった。
「……いやまあ、別に……俺は釣りしてただけっすけどね……」
照れくさそうに頭をかくと、課長が静かに頷いた。
「その変化に気づけること、そして思いを言葉にできること……それ自体が、一番の“進化”なのかもしれませんね」
その時だった。
外から駆け足の気配が近づき、戸口を叩く音が響いた。
「カチョウ! ニンゲン、キタ!」
声を上げたゴブリンが慌てて扉を開け、課長とボスくんが顔を見合わせる。
「田中君、状況確認に行きましょう」
「う、うっす」
自衛用の木刀を持ってすぐさま外に出ると、村の入口に見慣れぬ人影が二つ。
「な、なんだこの建物は……!?」「あ、あり得ないわこんなの!?」
ひとりは銀髪を三つ編みにした女騎士風の女性。もうひとりは見習いっぽい肩当てをつけた茶髪の青年だった。
「……ボスくん、怪我を負わせないように彼らを土で囲えますか? 逃げられない程度で、空気穴も忘れずに」
「承知しました……囲め、大地よ!!」
ゴゴゴゴゴゴゴッ
ボスくんが指をパチンッと鳴らすと、地面がうねり2人を囲むように壁がせり上がる。完全に閉じ込められた彼らは、突然の出来事にぽかんと口を開けていた。
「ちょっと、会話しましょうか」
課長が静かに言うと、2人はコクコクと同時に無言で頷いた。
しばらくして、囲いの中に小さな丸太椅子が用意され話し合いの場が設けられた。念の為、2人には見える限りの武器は回収させてもらっている。
「俺たちは王国軍の偵察兵、俺がレオンでこっちがカレンだ。……状況を確認し、場合によっては間引きも……っと上から言われて来た」
「カレンよ、よろしく」
「ふむ……なるほど」
課長の目が鋭く細まる。
「どんな危険があるかもわからない場所に、ろくなリスク管理もせずに部下を派遣……それは、上司としてどうなんですかね?」
一瞬驚いた表情を浮かべ、2人はバツが悪そうに視線を逸らした。
「……水しかありませんが…どうぞ」
そこに、木のコップを持ったボスくんが登場する。
「え? だれ……? 顔色、悪……」「え///……い、いやだ……めっちゃイケメン……顔緑色だけど……」
男女ペアのどちらもが、ボスくんの姿に動揺を見せる。
「あ、どうも。こうして挨拶するのは初めてですね、ゴブリンです」
爽やかな笑顔でボスくんが挨拶する。
「「えぇぇぇぇえええ!?」」
ふたりが声を揃えて絶叫した。
「良かったぁぁぁぁあ! そうだよねぇぇぇえええ!?」
2人の反応を見て、俺は心から安心した。俺が異常なわけではないようだ。
「俺がおかしいのかと思って不安だったんっすよ! うちの課長なんか何の疑問も持たず話すゴブリンを受け入れてるんすよぉぉぉ…」
「いやいやさすがにそれはないだろw こんな流暢にゴブリンが話始めたらそれだけで大事件だぞ」
俺とレオンの会話を聞いたボスくんが会話に加わる
「いやいやいや、実にお恥かしい///」
「「お前が言うなしw」」
この後、俺とレオン&カレンとゴブくんは、自分達の上司の愚痴を言い合い大いに意気投合したのだった。
「………………………」
課長もたまには俺の気苦労を知るがいいと思う。